上 下
27 / 56

第8章-3

しおりを挟む
「で、なんで大澤先輩が来てるんですか?」

 待ち合わせ場所の大型書店に現れたのは大澤だった。年末の街はなんだか気忙しく、冬休みになっていることもあって人が多かった。

「綾乃、おととい出したレポート再提出で無理になってさ。きょうの夕方まで待ってもらえるそうだから、今ごろ図書館で必死だろ。俺は伝書鳩じゃないんだけどな」

 そう言いながらも笑っている。

 今朝まで必死にがんばったけど間に合わなかった、祐樹くんごめんねって謝ってたと聞けばそれ以上文句をつける気にはなれない。

「祐樹、腹減ってない? 俺、寝坊して時間なくて朝も昼も食べてないから、なんか食いたいんだよな。つき合えよ」

「はい」

 大澤はそっけない返事を気にすることもない。昼にはおそすぎる2時半という時間だが、大澤はしっかり食べたいようだ。

「祐樹は腹減ってる? なにが食べたいかんじ? おごってやるよ」
「じゃあ…天丼がいいです」

「お、いいね」
 祐樹が選んだのはカウンターだけの天丼専門店だ。

 安くて早くてボリュームがある。食券を買って並んでカウンターに座った。水はセルフだ。男同士だとこういうところが楽だよな、と思う。

 綾乃がいたら、さすがにこういう店は選べない。ほんとはこういう丼ものとかカレーとかがっつりした食べ物が好きだけれど、デートのときはカフェでランチとかイタリアンを分け合ったりだった。

「綾乃さんはなんで先輩に伝言したんですか? 電話でいいのに」

 大型書店を待ち合わせ場所にしているのは、ナンパ除けのほかに急な変更のとき店に電話をかけて呼び出しができるからだった。(注:この話は80年代の話で携帯電話は存在しません)

「あー、きょう今年最後のサークルのミーティングがあって、クラブハウスでたまたま会ったからだろ。ちょうど本屋に用事もあったし」

 上エビ天丼をおそろしい速さでかきこんでもりもりと食べ、ごくごくと水を飲んでいる元王子は、それでもやはりかっこよかった。

 気づけば大澤の水を飲む喉元に目が引き寄せられていて、祐樹ははっと目線をそらした。なんだか心臓がとくとくする気がして、なにかしゃべろうと話題を探して頭のなかをあちこちめぐる。

「あ、そういえば、すこし前、本多先輩に会いましたよ」
「へえ、本多、懐かしいな。あいつ、元気にしてた?」

「はい。連絡とってないんですか?」
「んー、この半年くらい会ってないかもな。どこで会ったんだ?」

「ショッピングセンターで買い物してるときに声かけられて」

 祐樹はかいつまんで本多との会話、というか誤解を教えた。聞いた大澤は目を丸くして、それから「バカだな、あいつ」と爆笑した。

 その反応を見て、ほらやっぱり誤解だったと祐樹も一緒に笑った。けれども、ほんの少しがっかりしているじぶんを見つけて、祐樹はそんなじぶんに違和感を覚える。

 どうして、なににがっかりしているんだろう?

 じぶんの気持ちなのに、もやもやとした霧がかかっているようにはっきりつかめなくて、祐樹はもどかしく思う。

 いったい何に引っかかっているんだろう。最近、こういうことが多い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】スーツ男子の歩き方

SAI
BL
イベント会社勤務の羽山は接待が続いて胃を壊しながらも働いていた。そんな中、4年付き合っていた彼女にも振られてしまう。 胃は痛い、彼女にも振られた。そんな羽山の家に通って会社の後輩である高見がご飯を作ってくれるようになり……。 ノンケ社会人羽山が恋愛と性欲の迷路に迷い込みます。そして辿り着いた答えは。 後半から性描写が増えます。 本編 スーツ男子の歩き方 30話 サイドストーリー 7話 順次投稿していきます。 ※サイドストーリーはリバカップルの話になります。 ※性描写が入る部分には☆をつけてあります。 10/18 サイドストーリー2 亨の場合の投稿を開始しました。全5話の予定です。

あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』続編。 先に『あの日、北京の街角で』をご覧くださいm(__)m https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176 大連で始まる孝弘と祐樹の駐在員生活。 2人のラブラブな日常をお楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

処理中です...