上 下
42 / 49

第13章-3

しおりを挟む
「どうやってここに?」
「レオンがこのクラブの正会員だ。俺も招待されて何度か来たことあるんだ」

「それで場所まで知ってたんだ。彼、いいところのお坊ちゃん?」
「ああ。本人は来れないっていうんで、電話してここに入れてもらえるように頼んだ」

「そうだったんだ。迎えに来てくれてありがとう、うれしかった」

 正面玄関の車寄せに陳がリムジンをつけて待っていた。

“社長からよければお礼にディナーをといいつかっておりますが、そちらにお送りしてもよろしいですか?”

“ディナー?”
“はい。おふたり分のリザーブです”

 告げられたレストランは最高級広東料理の名店だった。値段が高いことでも有名だが、それ以上に予約の取れない店として名を馳せており、2年先まで予約で埋まっているという噂だ。

 ちらっと孝弘を確認すると肩をすくめて頷いただけだった。中国人の面子を尊重したほうがいいというところだろうか。

“…じゃあ、ありがたくお受けします”
 祐樹の返事を受けて、車は滑るようにまぶしいネオンのしたを走り抜けていく。


「ごめん、やっぱり断ればよかった? ここで帰ってもいいよ」

 孝弘の不機嫌を感じ取って、祐樹がレストランのエレベーターホールで訊ねた。車内で孝弘は一言も口をきかなかったし、祐樹も陳がいたので会話するのを控えた。

 たとえ日本語で内容がわからないとしても、言い合いになるのをエリックの秘書である陳には聞かれたくはなかった。

「いや、この招待は受けたほうがいい。こんな店を用意されて、断ったら彼の面子をつぶすよ」

「でも…、孝弘、怒ってるんじゃない?」
 低い声で理性的な返事を返した孝弘に、おずおずと問いかける。

「べつに怒ってるわけじゃない。なんていうか…、嫉妬、したかな」
「え?」

 ため息をつきながら返された言葉に、目を見開いた。

「あいつが祐樹に触れたのかと思うと、すごく腹が立った。もうずっと前のことだってわかってても」

 気まり悪げに言葉をつづけた。
 こういう表情をするのはめずらしい。

「なんていうか、大人の男って感じでさ、余裕ありそうなとこが悔しかったっていうか、なんかむかつくっていうか」

 かっこ悪いよな、と顔をしかめる。祐樹はそっと孝弘の手を握った。

「でもおれは、むかついてる孝弘も、かっこ悪い孝弘も、きらいじゃないよ」

「ありがと。さっきも祐樹は俺がいいってめちゃくちゃ褒めてくれるし、それ聞きながらあいつがにこにこしてるの見たら、もうなんかうれしいやら悔しいやら、どんな顔していいかわかんねーよって感じなんだ、いま」
 
 紳士的で余裕をもったエリックの態度に挑発されたようだ。そんな状況に陥らせた本人としてはコメント不能で祐樹は気まずく黙り込んだ。

 エレベーターがおりてきて扉が開く。孝弘に促され、乗り込むとシースルーのエレベーターが上昇するにつれ、香港の夜景が目のまえに広がった。

「ごめんな、祐樹。態度悪くて。気にしなくていいから、せっかくおごりだし、こんな店めったに来れないんだし、ごちになろ」

「そう? おれ、孝弘と食べるなら大牌トン(タイパントン)(屋台)でも茶餐廳(チャツァンテン)(カフェ)でも飲茶でもなんでもいいよ?」

「わかってる。そういってもらえてうれしい。ほら、着いた」

 扉が開くと待機していた給仕係が部屋に案内してくれた。清朝の王宮をイメージしたという内装は美しく、螺鈿細工の調度品が素晴らしかった。壁に飾られた扁額や水墨画、翡翠風の玉などがそれらしい雰囲気を出している。

「きれいな部屋だね。中国のテレビで時代劇たくさんやってるけど、こんな感じの部屋、よく出てくるよね」

「そうだな。なあ、キスして、祐樹。うんと濃いやつ。それで気持ち切り替えるから」

 孝弘のおねだりに給仕係が扉をノックするまで、祐樹は深く貪るようなキスをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【完結】キミの記憶が戻るまで

ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた 慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で… しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい… ※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。 朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2 朝陽-1→2→3 など、お好きに読んでください。 おすすめは相互に読む方です

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...