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第2章
2-1 意外な一面
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―――訪れたのは静かなバー。
扉を開けると、暗めの空間に所々スポットライトが施された、落ち着いた雰囲気の店内だ。
”俺の行きたい店でいいですか?”と尋ねられ、興味もあったので内心期待と心構えをしながらついてきた。
私にはよくわからない場所を慣れた足取りで目指したところをみると、
秋元さんの行きつけといえるバーなのだろう。
(……秋元さん、こういうお店によく来るのかな)
まばらな席で穏やかに歓談するお客さんたちは、
会社帰りなのだろうけれどとてもきちんとしていて質のよさそうな身なりの方ばかりだ。
(いつもよりちょっとだけ、おしゃれしてきててよかった)
自分が辛うじて店内で浮いていないことにホッとしつつ、秋元さんの後に続いてカウンターの奥の席に着く。
「いらっしゃませ。ご注文は」
スマートな所作でおしぼりを渡され、カウンターの奥に並べられたボトルに視線を案内された。
「ええっと……」
正直、ウイスキーやらウォッカやらのお酒のことはよく分からないので焦ってしまう。
「ここ、カクテルも美味しいですよ。……そうだな、柑橘系は大丈夫ですか?」
「あっ、はい、好きです」
「じゃあ普通に……マスター、モスコミュールを。俺はいつもの」
(いつもの!?)
「かしこまりました」
(そんなオーダーが通るほどの常連さんだったとは……秋元さん、見かけによらないな)
はっきり言って、秋元さんは会社でも地味で目立たない。
だけど、そんな風につかみどころがない分、逆にこういう意外な面も驚きと同時に受け入れることも出来る。
マスターが無駄のない動きでグラスやメジャーカップを扱う様子に、目を奪われてしまう。
「……カッコいいですね」
思わず呟くと、秋元さんがふっと笑う気配がした。
「……あれ、俺の叔父さん」
「え!?」
目を見開く私を可笑しそうに見つめる。
「……驚きすぎです」
「あっ、す、すみません……」
恐縮しつつ、マスターに視線を戻した。
(……そう言われると、確かに似てるかも)
スマートな長身と、伏し目がちな角度からは、たまに会社で見かける秋元さんの姿を彷彿とさせる。
(本人はもうちょっと猫背だけど)
ちらりと隣を窺うと、カウンターに肘をつき両手に顎を乗せた横顔は意外と鼻筋が通っていてどきりとした。
(……よく見ると、整った顔してるんだな)
そういえば、今まで秋元さん本人のことはそれほど意識をしていなかった。
”糸”の事を知る手掛かりとしてしか……
(はっ、そうだ、本題を!)
渋滞する情報に気をとられ過ぎて、本来の目的を見失うところだった。
見慣れてしまった”糸”は、改めて意識をして見回した店内にもうっすらと見え隠れしている。
「……どうかしましたか?」
掛けられた声に、意識を引き戻される。
「っ、その、素敵なお店だな、と思って……つい見回してました」
「……だったらよかった。落ち着いて話せる場所がいいかなと思ったんで」
(ということは、秋元さんにとって、ここは”落ち着く場所”なんだ)
「お待たせしました。モスコミュールです」
ライムが浮かべられた琥珀色の液体が揺らめく。
「ありがとうございます」
お礼を言って顔を上げると、マスターの目元が微かに緩んだ。
「ごゆっくり」
秋元さんの前にロックグラスを置きながら告げた言葉には、含みがあるようにも聞こえた。
「……ん。ありがとう」
目の前に置かれたロックグラスを手に取ると、秋元さんはこちらを覗き込む。
「……とりあえず、乾杯、しますか」
「あ、はい」
スリムなグラスを手にしたところで、お互い目線の高さに掲げた。
「……すごく美味しいです」
爽やかで、口当たりもよくとても飲みやすい。
微かなアルコール感で、緊張も少しずつ解れてゆく。
秋元さんも一口喉を鳴らすと、コースターにゆっくりとグラスを置いてこちらを向いた。
「……で、あなたには何が”見える”んですか?」
(……きた)
扉を開けると、暗めの空間に所々スポットライトが施された、落ち着いた雰囲気の店内だ。
”俺の行きたい店でいいですか?”と尋ねられ、興味もあったので内心期待と心構えをしながらついてきた。
私にはよくわからない場所を慣れた足取りで目指したところをみると、
秋元さんの行きつけといえるバーなのだろう。
(……秋元さん、こういうお店によく来るのかな)
まばらな席で穏やかに歓談するお客さんたちは、
会社帰りなのだろうけれどとてもきちんとしていて質のよさそうな身なりの方ばかりだ。
(いつもよりちょっとだけ、おしゃれしてきててよかった)
自分が辛うじて店内で浮いていないことにホッとしつつ、秋元さんの後に続いてカウンターの奥の席に着く。
「いらっしゃませ。ご注文は」
スマートな所作でおしぼりを渡され、カウンターの奥に並べられたボトルに視線を案内された。
「ええっと……」
正直、ウイスキーやらウォッカやらのお酒のことはよく分からないので焦ってしまう。
「ここ、カクテルも美味しいですよ。……そうだな、柑橘系は大丈夫ですか?」
「あっ、はい、好きです」
「じゃあ普通に……マスター、モスコミュールを。俺はいつもの」
(いつもの!?)
「かしこまりました」
(そんなオーダーが通るほどの常連さんだったとは……秋元さん、見かけによらないな)
はっきり言って、秋元さんは会社でも地味で目立たない。
だけど、そんな風につかみどころがない分、逆にこういう意外な面も驚きと同時に受け入れることも出来る。
マスターが無駄のない動きでグラスやメジャーカップを扱う様子に、目を奪われてしまう。
「……カッコいいですね」
思わず呟くと、秋元さんがふっと笑う気配がした。
「……あれ、俺の叔父さん」
「え!?」
目を見開く私を可笑しそうに見つめる。
「……驚きすぎです」
「あっ、す、すみません……」
恐縮しつつ、マスターに視線を戻した。
(……そう言われると、確かに似てるかも)
スマートな長身と、伏し目がちな角度からは、たまに会社で見かける秋元さんの姿を彷彿とさせる。
(本人はもうちょっと猫背だけど)
ちらりと隣を窺うと、カウンターに肘をつき両手に顎を乗せた横顔は意外と鼻筋が通っていてどきりとした。
(……よく見ると、整った顔してるんだな)
そういえば、今まで秋元さん本人のことはそれほど意識をしていなかった。
”糸”の事を知る手掛かりとしてしか……
(はっ、そうだ、本題を!)
渋滞する情報に気をとられ過ぎて、本来の目的を見失うところだった。
見慣れてしまった”糸”は、改めて意識をして見回した店内にもうっすらと見え隠れしている。
「……どうかしましたか?」
掛けられた声に、意識を引き戻される。
「っ、その、素敵なお店だな、と思って……つい見回してました」
「……だったらよかった。落ち着いて話せる場所がいいかなと思ったんで」
(ということは、秋元さんにとって、ここは”落ち着く場所”なんだ)
「お待たせしました。モスコミュールです」
ライムが浮かべられた琥珀色の液体が揺らめく。
「ありがとうございます」
お礼を言って顔を上げると、マスターの目元が微かに緩んだ。
「ごゆっくり」
秋元さんの前にロックグラスを置きながら告げた言葉には、含みがあるようにも聞こえた。
「……ん。ありがとう」
目の前に置かれたロックグラスを手に取ると、秋元さんはこちらを覗き込む。
「……とりあえず、乾杯、しますか」
「あ、はい」
スリムなグラスを手にしたところで、お互い目線の高さに掲げた。
「……すごく美味しいです」
爽やかで、口当たりもよくとても飲みやすい。
微かなアルコール感で、緊張も少しずつ解れてゆく。
秋元さんも一口喉を鳴らすと、コースターにゆっくりとグラスを置いてこちらを向いた。
「……で、あなたには何が”見える”んですか?」
(……きた)
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