5 / 49
第2章-2
しおりを挟む
「それで、料理クラブに入ったんだ」
「そう。でも結局そこでは、そんな家庭料理は教えてくれなくて。クッキーとかマフィンとか、料理っていってもカレーとかチャーハンくらいで」
それはそうだろう。小学生向けの料理クラブでサバの味噌煮はないだろう。孝弘の思惑は外れてしまったが、そこで救いの手を差し伸べてくれる出会いがあったという。
「だけど、俺の希望を聞いたボランティアスタッフのおばあちゃんが、それなら個人的に教えてくれるって言ってくれて、週末はおばあちゃんの家に通っていろいろ教えてもらったんだ」
孝弘の料理の基本はそのおばあちゃんによるものだ。
当時、離婚家庭はまだ少なかったし、それも父子家庭はめずらしかった。その状況に同情したのかもしれないが、おばあちゃんは手間暇を惜しまず、だしの取り方からひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
できた料理を一緒に食べるうちに、箸使いや食事のマナーも自然と覚えさせられた。
好奇心旺盛な孝弘は教えてくれることをさくさく覚えて、だんだんと食べたいものが作れるようになっていった。
おばあちゃんの夫であるおじいちゃんも孝弘をかわいがってくれて、週末の交流はかなり長く続いた。高校1年の秋、父親の再婚によって引越ししたあとも連絡をとり続け、今でも年賀状をやりとりしている。
横浜に到着すると桜木町まで乗り換えて、孝弘はそのまま歩いて5分ほどの超高層ビルのショッピングセンターに祐樹を誘った。クルージングの時間まではまだかなり余裕がある。
「ちょっと買い物つきあって」
「いいよ、なに買うの?」
孝弘が入ったのはカジュアルな服をあつかうショップだった。北京ではいまだに、なかなかこういう日常使いで満足できる商品が手に入らないのだ。日本にいるあいだに買っておくのが習慣になっていた。
香港に近いせいもあるのか、そういう意味では広州のほうが流行に敏感で物が豊富だったなと祐樹は思いながら店内を見てまわる。孝弘がシャツを2枚広げて祐樹を呼んだ。
「どっちがいい?」
「んー、こっちのグリーンが似合うかな」
シャツを見比べてあててみながら、祐樹は内心ちょっとドキドキしていた。彼氏に服を選んであげるってやつなのか、これって。
孝弘と買い物に行ったことは5年前の北京でもあるが、あの時の買い物は値段交渉をしたり、穴が開いたりボタンが取れていないかなどチェックすることが多すぎて、こんなふうにデートっぽくなったことがなかった。
「祐樹は? 祐樹が着るならどれがいい?」
「おれ? うーん、こっちのブルーか水色かな。あー、でもこんな色ばっか選んでるかも」
「わかる、つい選ぶ色ってあるよな。祐樹に水色似合うけど、たまには冒険してみる? あの明るいオレンジとか似合いそう」
茶色とオレンジの配色のシャツは、夏っぽさもあり茶色のアクセントが効いていて派手すぎず、あててみると祐樹の整った顔立ちによく似合っていた。
「いいじゃん」
「なんか、恥ずかしい」
じぶんでも案外わるくないと思ったが、慣れない色に照れてしまって棚に戻した。
「似合ってたのに」
「ありがと。孝弘の買い物に来たんでしょ。気に入ったの、あった?」
「パンツの試着もしていい?」
「いいよ。シャツよりパンツのほうが中国では見つけにくくない?」
「俺もそう思う」
何着か試着して孝弘は半袖シャツ2枚とパンツ1本を選んだ。ついでに靴下と下着もかごに入れている。買い物はまとめてすませるタイプらしい。
「いまだに10元のTシャツとかもふつうに着てるけどな」
「ひと夏使い捨て?」
「それもある。前よりはデザインも質もましにはなってきてるけど。部屋で着てるぶんにはいいけど、仕事で人に会うときはやっぱちょっとってことになるから、帰国したときこまめに買ってる」
孝弘がレジをしているあいだに祐樹はトイレに行った。
鏡に映るじぶんは楽しそうだった。ゆるくリラックスした顔にちょっと照れる。こんな顔を孝弘に見せているのか。たしかに仕事モードの時とは違っている。
ゆうべの孝弘の言葉を思い出し、ついでにそのさきを思い出してしまい、思わず赤面する。きのうの孝弘は激しくはなかったが、祐樹を甘やかすように蕩けさせるように体中に触れてきた。
これまでの孝弘はけっこう強気に求めて来たから、あんなふうに包み込まれるようなセックスをしたのは初めてだった。
お互いの存在を確かめるように触れあって、最後まで優しく抱かれて、そのまま孝弘の体温にくるまれて祐樹は気持ちよく眠ってしまったのだ。
大事にされていると思う。
言葉でも態度でも孝弘は祐樹を好きだと明快に表してくれて、祐樹は安心して孝弘の腕のなかに包まれていられる。
同じように、じぶんは返せているだろうか。
努力はしているつもりだが、まだまだのような気がする。
照れていないでちゃんと言わないとな。孝弘を不安にさせたりしないように。もう二度と傷つけたりしないように。
誠実に気持ちを向けてくれる孝弘に、言葉を惜しまず、きちんと向き合おう。
鏡のなかのじぶんに言い聞かせてショップへ戻った。
「そう。でも結局そこでは、そんな家庭料理は教えてくれなくて。クッキーとかマフィンとか、料理っていってもカレーとかチャーハンくらいで」
それはそうだろう。小学生向けの料理クラブでサバの味噌煮はないだろう。孝弘の思惑は外れてしまったが、そこで救いの手を差し伸べてくれる出会いがあったという。
「だけど、俺の希望を聞いたボランティアスタッフのおばあちゃんが、それなら個人的に教えてくれるって言ってくれて、週末はおばあちゃんの家に通っていろいろ教えてもらったんだ」
孝弘の料理の基本はそのおばあちゃんによるものだ。
当時、離婚家庭はまだ少なかったし、それも父子家庭はめずらしかった。その状況に同情したのかもしれないが、おばあちゃんは手間暇を惜しまず、だしの取り方からひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
できた料理を一緒に食べるうちに、箸使いや食事のマナーも自然と覚えさせられた。
好奇心旺盛な孝弘は教えてくれることをさくさく覚えて、だんだんと食べたいものが作れるようになっていった。
おばあちゃんの夫であるおじいちゃんも孝弘をかわいがってくれて、週末の交流はかなり長く続いた。高校1年の秋、父親の再婚によって引越ししたあとも連絡をとり続け、今でも年賀状をやりとりしている。
横浜に到着すると桜木町まで乗り換えて、孝弘はそのまま歩いて5分ほどの超高層ビルのショッピングセンターに祐樹を誘った。クルージングの時間まではまだかなり余裕がある。
「ちょっと買い物つきあって」
「いいよ、なに買うの?」
孝弘が入ったのはカジュアルな服をあつかうショップだった。北京ではいまだに、なかなかこういう日常使いで満足できる商品が手に入らないのだ。日本にいるあいだに買っておくのが習慣になっていた。
香港に近いせいもあるのか、そういう意味では広州のほうが流行に敏感で物が豊富だったなと祐樹は思いながら店内を見てまわる。孝弘がシャツを2枚広げて祐樹を呼んだ。
「どっちがいい?」
「んー、こっちのグリーンが似合うかな」
シャツを見比べてあててみながら、祐樹は内心ちょっとドキドキしていた。彼氏に服を選んであげるってやつなのか、これって。
孝弘と買い物に行ったことは5年前の北京でもあるが、あの時の買い物は値段交渉をしたり、穴が開いたりボタンが取れていないかなどチェックすることが多すぎて、こんなふうにデートっぽくなったことがなかった。
「祐樹は? 祐樹が着るならどれがいい?」
「おれ? うーん、こっちのブルーか水色かな。あー、でもこんな色ばっか選んでるかも」
「わかる、つい選ぶ色ってあるよな。祐樹に水色似合うけど、たまには冒険してみる? あの明るいオレンジとか似合いそう」
茶色とオレンジの配色のシャツは、夏っぽさもあり茶色のアクセントが効いていて派手すぎず、あててみると祐樹の整った顔立ちによく似合っていた。
「いいじゃん」
「なんか、恥ずかしい」
じぶんでも案外わるくないと思ったが、慣れない色に照れてしまって棚に戻した。
「似合ってたのに」
「ありがと。孝弘の買い物に来たんでしょ。気に入ったの、あった?」
「パンツの試着もしていい?」
「いいよ。シャツよりパンツのほうが中国では見つけにくくない?」
「俺もそう思う」
何着か試着して孝弘は半袖シャツ2枚とパンツ1本を選んだ。ついでに靴下と下着もかごに入れている。買い物はまとめてすませるタイプらしい。
「いまだに10元のTシャツとかもふつうに着てるけどな」
「ひと夏使い捨て?」
「それもある。前よりはデザインも質もましにはなってきてるけど。部屋で着てるぶんにはいいけど、仕事で人に会うときはやっぱちょっとってことになるから、帰国したときこまめに買ってる」
孝弘がレジをしているあいだに祐樹はトイレに行った。
鏡に映るじぶんは楽しそうだった。ゆるくリラックスした顔にちょっと照れる。こんな顔を孝弘に見せているのか。たしかに仕事モードの時とは違っている。
ゆうべの孝弘の言葉を思い出し、ついでにそのさきを思い出してしまい、思わず赤面する。きのうの孝弘は激しくはなかったが、祐樹を甘やかすように蕩けさせるように体中に触れてきた。
これまでの孝弘はけっこう強気に求めて来たから、あんなふうに包み込まれるようなセックスをしたのは初めてだった。
お互いの存在を確かめるように触れあって、最後まで優しく抱かれて、そのまま孝弘の体温にくるまれて祐樹は気持ちよく眠ってしまったのだ。
大事にされていると思う。
言葉でも態度でも孝弘は祐樹を好きだと明快に表してくれて、祐樹は安心して孝弘の腕のなかに包まれていられる。
同じように、じぶんは返せているだろうか。
努力はしているつもりだが、まだまだのような気がする。
照れていないでちゃんと言わないとな。孝弘を不安にさせたりしないように。もう二度と傷つけたりしないように。
誠実に気持ちを向けてくれる孝弘に、言葉を惜しまず、きちんと向き合おう。
鏡のなかのじぶんに言い聞かせてショップへ戻った。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
【完結】世界で一番愛しい人
ゆあ
BL
好きになった人と念願の番になり、幸せな日々を送っていたのに…
番の「運命の番」が現れ、僕の幸せな日は終わりを告げる
彼の二重生活に精神的にも、肉体的にも限界を迎えようとしている僕を
慰めてくれるのは、幼馴染の初恋の相手だった
近親相姦メス堕ちショタ調教 家庭内性教育
オロテンH太郎
BL
これから私は、父親として最低なことをする。
息子の蓮人はもう部屋でまどろんでいるだろう。
思えば私は妻と離婚してからというもの、この時をずっと待っていたのかもしれない。
ひそかに息子へ劣情を向けていた父はとうとう我慢できなくなってしまい……
おそらく地雷原ですので、合わないと思いましたらそっとブラウザバックをよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる