あの日、北京の街角で 番外編 これもほどよく憂鬱な日々

ゆまは なお

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第9章-3

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「祐樹くんは高校生だよね、何年生?」
「1年です」

「ってことは16か。若いっていいね」
「えー、東雲先生からそんな言葉を聞くなんてショックです」

 女性スタッフのあげた冗談めいた悲鳴に、東雲はおっとり笑って「だって16歳なら徹夜だって平気でしょ」と受け流した。そのあとに続いた会話から、最近徹夜で設営をした現場があったらしいとわかる。

 生花の仕事というと優雅なイメージを持っていたが、全然違うらしいと、ほんの数時間手伝っただけの祐樹にも理解できた。

 花器や土つきの枝などけっこう重いものも運ぶし、水のなかでの作業も多いから手も冷える。

 枝の太いものはのこぎりで切っていたり、飾り付けのオブジェは結束バンドで止めたり針金を使ったりして、もはや祐樹の知る生花ではない。

 作業にはかなり体力が必要だし、地味に握力も必要だ。東雲が男子である祐樹の手伝いを喜んだ意味がようやくわかった。

 でもそうやって創りあげられた作品は、東雲の雰囲気をどこか反映して優雅だった。

 途中、差し入れのドリンクをもらって休憩し、そのあと別のフロアでも作業をして、気が付いたら夜の8時になろうとしていた。

「ごめんね、こんな遅くまで。家はだいじょうぶ?」
「さっき休憩のとき、電話したから平気です」

「送って行ってあげたいけど、まだこっちの作業が残ってて帰れないんだ。これ、きょうのバイト代」

 すっと白い封筒を渡された。ありがとうございますと礼を言って、開けもせずに祐樹は鞄にしまった。

「電車で帰れますから平気です。それよりまだ途中みたいだけどいいんですか?」

「うん、祐樹くんがすごく頑張ってくれたから、ちゃんと予定通りすすんでる。あとは閉店してから、表のウィンドウのディスプレイとかの作業だから。本当に助かったよ。どうもありがとう」

 東雲に声をかけられたのが3時過ぎくらいだっただろうか、5時間ほど手伝いをしていたことになるが、とても早く時間が過ぎて、そんなに経ったとは思えなかった。

 一礼して着替えに行こうとすると、東雲がそっと祐樹の肩を引き寄せた。シャツ越しに伝わってくる体温にどきりとする。

「今度、あらためてお礼させてね。電話してもいいかな?」
「いいです、お礼なんて。ちゃんとバイト代もらいましたし」

「電話したら迷惑?」
「あ、いえ、そういう意味じゃないです」

「そう、よかった。じゃあ、また今度。きょうは本当にありがとう」

 また今度って。祐樹が口を開くまえに、スタッフから呼ばれて東雲はするりと祐樹から離れてしまう。数メートル進んでふと振り返り、まだぼんやりと東雲の後ろ姿を見送っていた祐樹にふわりと声をかけた。

「気を付けて帰ってね、祐樹くん」

 最後に名前を呼ばれて、そのやわらかな声の余韻に、祐樹はあまやかに気持ちが落ち着くような感じを味わった。
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