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第2章

2-6 おすすめ

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「……マスター、おかわり」

その声でマスターが振り向く。

「……あ、やっぱりボトルのままちょうだい」

(えっ)

マスターは軽く肩を竦め、奥の棚から先程と同じボトルを取り上げた。

「……手酌で飲まれるのなら、自宅で楽しめばいいのではないでしょうか?」

美しい所作でボトルを秋元さんの前に置きながら、”マスター”らしい言葉遣いで声かけをする。

「……うん、でもこの透明で丸い氷はこの店のが美味しいから」

「”お客様”の我儘にも困ったものです」

「……いちいちおかわりを用意する”マスター”の手間も省けるでしょ」

「私はそれが仕事なんですけどねぇ」

まだ丸い氷が残るグラスに、秋元さんは自分でウイスキーを注ぐ。

とくとくと心地よい音を立ててボトルの口から注がれる濃い琥珀色の液体が、ゆっくりと氷を浸していった。

(……っ、ていうか、いくら親戚の叔父さんのお店とはいえ、勝手にこんなことしていいの……?)

私の視線に気づいたのか、ボトルの蓋を閉めた秋元さんがふとこちらに視線を寄越す。

「……ああ、これ、俺が持ってきたボトルだから、心配するようなことはありませんよ」

「えっ? ここで飲むために、ですか?」

「……はい、ちゃんとテーブルチャージは支払いますし……身体で」

「………………は? え?」

(それは…………どういう意味?)

詳しく聞いていいものかどうか戸惑っていると、マスターが喉の奥で静かにくっくっと笑っていた。

「……彼にはたまに店を手伝ってもらっているんですよ」

「あっ、ああ、そういことですか、なるほど」

(……おかしな想像してたのはバレてるよね……)

恥ずかしさでじわりと顔が火照る。

(でも、秋元さんはそういうこともあり得そうなんだもんな)

秋元さんのつかみどころのない雰囲気を言い訳にして、自分の感覚をこっそり正当化した。

「……あ、あなたもおかわり、どうしますか?」

私のグラスの中身は、ライム入りの氷水になっている。

(秋元さんもおかわりしたばかり、ていうかボトルごと抱え込んでるから、まだこの店は出ないよね)

(……もう少し、私と話してもいいって思ってくれてるのかな)

「それじゃ……マスターのおすすめはありますか?」

「そうですね……」

「……コスモポリタンでいいんじゃない?」

秋元さんが、マスターに目で訴えたのち、私の方を向く。

「……同じウォッカベースだから、悪酔いしなくて済むと思う。あとライムと、クランベリージュースでできてる」

「美味しそうですね、それでおねがいします」

「かしこまりました」

銀色に光るシェーカーを取り出したマスターは、無駄のない手つきで次々と液体を注いでいく。

ガラガラと氷を入れ蓋をすると、鮮やかなシェイクを披露してくれた。

「わ…………」

シェーカーを振るってもらう様子を目の当たりにしたのは初めてだ。

規則正しい氷の音と、マスターの凛とした身のこなしに一瞬にして心を奪われる。

それも、私の注文で、と思うと、尚更気分が上がった。

最後の一振りの後、用意していたグラスにつーっと注がれたピンク色の液体にときめく。

「おまたせしました、どうぞ」

「……綺麗ですね……」

思わず本音が零れた。

「それに、マスターのシェーカー捌き? って言うんですか?

すごくカッコよかったです……!」

「ありがとうございます」

大人の余裕の笑みを浮かべ、マスターは軽くお辞儀をする。

一口グラスに口を付けると、甘酸っぱくて爽やかなフレーバーが広がった。

「……すごく美味しい」

ゆっくりと味わっている私の隣でからりと音がする。

ウイスキーを口の中で楽しんでいる秋元さんに、そっと伝えた。

「……マスター、素敵ですね。秋元さんがいいお店だっていうのがわかる気がします」

「……はい。マスターはカクテルのコンクールで賞をとったこともありますから」

「えっ、そうなんですか! 本当に一流のプロじゃないですか……」

(あ、もしかして、このカクテル注文したのは……)

甥っ子として、マスターの”カッコいいところ”を見せたかったのかもしれない。

そう思うと、なんだかほっこりした気分になる。

「……このカクテル、勧めてくれてありがとうございます。すごく美味しくて、気に入りました」

この味も、先程目にした光景も。

―――そして、それらをお膳立てしてくれた秋元さんの心遣いも。

(……そういえば、秋元さんもここでたまに働いてるって言ってたな)

秋元さんも、マスターみたいにシェーカーを振ることがあるのだろうか。

少し、見てみたい気もした。




















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