あの日、北京の街角で 番外編 これもほどよく憂鬱な日々

ゆまは なお

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第13章-2

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 綾乃の部屋でチョコケーキを食べてキスをした。その先にどうやって進めばいいかわからずに、心臓がバクバクして緊張したことを覚えている。

 初めてのセックスはぎこちなくて、とにかくちゃんとしなくちゃとそればかりが気になった。気持ちなんてこもっていない、ただ形だけのセックスだったと思う。

「祐樹、なに考えてる?」

 大澤の声で、はっと顔を上げた。いつの間にか箸が止まっていて、ぼんやりした祐樹の顔を大澤が覗きこんでいた。

「あ、なにも…」

 大澤の顔が思いがけず近くにあって、すこし焦って身を引いた。大澤はなにも言わず、じっと祐樹の顔を見つめている。こころの奥まで見通すような視線に、どうしていいかわからず目をそらした。

 大澤はなにか感づいているんだろうか。

 男のほうが好きなんじゃないの、と言われたのはもう1年近くまえだ。それから6人の彼女とつきあって別れた話を大澤はぜんぶ聞いている。次々と彼女を変える祐樹を、どう思っているだろう。

「祐樹、なにか俺がしてやれることがあるか?」

 静かな問いかけは祐樹の胸にすとんと落ちて、正直な気持ちを口にしてもいいのだと背中を押された気分になる。

「大澤先輩」
「うん」 

「…キス、してくれませんか」

 バカだ、こんなお願いをしてどう思われるだろう。冗談ですって笑わなきゃ、と顔を上げかけたところで、影が落ちてそっと唇が重なってきた。

 驚いて固まった祐樹の背中に大澤の手が回されて、ぐっと抱き寄せられた。じぶんより大きな体格に抱きこまれて、ふしぎな心地よさを味わった。いつもと立場が逆なのに違和感はなかった。
 
 一度離れた唇がもう一度押しつけられ、今度は舌先で唇をなぞられる。おそるおそる開くと、ためらいなく舌が入ってきた。

 とまどう祐樹をそそのかすように舌先で誘いかけられて、おずおずと応えるとぎゅっと抱きしめられてしばらく探り合うようなキスをした。背中に腕を回したまま、唇をそっと離されて耳元をたどられる。

「どうした、急に」
「いえ、すみません。…魔が差しました」 

 聞いた大澤が一瞬動きを止め、こらえきれずに笑い出した。それで一気に空気が変わって、祐樹はほっとして顔をあげた。

「魔が差したって、お前…」
 くっくっとまだ笑っている。

 そんなつもりはなかったが、よほどおかしかったらしい。

「で、どうだった?」
「…お上手でした」

「バカ。……ほんとは何が知りたい?」
「おれが男とセックスできるかどうかを……」

 大澤はあまり驚かなかった。ちょっと眉を上げただけで、そうかとあっさり言う。あまりにもさらりと受け止められて、現実感がなかった。たぶん大澤には感づかれていたのだろう。

 もういいか、とあきらめて祐樹はぽつぽつと本音を話した。キスまでねだっておいて、いまさらだろうとあきらめがついた。

 大澤が苦手な先輩であることには変わりないが、それでも信頼していて甘えられる相手であることも事実だった。そう、甘えているのだと思う。ほかにこんな相手はいない。

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