上 下
13 / 31
第2章

2-3 個人的な見解

しおりを挟む
「……あなたのお話を聞いて、まずひとつ思ったことがあります」

「……? はい、なんでしょう」

「あのふたりが恋人同士としてお付き合いを続けることが、

ふたりにとっての幸せとは限らないんじゃないでしょうか」

「……………………は?」

(何を言ってるの?)

「……もうひとつ」

「あなたは”目に見えるもの”ばかりに囚われ過ぎているようですね」

「……!?」

(失礼過ぎやしませんか……っ!?)

立て続けに予想の斜め上を行く発言に、唖然とする。

(……っ、お、落ち付け、私、喧嘩したいわけじゃないんだから)

「ど……どういうことでしょう……?」

気持ちを宥めつつ、やっとの思いで返事を絞り出す。

「……俺の言うことに、あまり期待をし過ぎないでくださいということです」

「そこを踏まえたうえで、俺の経験と見解を聞いてください」

私から視線を外した秋元さんは、ゆったりとロックグラスを傾け、コースターに戻した。

「……わかりました」

変わらず穏やかな秋元さんの仕草に、私もグラスに口を付けてなんとか落ち着きを取り戻す。



「……俺が……あなたが言うところの”見える”ようになった時期というのは、正直よくわかりません。

前の会社に新卒で入社して数年経ったある日、社内の人たち数人の指に細い”糸”が絡みついていることに気付いた、

って感じでしょうか」

「……意識外で気付かなかっただけで、それ以前にも”見えて”いたのかもしれないということです」

「それに気づいたときは、一瞬、なにかそういうアクセサリー的なものが流行っているのかな、と思いました。

でも、指に絡みついている本人でさえ、その”糸”の存在を知らないようですし、

あなたも言っていた通り、目の前で消えてしまうこともありましたので」

「物理的な実体は無いものなんだと把握しました」

(……ここまでは、私と一緒みたい)

秋元さんの”糸”にまつわる経緯に、頷きながら耳を傾ける。

「……”見え”てしまうと、確かに気になります。

逆に、消えてしまうと何故”見え”なくなったのかとも気になります」

「それからは、指に”糸”が絡まっていた知人たちを、それとなく観察していました」



――― 一呼吸置き、秋元さんはロックグラスを僅かに弄ぶ。

「……俺が観察してきた限りでは―――」

「仕事でも恋愛でも、何らかのきっかけで、誰かと誰かが知り合い、交流が深まるごとに

彼らの”糸”が現れ、太く、濃く”見え”てきました」

「どうやら人と人との”縁”が強く結びつきそうなある一定の期間に、俺たちにとって”見える”ようです」

「……あ」

「そして……何というか、心の結びつきがゆるぎないものとなった場合に、

その”糸”は”見え”なくなってしまうようです」

「……まるで、その人の内面に吸収されてしまったかのように」

「!」

(……そうか……佳奈美と高畠さんに絡みついていた”糸”が”見え”なくなったのは……そういうこと……)

すごく腑に落ちた。

秋元さんの話が事実なのだとすると、あのふたりの心配などする必要はないということだ。

「……よかった」

ホッとして気が抜けているところに、秋元さんが揺らしたグラスの氷の音が心地よく響く。

「……もう一度言いますが、これはあくまでも俺の個人的な見解です。

鵜呑みにしないでくださいね」

「あっ、は、はい。でも、すごく納得しました。話してくれてありがとうございます」

「……いえ、かまいません。ですが俺も、見たいものを見たいように見ていただけかもしれません……

もしかして、『例外』を見落としている可能性もあります」

「……あなたも、信じたいものを信じようとしているみたいですし」

(信じたいもの……そうかもしれない)

佳奈美と高畠さん、ふたりで幸せになって欲しい。

ふたりの幸せを、信じたい。

「……信じたいものを信じるのは、いけないことでしょうか」

「……いえ、いけないとかダメだとかいうことはないと思います」

「ですが、”信じる”せいで事実や本質が見えなくなってしまうこともあります」

「……だから、俺が今お話ししたことも、あくまで仮定のひとつにすぎません」



秋元さんと私、ふたり同時にグラスを傾け氷が転がる。

ことりとコースターに戻すと、秋元さんは躊躇いがちに口を開いた。

「……正直、あなたに話すべきかどうか迷っていました」

「え?」

「……俺の見解が、あなたの求めている答えと合致するだろうとわかっていたからです」

「それの何が問題なんですか?」

「……俺の想像の域を出ない不確定な内容なのに、

それが事実で正解だとあなたが思い込んでしまうのが申し訳なくて」

「そんなこと考え……あ!」

(そうか、だから、あんな前置きを?)


『あのふたりが恋人同士としてお付き合いを続けることが、

ふたりにとっての幸せとは限らないんじゃないでしょうか』


(あれは……意地悪で言ったんじゃなくて、違う考え方もあるって言いたかったのかな)

ふと、先程の言葉を思い出す。

『……俺の想像の域を出ない不確定な内容なのに、

それが事実で正解だとあなたが思い込んでしまうのが申し訳なくて』

(”申し訳ない”……って、言ったよね)

きっと秋元さんは、人が抱く思い込みや誤解をすごく恐れているのかもしれない。

自分のせいでそうなってしまうことを”申し訳ない”と思ってしまうほど。

物事に真摯に向き合う、とは、こういう態度の事をいうのだろう。



「……でしたら、なんで秋元さんは”糸”についての考えを話してくれる気になったんですか?」





















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...