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第2章-2

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「それで、料理クラブに入ったんだ」

「そう。でも結局そこでは、そんな家庭料理は教えてくれなくて。クッキーとかマフィンとか、料理っていってもカレーとかチャーハンくらいで」

 それはそうだろう。小学生向けの料理クラブでサバの味噌煮はないだろう。孝弘の思惑は外れてしまったが、そこで救いの手を差し伸べてくれる出会いがあったという。

「だけど、俺の希望を聞いたボランティアスタッフのおばあちゃんが、それなら個人的に教えてくれるって言ってくれて、週末はおばあちゃんの家に通っていろいろ教えてもらったんだ」

 孝弘の料理の基本はそのおばあちゃんによるものだ。

 当時、離婚家庭はまだ少なかったし、それも父子家庭はめずらしかった。その状況に同情したのかもしれないが、おばあちゃんは手間暇を惜しまず、だしの取り方からひとつひとつ丁寧に教えてくれた。

 できた料理を一緒に食べるうちに、箸使いや食事のマナーも自然と覚えさせられた。

 好奇心旺盛な孝弘は教えてくれることをさくさく覚えて、だんだんと食べたいものが作れるようになっていった。

 おばあちゃんの夫であるおじいちゃんも孝弘をかわいがってくれて、週末の交流はかなり長く続いた。高校1年の秋、父親の再婚によって引越ししたあとも連絡をとり続け、今でも年賀状をやりとりしている。

 横浜に到着すると桜木町まで乗り換えて、孝弘はそのまま歩いて5分ほどの超高層ビルのショッピングセンターに祐樹を誘った。クルージングの時間まではまだかなり余裕がある。

「ちょっと買い物つきあって」
「いいよ、なに買うの?」

 孝弘が入ったのはカジュアルな服をあつかうショップだった。北京ではいまだに、なかなかこういう日常使いで満足できる商品が手に入らないのだ。日本にいるあいだに買っておくのが習慣になっていた。

 香港に近いせいもあるのか、そういう意味では広州のほうが流行に敏感で物が豊富だったなと祐樹は思いながら店内を見てまわる。孝弘がシャツを2枚広げて祐樹を呼んだ。

「どっちがいい?」
「んー、こっちのグリーンが似合うかな」

 シャツを見比べてあててみながら、祐樹は内心ちょっとドキドキしていた。彼氏に服を選んであげるってやつなのか、これって。

 孝弘と買い物に行ったことは5年前の北京でもあるが、あの時の買い物は値段交渉をしたり、穴が開いたりボタンが取れていないかなどチェックすることが多すぎて、こんなふうにデートっぽくなったことがなかった。

「祐樹は? 祐樹が着るならどれがいい?」
「おれ? うーん、こっちのブルーか水色かな。あー、でもこんな色ばっか選んでるかも」

「わかる、つい選ぶ色ってあるよな。祐樹に水色似合うけど、たまには冒険してみる? あの明るいオレンジとか似合いそう」

 茶色とオレンジの配色のシャツは、夏っぽさもあり茶色のアクセントが効いていて派手すぎず、あててみると祐樹の整った顔立ちによく似合っていた。

「いいじゃん」
「なんか、恥ずかしい」

 じぶんでも案外わるくないと思ったが、慣れない色に照れてしまって棚に戻した。

「似合ってたのに」
「ありがと。孝弘の買い物に来たんでしょ。気に入ったの、あった?」

「パンツの試着もしていい?」
「いいよ。シャツよりパンツのほうが中国では見つけにくくない?」

「俺もそう思う」

 何着か試着して孝弘は半袖シャツ2枚とパンツ1本を選んだ。ついでに靴下と下着もかごに入れている。買い物はまとめてすませるタイプらしい。

「いまだに10元のTシャツとかもふつうに着てるけどな」
「ひと夏使い捨て?」

「それもある。前よりはデザインも質もましにはなってきてるけど。部屋で着てるぶんにはいいけど、仕事で人に会うときはやっぱちょっとってことになるから、帰国したときこまめに買ってる」

 孝弘がレジをしているあいだに祐樹はトイレに行った。

 鏡に映るじぶんは楽しそうだった。ゆるくリラックスした顔にちょっと照れる。こんな顔を孝弘に見せているのか。たしかに仕事モードの時とは違っている。

 ゆうべの孝弘の言葉を思い出し、ついでにそのさきを思い出してしまい、思わず赤面する。きのうの孝弘は激しくはなかったが、祐樹を甘やかすように蕩けさせるように体中に触れてきた。

 これまでの孝弘はけっこう強気に求めて来たから、あんなふうに包み込まれるようなセックスをしたのは初めてだった。

 お互いの存在を確かめるように触れあって、最後まで優しく抱かれて、そのまま孝弘の体温にくるまれて祐樹は気持ちよく眠ってしまったのだ。

 大事にされていると思う。

 言葉でも態度でも孝弘は祐樹を好きだと明快に表してくれて、祐樹は安心して孝弘の腕のなかに包まれていられる。

 同じように、じぶんは返せているだろうか。
 努力はしているつもりだが、まだまだのような気がする。

 照れていないでちゃんと言わないとな。孝弘を不安にさせたりしないように。もう二度と傷つけたりしないように。

 誠実に気持ちを向けてくれる孝弘に、言葉を惜しまず、きちんと向き合おう。

 鏡のなかのじぶんに言い聞かせてショップへ戻った。
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