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第2章-4

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 大澤がふたたび1年2組の教室を訪れたのは、体操服の押し貸しから3日後の昼休みのことだった。2度目の王子さまの訪問に、前回同様クラス中が静まり返り、祐樹は居心地悪く向かいに立つ大澤を見上げた。

「祐樹、元気だった?」

 にっこりと王子さまスマイルを披露した大澤に、ぶすっと不機嫌な表情のまま祐樹は答える。

「昨日の放課後も縦割りクラスで会いましたよね」
「うん、それから今まで、元気だった?」

 祐樹のつれない返答にもまったくめげない。

「…はい」

 警戒心もあらわな祐樹に大澤は楽しげに笑った。そういえば大澤の不機嫌な顔を見たことがないと思う。祐樹のまえではいつもにこにこと機嫌よさげだ。

「それで、何の用ですか?」
「え? なあに?」

「何か用事があったんじゃないですか?」

 前回は体操服を渡された。その次の日の放課後には体操服は見つかり、ここ3日のあいだ、なくなった物はなかったが、大澤が何を言い出すかと祐樹は内心、緊張していた。

「ないよ、用事なんて。祐樹の顔を見に来ただけだよ」

 前回同様、かたずをのんで見守っていた教室内の空気がさらに固まった。中学1年生の子供たちに、大澤の落とす低く艶めいた声での爆弾発言は衝撃が大きかった。

「は?」
 あまりに予想外のことを言われて、祐樹は思いっきり眉間にしわを寄せた。

「そういう顔もいいね」

 どういう顔だろう。いまの不機嫌な顔がいいと言うんだろうか。というか、いったいこの人は何がしたいんだ?

「そんな警戒しなくてもいいよ。もう知り合って1週間くらい経つんだし、もう少し打ち解けてくれてもいいのに」

「はあ…」
 返事のしようがなくて、あいまいな相づちをうつ。

「祐樹と親しくなりたいから、顔を見に来てるだけ。縦割りクラスでは練習が忙しくて、ろくに話もできないだろ?」

「…話って、どんな…?」
「んー、祐樹の好きな食べ物とか音楽とか趣味の話とか?」

 本気だろうか? 中1の子供と高2のまあまあ大人とで、趣味の話が合うなどと祐樹でも思わない。本気でそんな話をしたいと思って、わざわざ中等部まで足を運んでいるとは信じられなかった。

 思わずうろんな表情になる祐樹に、大澤はくすくす笑い出す。

「話なんかしなくても、そんな顔を見れるだけでも、ここまで来たかいがあるよ」

 バカじゃないのかと思ったがさすがに口にはできず、もうなんと言ったらいいのかまったくわからないので、祐樹は口をつぐんだ。祐樹の困り果てた顔を見て、大澤は口調をあらためた。

「本当になにか仕掛けようとか思ってるわけじゃないよ。ただふつうに話ができる程度に親しくなりたいなと思ってるだけ」

 そんなことをこんな衆人環視のなかでいわれても。祐樹は居心地悪く、目線をさまよわせる。いやですって言ってもいいんだろうか。先輩相手にさすがにまずいか。

「というわけで、きょうの放課後、一緒に帰ろう」
「は?」

「部活、入ってないんだよね? きょうは縦割りクラスもないし、きのう用事ないって言ってたよね」

「あ、はい」

 あした用事ある?と確かにきのう訊かれた。てっきり縦割りクラスの練習をしたいからだと思って答えたのに、大澤はそういうつもりではなかったらしい。

「中等部も6時間目までだろ? 終わったら迎えに来るよ」
「いえ、あの」

「あ、校門前のほうがいい?」
「そういうことじゃなくて」

 そこで予鈴が鳴った。大澤は時計を見て、きっぱり告げた。

「じゃあ、迎えに来るから待ってて」

 足早にさっそうと教室を出ていく姿を祐樹は呆然と見送った。

 その日の放課後までに、祐樹姫が高等部の大澤王子にデートに誘われたという話は中等部全体に知れ渡っていた。

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