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第5章-1 欲望とときめき
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「けっこうおもしろかったな」
「はい、ちょっとびっくりしました」
デパートを出てから喉が渇いていたので、駅前のコーヒーショップに入った。約束通り祐樹が代金を払おうとすると、大澤が横からさっと払ってしまった。
「伝言運んだ代わりにおれが出すんじゃなかったんですか?」
「ばか、冗談だよ。高校生の後輩におごらせないよ」
頭をなでる大澤に祐樹はおとなしく礼を言って、スムージーのストローに口をつけた。
「綾乃さんて、生け花してたんですか?」
「あ、知らなかったか? そうか、夏休みで華道部は休みだもんな。部活で華道部に入ってるぞ。週に1回だけだっけ? なんか花を入れた長い袋持ってる日があって、俺も知ったんだけど」
「綾乃さん、テニス部じゃなかったんですか? かけもち?」
「テニスはサークル。8月に海に行ったのはサークルのメンバーが多かったから、テニス部だと思ってたのか」
高校生の祐樹には大学の部活とサークルの違いはよくわからなかった。ともかく、綾乃は生け花をしていて、それでデートに生け花展に誘ったらしい。ドタキャンになってしまったが。
「で、綾乃とどうなの?」
「どうって…」
「もういただかれちゃった?」
いたずらっぽく下世話なことを訊いてくる。
「ないです、そんなの」
ここに来る前に河野に言われた欲望あらわにという言葉が頭をよぎった。
大澤は彼女に対して「欲望あらわ」になったりするんだろうか。大学生になった大澤は制服を着ていたころよりさらに大人っぽく男らしくなった。
一緒に歩いていると注目されるのは相変わらずだが、明らかに女性からの目線の熱っぽさが増しているのがよくわかる。
「先輩こそ、あの彼女とどうなんですか?」
「ん? まあふつう? お互いそこそこ気心知れて、安定期ってやつ?」
大澤は高校時代の彼女とは別れて、大学で新しい彼女ができたらしい。先週、ファミレスでふたりでいるところに偶然会って紹介された。
ショートカットがよく似合う、明るくてかわいらしい感じの人だった。
「安定期? それはもうドキドキしなくなるってことですか?」
「いや、うーん。そういうわけでもないけど。ある程度、考え方とか癖がわかって落ち着いてくるっていうか…。そうか、祐樹は綾乃が初めての彼女だもんな、まだドキドキの毎日か?」
祐樹はあいまいな笑みを返す。正直、あまりドキドキしたことはない。綾乃といるのは楽しいけれど、友達とのちがいがあまりわからなかった。
そうはいっても男子校の祐樹に気軽な女友達はいないので、比べるのが難しいのだが。…おれって恋愛テンションが低すぎる? それとも恋愛スキルがなさすぎる?
「先輩の初めてっていつですか?」
「いきなりこんなとこでそういうこと訊く? まあいいけど。高1の春休み」
祐樹のいきなりの質問に面食らった顔はしたものの、ごまかさずに答えてくれる。
「ふうん。ドキドキしました?」
「そりゃするよ。お互い初めてだったし、緊張するし。え、なに、綾乃としようと思ってのリサーチ? だったら無駄だろ」
「そんなんじゃないです。でも無駄ってなんでですか?」
「いや、お前の場合、まぐろになってても綾乃がちゃんとしてくれるだろうから、いてっ」
さすがに腹が立って、テーブルの下の足を蹴ってやる。どれだけ受け身だと思われてるんだか。
「なんですか、それ。おれにも綾乃さんにも失礼です」
「ごめん、悪かった。でもまあ、こういうのは勢いというか、気持ちの問題だから、そういう時がきたらそうなるだろ」
「そういうもんですか?」
「だって祐樹って、初めての彼女なのに舞い上がらないというか、がっついてないっていうか。まあ祐樹がもともとそういうテンションなのは知ってるけどさ」
黙り込む祐樹を見ながらコーヒーを飲んで、大澤は続けた。
「綾乃をどうこうしたいとか、抱きたいとか思ってるように見えないし。って心のなかまではわかんないけど」
「…こんなとこでそういうこと言わないで欲しいんですけど」
「いやいや、お前が振ってきた話だろ。…まあ、たしかにここでする話でもないか」
まっ昼間のコーヒーショップだ。
「でも何か悩んでるんだったら、相談に乗るからな。遠慮しないで言ってこいよ」
優しげな王子スマイルは健在で、相変わらず人目をひきつける。
おまけに大澤の声が恋人に向けるような甘さを含んでいるような気がして、祐樹はちょっと困ったふうにあいまいに頷いた。
「はい、ちょっとびっくりしました」
デパートを出てから喉が渇いていたので、駅前のコーヒーショップに入った。約束通り祐樹が代金を払おうとすると、大澤が横からさっと払ってしまった。
「伝言運んだ代わりにおれが出すんじゃなかったんですか?」
「ばか、冗談だよ。高校生の後輩におごらせないよ」
頭をなでる大澤に祐樹はおとなしく礼を言って、スムージーのストローに口をつけた。
「綾乃さんて、生け花してたんですか?」
「あ、知らなかったか? そうか、夏休みで華道部は休みだもんな。部活で華道部に入ってるぞ。週に1回だけだっけ? なんか花を入れた長い袋持ってる日があって、俺も知ったんだけど」
「綾乃さん、テニス部じゃなかったんですか? かけもち?」
「テニスはサークル。8月に海に行ったのはサークルのメンバーが多かったから、テニス部だと思ってたのか」
高校生の祐樹には大学の部活とサークルの違いはよくわからなかった。ともかく、綾乃は生け花をしていて、それでデートに生け花展に誘ったらしい。ドタキャンになってしまったが。
「で、綾乃とどうなの?」
「どうって…」
「もういただかれちゃった?」
いたずらっぽく下世話なことを訊いてくる。
「ないです、そんなの」
ここに来る前に河野に言われた欲望あらわにという言葉が頭をよぎった。
大澤は彼女に対して「欲望あらわ」になったりするんだろうか。大学生になった大澤は制服を着ていたころよりさらに大人っぽく男らしくなった。
一緒に歩いていると注目されるのは相変わらずだが、明らかに女性からの目線の熱っぽさが増しているのがよくわかる。
「先輩こそ、あの彼女とどうなんですか?」
「ん? まあふつう? お互いそこそこ気心知れて、安定期ってやつ?」
大澤は高校時代の彼女とは別れて、大学で新しい彼女ができたらしい。先週、ファミレスでふたりでいるところに偶然会って紹介された。
ショートカットがよく似合う、明るくてかわいらしい感じの人だった。
「安定期? それはもうドキドキしなくなるってことですか?」
「いや、うーん。そういうわけでもないけど。ある程度、考え方とか癖がわかって落ち着いてくるっていうか…。そうか、祐樹は綾乃が初めての彼女だもんな、まだドキドキの毎日か?」
祐樹はあいまいな笑みを返す。正直、あまりドキドキしたことはない。綾乃といるのは楽しいけれど、友達とのちがいがあまりわからなかった。
そうはいっても男子校の祐樹に気軽な女友達はいないので、比べるのが難しいのだが。…おれって恋愛テンションが低すぎる? それとも恋愛スキルがなさすぎる?
「先輩の初めてっていつですか?」
「いきなりこんなとこでそういうこと訊く? まあいいけど。高1の春休み」
祐樹のいきなりの質問に面食らった顔はしたものの、ごまかさずに答えてくれる。
「ふうん。ドキドキしました?」
「そりゃするよ。お互い初めてだったし、緊張するし。え、なに、綾乃としようと思ってのリサーチ? だったら無駄だろ」
「そんなんじゃないです。でも無駄ってなんでですか?」
「いや、お前の場合、まぐろになってても綾乃がちゃんとしてくれるだろうから、いてっ」
さすがに腹が立って、テーブルの下の足を蹴ってやる。どれだけ受け身だと思われてるんだか。
「なんですか、それ。おれにも綾乃さんにも失礼です」
「ごめん、悪かった。でもまあ、こういうのは勢いというか、気持ちの問題だから、そういう時がきたらそうなるだろ」
「そういうもんですか?」
「だって祐樹って、初めての彼女なのに舞い上がらないというか、がっついてないっていうか。まあ祐樹がもともとそういうテンションなのは知ってるけどさ」
黙り込む祐樹を見ながらコーヒーを飲んで、大澤は続けた。
「綾乃をどうこうしたいとか、抱きたいとか思ってるように見えないし。って心のなかまではわかんないけど」
「…こんなとこでそういうこと言わないで欲しいんですけど」
「いやいや、お前が振ってきた話だろ。…まあ、たしかにここでする話でもないか」
まっ昼間のコーヒーショップだ。
「でも何か悩んでるんだったら、相談に乗るからな。遠慮しないで言ってこいよ」
優しげな王子スマイルは健在で、相変わらず人目をひきつける。
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