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第6章-3
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「花はないんですね」
「ここは保管しておくだけだから」
「あれ、なんていう花だったんですか? 大きくて紙みたいなかんじの」
「アメリカ芙蓉。あれは1日で枯れる花だから、毎日取り換えなきゃいけなくて、展示に出すのはちょっと大変だったけど、どうしてもあの花のイメージだったから使ったんだ。近場だから毎日取り換えに行けると思ってね」
「あんな大きいのに1日で枯れちゃう花なんですか?」
「そう。地植えでも朝開いたら夕方にはしぼむ。次々咲くからけっこうきれいだけどね。見たことない?」
「…ないと思います。あっても気づいてないっていうか」
首をかしげながら祐樹が答える。道にどんな花が咲いていようとも気に留めたことはない。祐樹にわかるのはチューリップと桜くらいのものだった。
正直にそう言ったら、東雲はふつうはそんなもんだよねとうなずいている。
「じゃあ、今度見に行く?」
あっさり誘ってくる東雲の顔を祐樹はちょっと戸惑って見返した。
どういうつもりで誘っているのだろう。教室に来る生徒みんなにこうして声をかけているとも思えないし、そもそも祐樹はかれの生徒でもない。
「ああでも、芙蓉は夏の花だからもう今年はシーズン終わってるな。来年だね、機会があればどう?」
祐樹が返事をするより早く、たった今の誘いをさらりとかわすようなことを口にする。表情はやわらかいままで、何を考えているのかよくわからなかった。
「そうですね」
本気なのか単なる気まぐれで口にしたのか判断できず、祐樹はどうとでもという気分でそう返した。来年のことなんてまったく予想もつかないし。連絡を取っているとも思えない。
東雲は祐樹の返事にじゃあ約束だよと頭をぽんぽんとして、ついでのようにさらりと髪をなでた。
大澤にもそうやってよく髪を触られたことを思い出す。祐樹がかわいいからつい撫でたくなるんだ。大澤はそんなふうに言っていた。
東雲もじぶんを見るとそんな気分になるんだろうか。困惑したまま見つめる先で、東雲はふわりとやわらかく微笑んだ。
教室に戻ると綾乃はちょうど活け終えたところらしく、祐樹に手を振った。
「祐樹、どこ行ってたの? ね、これどう?」
綾乃がじぶんの作品を祐樹に見せようと正面を譲った。
「うん、とてもきれいだと思う」
正面から見てみたところで、生け花に対してそれ以上の感想を持たない祐樹は無難に答えた。
「ふふ、ありがと」
そんな感想でも綾乃は満足そうに微笑んだ。
「流派は違っても、習ってる人はやっぱり花の見せ方がじょうずだね」
いつのまにか東雲が後ろに来ていて、綾乃の作品を見ていた。
「ほんとですか、ありがとうございます」
綾乃はぱっと赤くなった。本当にうれしそうだ。ファンだと言ったのはお世辞ではなかったらしい。
いくつか改善点を指摘され、東雲がちょいちょいと手直しすると、また全体の雰囲気が変わったのが祐樹にもわかった。
「真(しん)の高さに気をつけて。せっかくいい枝ぶりだから、このラインをうまく見せるようにするといい。足元をもう少し寄せて、水際に注意してね」
綾乃ははいとため息のようなものをつきながら話を聞いている。東雲がメインの花をほんの数センチ短く切って、すこし中央に寄せただけでひき締まった感じが出た。
生け花の指導を目にしたのが初めてなので、祐樹はふしぎなものを見ている気分だった。
「先生、お願いします」
またほかの生徒から声がかかって、東雲がそちらに向かった。
教室ではお互い活けた作品を見せ合うものらしく、みんながそちらに寄って東雲の話を聞いている。 同じ花材を使っていても枝や花の咲き具合などそれぞれ違うし、使う花器によってもひとりひとり違ったものになるのがおもしろいらしい。
楽しそうな笑い声も起きて、東雲のやわらかな張りのある声が室内に響く。
「ここは保管しておくだけだから」
「あれ、なんていう花だったんですか? 大きくて紙みたいなかんじの」
「アメリカ芙蓉。あれは1日で枯れる花だから、毎日取り換えなきゃいけなくて、展示に出すのはちょっと大変だったけど、どうしてもあの花のイメージだったから使ったんだ。近場だから毎日取り換えに行けると思ってね」
「あんな大きいのに1日で枯れちゃう花なんですか?」
「そう。地植えでも朝開いたら夕方にはしぼむ。次々咲くからけっこうきれいだけどね。見たことない?」
「…ないと思います。あっても気づいてないっていうか」
首をかしげながら祐樹が答える。道にどんな花が咲いていようとも気に留めたことはない。祐樹にわかるのはチューリップと桜くらいのものだった。
正直にそう言ったら、東雲はふつうはそんなもんだよねとうなずいている。
「じゃあ、今度見に行く?」
あっさり誘ってくる東雲の顔を祐樹はちょっと戸惑って見返した。
どういうつもりで誘っているのだろう。教室に来る生徒みんなにこうして声をかけているとも思えないし、そもそも祐樹はかれの生徒でもない。
「ああでも、芙蓉は夏の花だからもう今年はシーズン終わってるな。来年だね、機会があればどう?」
祐樹が返事をするより早く、たった今の誘いをさらりとかわすようなことを口にする。表情はやわらかいままで、何を考えているのかよくわからなかった。
「そうですね」
本気なのか単なる気まぐれで口にしたのか判断できず、祐樹はどうとでもという気分でそう返した。来年のことなんてまったく予想もつかないし。連絡を取っているとも思えない。
東雲は祐樹の返事にじゃあ約束だよと頭をぽんぽんとして、ついでのようにさらりと髪をなでた。
大澤にもそうやってよく髪を触られたことを思い出す。祐樹がかわいいからつい撫でたくなるんだ。大澤はそんなふうに言っていた。
東雲もじぶんを見るとそんな気分になるんだろうか。困惑したまま見つめる先で、東雲はふわりとやわらかく微笑んだ。
教室に戻ると綾乃はちょうど活け終えたところらしく、祐樹に手を振った。
「祐樹、どこ行ってたの? ね、これどう?」
綾乃がじぶんの作品を祐樹に見せようと正面を譲った。
「うん、とてもきれいだと思う」
正面から見てみたところで、生け花に対してそれ以上の感想を持たない祐樹は無難に答えた。
「ふふ、ありがと」
そんな感想でも綾乃は満足そうに微笑んだ。
「流派は違っても、習ってる人はやっぱり花の見せ方がじょうずだね」
いつのまにか東雲が後ろに来ていて、綾乃の作品を見ていた。
「ほんとですか、ありがとうございます」
綾乃はぱっと赤くなった。本当にうれしそうだ。ファンだと言ったのはお世辞ではなかったらしい。
いくつか改善点を指摘され、東雲がちょいちょいと手直しすると、また全体の雰囲気が変わったのが祐樹にもわかった。
「真(しん)の高さに気をつけて。せっかくいい枝ぶりだから、このラインをうまく見せるようにするといい。足元をもう少し寄せて、水際に注意してね」
綾乃ははいとため息のようなものをつきながら話を聞いている。東雲がメインの花をほんの数センチ短く切って、すこし中央に寄せただけでひき締まった感じが出た。
生け花の指導を目にしたのが初めてなので、祐樹はふしぎなものを見ている気分だった。
「先生、お願いします」
またほかの生徒から声がかかって、東雲がそちらに向かった。
教室ではお互い活けた作品を見せ合うものらしく、みんながそちらに寄って東雲の話を聞いている。 同じ花材を使っていても枝や花の咲き具合などそれぞれ違うし、使う花器によってもひとりひとり違ったものになるのがおもしろいらしい。
楽しそうな笑い声も起きて、東雲のやわらかな張りのある声が室内に響く。
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