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第12章-3

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 じゃれあってさんざんキスしたあと、海から上がってシャワーを浴びた。

 先に着替えを済ませた孝弘が近くの売店でTシャツを買ってくれて、祐樹も着替えて外に出る。急激に空が暗くなってきていた。

 あわてて帰り支度をする人たちが海から急いで上がってくる。更衣室も混んできた。バス待ちの人たちがバス停周辺に集まっているのが見える。

「スコール、来るね」

「ああ。いま帰るとバスもタクシーも混むから、とりあえず、ここで何か食べない? 俺、けっこう腹減ってるんだけど、祐樹は?」

 朝は祐樹の希望で粥麺店で粥と河粉(ビーフン)、昼も雲呑麺だったから物足りなかったのだろう。

「タイ料理って平気?」
「たぶんね。あんま食べたことない。辛いんだっけ?」

「どうかな。俺もよく知らないんだ」
 ビーチの入り口にあるタイ料理屋に入った。

 3時半という中途半端な時間なので店は空いている。よくわからないまま英語のメニューを見てガイヤーンやソムタム、パッタイなどを頼んでみる。

 料理を待つあいだもみるみる空は暗くなり、ぱたぱたと雨が降り出した。

 どしゃぶりの雨の音を聞きながら、とても落ち着いた気分でのんびり食事する。本格的かどうかタイ料理になじみのない祐樹にはわからないが、思ったより口に合った。

「うまいな、これ。焼き鳥だな、ビールに合う」
「うん、おいしい。パパイヤサラダってのも初めて食べた。ふしぎな味」

 昨日から感じていた心の揺れはおさまって、静かな気持ちで孝弘と向き合うことができる気がしていた。

 たぶん、まだ孝弘と一緒にいることに慣れなくて、時々不安になって気持ちが乱れるのだろう。こんなふうに長い時間を一緒に過ごすのが初めてなのだ。

 でもだいじょうぶ。たまにはそんなふうに臆病になることがあっても、孝弘はちゃんと捕まえていてくれる。

 じぶんももっと成長していつか、ここにいるのが当然だと胸を張って孝弘のとなりに立てるようになる。それまでは言葉を惜しまず、気持ちを伝えながら向き合っていくしかないのだ。

「ここ、さっきの彼女と来たの?」
「さっきのってサラ? ああ、サラも一緒だったけど、友達10人以上で来て海水浴とバーベキューしたんだ」

 孝弘がちょっと硬い口ぶりで答える。
 どことなく警戒するような響き。

「おれね、孝弘が彼女と一緒にいるの見て、わかったことがあるんだ」
「何がわかったんだ?」

 緊張した顔で孝弘がしぶしぶ問い返す。女の子が絡むと祐樹は無条件で身を引きそうで、何をいいだすかと孝弘は身構えた。

 気持ちを受け入れてもらったと思って抱いたすぐあとに、ほかの女の子とつきあえと言われたのはついこの前のことだ。警戒する孝弘に、祐樹はしずかな表情を見せた。

「孝弘はゲイじゃないし女の子とつきあえるんだから、もしその時がきたら諦めなきゃって、心のどこかで思ってたんだけど」

 眉間にしわを寄せた孝弘がはっとした顔で口を開こうとしたが、祐樹は目線で孝弘を制し、先を続けた。

「でもごめんね、やっぱり孝弘を諦めてあげられない」

 どうしようもなく切ない気持ちのこもった本気の声。
 孝弘は開きかけた口を引き結んだ。

「ほかのだれが言い寄ってきても、おれを選んで」

 意地っ張りで臆病な祐樹が、初めて明確に見せた独占欲だった。

「こんなの言ったら引かれると思うんだけど、おれは孝弘じゃなきゃだめなんだ。だから、ほかのだれかに心を許さないでほしい」

 考えてみた結果は、これしかなかった。

 先のことなんてだれにもわからない。いつかするかもしれない後悔を心配して、いまの幸せを手放すことはできない。

 バカだな、とひどくやさしい表情で孝弘がつぶやいた。

「恋人からそんなこと言われて、なんで引くんだよ。うれしいに決まってるだろ」

 まだ濡れている祐樹の髪を撫でて、そのまま頬に手を滑らせる。

「祐樹こそ、だれかの腕に落ちたりするなよ」
「だれもいないよ、孝弘以外には」

 孝弘の手に頬を押しつける。
 大きくて温かい、祐樹の好きな手。

「ほかのだれより好きだよ。孝弘がいればなんにもいらない」
 
 いつの間にか南国特有の短い雨はあがっていた。雲の切れ間から太陽の光が射して波が踊るようにきらめいていた。

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