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第13章-3
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「どうやってここに?」
「レオンがこのクラブの正会員だ。俺も招待されて何度か来たことあるんだ」
「それで場所まで知ってたんだ。彼、いいところのお坊ちゃん?」
「ああ。本人は来れないっていうんで、電話してここに入れてもらえるように頼んだ」
「そうだったんだ。迎えに来てくれてありがとう、うれしかった」
正面玄関の車寄せに陳がリムジンをつけて待っていた。
“社長からよければお礼にディナーをといいつかっておりますが、そちらにお送りしてもよろしいですか?”
“ディナー?”
“はい。おふたり分のリザーブです”
告げられたレストランは最高級広東料理の名店だった。値段が高いことでも有名だが、それ以上に予約の取れない店として名を馳せており、2年先まで予約で埋まっているという噂だ。
ちらっと孝弘を確認すると肩をすくめて頷いただけだった。中国人の面子を尊重したほうがいいというところだろうか。
“…じゃあ、ありがたくお受けします”
祐樹の返事を受けて、車は滑るようにまぶしいネオンのしたを走り抜けていく。
「ごめん、やっぱり断ればよかった? ここで帰ってもいいよ」
孝弘の不機嫌を感じ取って、祐樹がレストランのエレベーターホールで訊ねた。車内で孝弘は一言も口をきかなかったし、祐樹も陳がいたので会話するのを控えた。
たとえ日本語で内容がわからないとしても、言い合いになるのをエリックの秘書である陳には聞かれたくはなかった。
「いや、この招待は受けたほうがいい。こんな店を用意されて、断ったら彼の面子をつぶすよ」
「でも…、孝弘、怒ってるんじゃない?」
低い声で理性的な返事を返した孝弘に、おずおずと問いかける。
「べつに怒ってるわけじゃない。なんていうか…、嫉妬、したかな」
「え?」
ため息をつきながら返された言葉に、目を見開いた。
「あいつが祐樹に触れたのかと思うと、すごく腹が立った。もうずっと前のことだってわかってても」
気まり悪げに言葉をつづけた。
こういう表情をするのはめずらしい。
「なんていうか、大人の男って感じでさ、余裕ありそうなとこが悔しかったっていうか、なんかむかつくっていうか」
かっこ悪いよな、と顔をしかめる。祐樹はそっと孝弘の手を握った。
「でもおれは、むかついてる孝弘も、かっこ悪い孝弘も、きらいじゃないよ」
「ありがと。さっきも祐樹は俺がいいってめちゃくちゃ褒めてくれるし、それ聞きながらあいつがにこにこしてるの見たら、もうなんかうれしいやら悔しいやら、どんな顔していいかわかんねーよって感じなんだ、いま」
紳士的で余裕をもったエリックの態度に挑発されたようだ。そんな状況に陥らせた本人としてはコメント不能で祐樹は気まずく黙り込んだ。
エレベーターがおりてきて扉が開く。孝弘に促され、乗り込むとシースルーのエレベーターが上昇するにつれ、香港の夜景が目のまえに広がった。
「ごめんな、祐樹。態度悪くて。気にしなくていいから、せっかくおごりだし、こんな店めったに来れないんだし、ごちになろ」
「そう? おれ、孝弘と食べるなら大牌トン(タイパントン)(屋台)でも茶餐廳(チャツァンテン)(カフェ)でも飲茶でもなんでもいいよ?」
「わかってる。そういってもらえてうれしい。ほら、着いた」
扉が開くと待機していた給仕係が部屋に案内してくれた。清朝の王宮をイメージしたという内装は美しく、螺鈿細工の調度品が素晴らしかった。壁に飾られた扁額や水墨画、翡翠風の玉などがそれらしい雰囲気を出している。
「きれいな部屋だね。中国のテレビで時代劇たくさんやってるけど、こんな感じの部屋、よく出てくるよね」
「そうだな。なあ、キスして、祐樹。うんと濃いやつ。それで気持ち切り替えるから」
孝弘のおねだりに給仕係が扉をノックするまで、祐樹は深く貪るようなキスをした。
「レオンがこのクラブの正会員だ。俺も招待されて何度か来たことあるんだ」
「それで場所まで知ってたんだ。彼、いいところのお坊ちゃん?」
「ああ。本人は来れないっていうんで、電話してここに入れてもらえるように頼んだ」
「そうだったんだ。迎えに来てくれてありがとう、うれしかった」
正面玄関の車寄せに陳がリムジンをつけて待っていた。
“社長からよければお礼にディナーをといいつかっておりますが、そちらにお送りしてもよろしいですか?”
“ディナー?”
“はい。おふたり分のリザーブです”
告げられたレストランは最高級広東料理の名店だった。値段が高いことでも有名だが、それ以上に予約の取れない店として名を馳せており、2年先まで予約で埋まっているという噂だ。
ちらっと孝弘を確認すると肩をすくめて頷いただけだった。中国人の面子を尊重したほうがいいというところだろうか。
“…じゃあ、ありがたくお受けします”
祐樹の返事を受けて、車は滑るようにまぶしいネオンのしたを走り抜けていく。
「ごめん、やっぱり断ればよかった? ここで帰ってもいいよ」
孝弘の不機嫌を感じ取って、祐樹がレストランのエレベーターホールで訊ねた。車内で孝弘は一言も口をきかなかったし、祐樹も陳がいたので会話するのを控えた。
たとえ日本語で内容がわからないとしても、言い合いになるのをエリックの秘書である陳には聞かれたくはなかった。
「いや、この招待は受けたほうがいい。こんな店を用意されて、断ったら彼の面子をつぶすよ」
「でも…、孝弘、怒ってるんじゃない?」
低い声で理性的な返事を返した孝弘に、おずおずと問いかける。
「べつに怒ってるわけじゃない。なんていうか…、嫉妬、したかな」
「え?」
ため息をつきながら返された言葉に、目を見開いた。
「あいつが祐樹に触れたのかと思うと、すごく腹が立った。もうずっと前のことだってわかってても」
気まり悪げに言葉をつづけた。
こういう表情をするのはめずらしい。
「なんていうか、大人の男って感じでさ、余裕ありそうなとこが悔しかったっていうか、なんかむかつくっていうか」
かっこ悪いよな、と顔をしかめる。祐樹はそっと孝弘の手を握った。
「でもおれは、むかついてる孝弘も、かっこ悪い孝弘も、きらいじゃないよ」
「ありがと。さっきも祐樹は俺がいいってめちゃくちゃ褒めてくれるし、それ聞きながらあいつがにこにこしてるの見たら、もうなんかうれしいやら悔しいやら、どんな顔していいかわかんねーよって感じなんだ、いま」
紳士的で余裕をもったエリックの態度に挑発されたようだ。そんな状況に陥らせた本人としてはコメント不能で祐樹は気まずく黙り込んだ。
エレベーターがおりてきて扉が開く。孝弘に促され、乗り込むとシースルーのエレベーターが上昇するにつれ、香港の夜景が目のまえに広がった。
「ごめんな、祐樹。態度悪くて。気にしなくていいから、せっかくおごりだし、こんな店めったに来れないんだし、ごちになろ」
「そう? おれ、孝弘と食べるなら大牌トン(タイパントン)(屋台)でも茶餐廳(チャツァンテン)(カフェ)でも飲茶でもなんでもいいよ?」
「わかってる。そういってもらえてうれしい。ほら、着いた」
扉が開くと待機していた給仕係が部屋に案内してくれた。清朝の王宮をイメージしたという内装は美しく、螺鈿細工の調度品が素晴らしかった。壁に飾られた扁額や水墨画、翡翠風の玉などがそれらしい雰囲気を出している。
「きれいな部屋だね。中国のテレビで時代劇たくさんやってるけど、こんな感じの部屋、よく出てくるよね」
「そうだな。なあ、キスして、祐樹。うんと濃いやつ。それで気持ち切り替えるから」
孝弘のおねだりに給仕係が扉をノックするまで、祐樹は深く貪るようなキスをした。
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