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第1章

1-6 消えた”糸”

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なんとなく、ふたりの左手薬指に視線を落とすと……

(……あれ?)

さっきまで、どちらの指にも輝くばかりの”赤い糸”がしっかりと絡まっていたはずだ。

なのに、今は見えなくなっていた。

(え? どういうこと?)

はっとしてカフェ内に視線を巡らせると、空間中の”糸”は相変わらずゆらゆらと見えている。

(……見えなくなったわけじゃない)

再びふたりの指に視線を戻すが、こっそり目を凝らしても”糸”の存在は感じられない。

(っ、なんで……?)

わけがわからず焦る。

だけど目の前のふたりは、先程から変わらず穏やかにおしゃべりをしていた。

依音いとは何にする?……って、カフェラテって言ってたっけ」

不意に話を振られ、何故かどきりとした。

「え、あ、そ、そうそう。ホットのカフェラテにショットとはちみつ追加で」

「へえ、苦みと甘みを追加するんだ、面白いね」

「そうなんです、コーヒー感を強めに、でもちょっとだけ甘さも欲しいなって思っていつも追加してます」

高畠さんも興味深げに会話を続けてくれるけれど、私の頭の中は(なぜ?)でいっぱいだった。

(なんで、ふたりの”糸”だけ見えなくなったんだろう)

考え込んでいると、高畠さんがふと顔を上げ列の後ろに視線を向けた。

つられて私も高畠さんの視線を追う。

「おう」

声を掛けられたらしい男性は、一瞬ハッとした表情を浮かべたが、何事もなかったかのように軽く会釈する。

「あ、どうも」

(ん? この人どこかで……)

「うちの部署の秋元くんだよ。……ああ、こないだ入社したばっかりだから、君たちもまだよく知らないか」

(そうか、全体朝礼で自己紹介してたっけ)

オンラインの朝礼で、モニター越しに見た顔の中のひとりを思い出す。

(確か、中途採用って言ってたような……歳は高畠さんと同じくらい……かな?)

最後尾に並び列の中でも頭ひとつ出ている秋元さんは、順番を待つ間ゆっくりと店内に視線を巡らせていた。

(空いてる席、探してるのかな)

「お次の方、こちらへどうぞ」

そうこうしているうちに私たちの番となり、ひとりずつオーダーをするつもりでいたところ、

高畠さんがすっと前に出た。

「ホットコーヒーのトールと、ホットのティーラテのトールにはちみつ追加、

それとホットのカフェラテのトールにショットとはちみつ追加で」

(えっ)

「あの、自分で払いますので」

急いでスマホを取り出すけれど、タッチの差で高畠さんのスマホの電子音が響く。

「いいのいいの、ポイント貯まっててさ、有効期限切れそうだったから使っちゃいたかったんだよ」

「私もいいって言ったんだけど……せっかくだからごちそうになりますね。ありがとうございます」

「う……すみません、ありがとうございます」

「はは、今回はたまたまね」

(こういうところ……ほんとできた人だよ)

佳奈美に対してはいいとしても、私にまで気遣いしてくれるなんて恐縮してしまう。

「では、あちらでお待ちください」

カウンターの端に移動すると、佳奈美は私に目配せをして更に店の奥へと促す。

「高畠さん、席とってるからそこで待ってて、って」

「……ほんと、出来る男だね。仕事もプライベートも」

「私もそう思う。なんで私のこと選んでくれたのかなって不思議なんだけど」

「いいんじゃないの、愛されてれば」

「またそんな投げやりなコメント」

軽口をたたきながら高畠さんの荷物が置かれた席に着き、ホッと一息つく。

座った先にはちょうど順番待ちの秋元さんが見えたのだけれど、少しの違和感を覚えた。

(……高畠さんを見てる?)

さっきの挨拶の感じだと、あまり他の人と交わるのは得意ではなさそうに思える。

だけど、何故だか高畠さんの方を、さりげなく、だけどじっと見つめていた。

(話しかけようとしてる……? にしては、探りを入れてるような)

かと思うと、また店内をぐるりと見まわす。

その時、ばちりと目が合ってしまった。

(!? ま、まずい、盗み見てたのがバレちゃう)

かといってすぐに目を逸らすのも感じが悪い気がして、

反射的に捩りたくなった首を必死に堪えてなんとか会釈する。

秋元さんも、先程と同じ様子で軽く会釈を返してくれた。

ぎくしゃくしながら佳奈美の方に向きなおると、今度は意味深な笑顔に捉えられる。

「な、何?」

「秋元さんのこと見てた?」

「う」

今回ばかりは下手な誤魔化しは通用しないよな、と観念する。

「あー、まあ、なんか、独特な雰囲気の人だなって」

「そうだね、中途採用らしいから、他でも何かしら経験あるっぽいのがにじみ出てる感じじゃない?」

「それもあるけど……」

店内を見回す視線は、席を探すというよりも空間を彷徨っていた。

そして、高畠さんに注がれた視線は……

(手元を見ていた?)

気のせいだろうか。

「気になるならさ、今度高畠さんに誘ってもらって4人でご飯にでもいかない?」

佳奈美の突拍子もない提案に思考が途切れる。

「ちょ、まって、なんでそうなるの。私がそういうの苦手なことくらい知ってるよね?」

「知ってるけど、別に”仲のいい知り合い”が増えることくらいいいんじゃない?」

「いや、でも佳奈美たちのデートの邪魔したくないし」

「ご飯くらい、高畠さんだって全然構わないと思うけどな」

佳奈美はみんなで遊びに行くことが好きなタイプだ。

高畠さんも、佳奈美の言うとおりわいわい楽しむことが好きなのだろう。

「はあ……まあ、気が向いたらね」

(多分、秋元さんもそういうの好きじゃないだろうな……なんとなくだけど)

曖昧な返事をしてやり過ごすことにした。



そんな他愛のない話をしながら佳奈美の左手小指をちらちら窺うけれど……

(やっぱり、見えない。消えたの?)

この店に入るまでは、確かに絡まっていた……ように見えた。

そして、店内にも”糸”は微かに揺蕩っている。

(佳奈美と高畠さんのだけ見えなくなったんだとしたら……

いやいや、ふたりとも恋人になったばかりだし、あれだけ仲がいいのに)

そっと首を振り、最悪の想像をかき消す。

すると、佳奈美の後ろから高畠さんの声が降ってきた。

「お待たせ」

視線を上げると……

「……どうも」

(うぇ!?)






















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