8 / 56
第2章-4
しおりを挟む
大澤がふたたび1年2組の教室を訪れたのは、体操服の押し貸しから3日後の昼休みのことだった。2度目の王子さまの訪問に、前回同様クラス中が静まり返り、祐樹は居心地悪く向かいに立つ大澤を見上げた。
「祐樹、元気だった?」
にっこりと王子さまスマイルを披露した大澤に、ぶすっと不機嫌な表情のまま祐樹は答える。
「昨日の放課後も縦割りクラスで会いましたよね」
「うん、それから今まで、元気だった?」
祐樹のつれない返答にもまったくめげない。
「…はい」
警戒心もあらわな祐樹に大澤は楽しげに笑った。そういえば大澤の不機嫌な顔を見たことがないと思う。祐樹のまえではいつもにこにこと機嫌よさげだ。
「それで、何の用ですか?」
「え? なあに?」
「何か用事があったんじゃないですか?」
前回は体操服を渡された。その次の日の放課後には体操服は見つかり、ここ3日のあいだ、なくなった物はなかったが、大澤が何を言い出すかと祐樹は内心、緊張していた。
「ないよ、用事なんて。祐樹の顔を見に来ただけだよ」
前回同様、かたずをのんで見守っていた教室内の空気がさらに固まった。中学1年生の子供たちに、大澤の落とす低く艶めいた声での爆弾発言は衝撃が大きかった。
「は?」
あまりに予想外のことを言われて、祐樹は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「そういう顔もいいね」
どういう顔だろう。いまの不機嫌な顔がいいと言うんだろうか。というか、いったいこの人は何がしたいんだ?
「そんな警戒しなくてもいいよ。もう知り合って1週間くらい経つんだし、もう少し打ち解けてくれてもいいのに」
「はあ…」
返事のしようがなくて、あいまいな相づちをうつ。
「祐樹と親しくなりたいから、顔を見に来てるだけ。縦割りクラスでは練習が忙しくて、ろくに話もできないだろ?」
「…話って、どんな…?」
「んー、祐樹の好きな食べ物とか音楽とか趣味の話とか?」
本気だろうか? 中1の子供と高2のまあまあ大人とで、趣味の話が合うなどと祐樹でも思わない。本気でそんな話をしたいと思って、わざわざ中等部まで足を運んでいるとは信じられなかった。
思わずうろんな表情になる祐樹に、大澤はくすくす笑い出す。
「話なんかしなくても、そんな顔を見れるだけでも、ここまで来たかいがあるよ」
バカじゃないのかと思ったがさすがに口にはできず、もうなんと言ったらいいのかまったくわからないので、祐樹は口をつぐんだ。祐樹の困り果てた顔を見て、大澤は口調をあらためた。
「本当になにか仕掛けようとか思ってるわけじゃないよ。ただふつうに話ができる程度に親しくなりたいなと思ってるだけ」
そんなことをこんな衆人環視のなかでいわれても。祐樹は居心地悪く、目線をさまよわせる。いやですって言ってもいいんだろうか。先輩相手にさすがにまずいか。
「というわけで、きょうの放課後、一緒に帰ろう」
「は?」
「部活、入ってないんだよね? きょうは縦割りクラスもないし、きのう用事ないって言ってたよね」
「あ、はい」
あした用事ある?と確かにきのう訊かれた。てっきり縦割りクラスの練習をしたいからだと思って答えたのに、大澤はそういうつもりではなかったらしい。
「中等部も6時間目までだろ? 終わったら迎えに来るよ」
「いえ、あの」
「あ、校門前のほうがいい?」
「そういうことじゃなくて」
そこで予鈴が鳴った。大澤は時計を見て、きっぱり告げた。
「じゃあ、迎えに来るから待ってて」
足早にさっそうと教室を出ていく姿を祐樹は呆然と見送った。
その日の放課後までに、祐樹姫が高等部の大澤王子にデートに誘われたという話は中等部全体に知れ渡っていた。
「祐樹、元気だった?」
にっこりと王子さまスマイルを披露した大澤に、ぶすっと不機嫌な表情のまま祐樹は答える。
「昨日の放課後も縦割りクラスで会いましたよね」
「うん、それから今まで、元気だった?」
祐樹のつれない返答にもまったくめげない。
「…はい」
警戒心もあらわな祐樹に大澤は楽しげに笑った。そういえば大澤の不機嫌な顔を見たことがないと思う。祐樹のまえではいつもにこにこと機嫌よさげだ。
「それで、何の用ですか?」
「え? なあに?」
「何か用事があったんじゃないですか?」
前回は体操服を渡された。その次の日の放課後には体操服は見つかり、ここ3日のあいだ、なくなった物はなかったが、大澤が何を言い出すかと祐樹は内心、緊張していた。
「ないよ、用事なんて。祐樹の顔を見に来ただけだよ」
前回同様、かたずをのんで見守っていた教室内の空気がさらに固まった。中学1年生の子供たちに、大澤の落とす低く艶めいた声での爆弾発言は衝撃が大きかった。
「は?」
あまりに予想外のことを言われて、祐樹は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「そういう顔もいいね」
どういう顔だろう。いまの不機嫌な顔がいいと言うんだろうか。というか、いったいこの人は何がしたいんだ?
「そんな警戒しなくてもいいよ。もう知り合って1週間くらい経つんだし、もう少し打ち解けてくれてもいいのに」
「はあ…」
返事のしようがなくて、あいまいな相づちをうつ。
「祐樹と親しくなりたいから、顔を見に来てるだけ。縦割りクラスでは練習が忙しくて、ろくに話もできないだろ?」
「…話って、どんな…?」
「んー、祐樹の好きな食べ物とか音楽とか趣味の話とか?」
本気だろうか? 中1の子供と高2のまあまあ大人とで、趣味の話が合うなどと祐樹でも思わない。本気でそんな話をしたいと思って、わざわざ中等部まで足を運んでいるとは信じられなかった。
思わずうろんな表情になる祐樹に、大澤はくすくす笑い出す。
「話なんかしなくても、そんな顔を見れるだけでも、ここまで来たかいがあるよ」
バカじゃないのかと思ったがさすがに口にはできず、もうなんと言ったらいいのかまったくわからないので、祐樹は口をつぐんだ。祐樹の困り果てた顔を見て、大澤は口調をあらためた。
「本当になにか仕掛けようとか思ってるわけじゃないよ。ただふつうに話ができる程度に親しくなりたいなと思ってるだけ」
そんなことをこんな衆人環視のなかでいわれても。祐樹は居心地悪く、目線をさまよわせる。いやですって言ってもいいんだろうか。先輩相手にさすがにまずいか。
「というわけで、きょうの放課後、一緒に帰ろう」
「は?」
「部活、入ってないんだよね? きょうは縦割りクラスもないし、きのう用事ないって言ってたよね」
「あ、はい」
あした用事ある?と確かにきのう訊かれた。てっきり縦割りクラスの練習をしたいからだと思って答えたのに、大澤はそういうつもりではなかったらしい。
「中等部も6時間目までだろ? 終わったら迎えに来るよ」
「いえ、あの」
「あ、校門前のほうがいい?」
「そういうことじゃなくて」
そこで予鈴が鳴った。大澤は時計を見て、きっぱり告げた。
「じゃあ、迎えに来るから待ってて」
足早にさっそうと教室を出ていく姿を祐樹は呆然と見送った。
その日の放課後までに、祐樹姫が高等部の大澤王子にデートに誘われたという話は中等部全体に知れ渡っていた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
あの日、北京の街角で4 大連デイズ
ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』続編。
先に『あの日、北京の街角で』をご覧くださいm(__)m
https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176
大連で始まる孝弘と祐樹の駐在員生活。
2人のラブラブな日常をお楽しみください。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】スーツ男子の歩き方
SAI
BL
イベント会社勤務の羽山は接待が続いて胃を壊しながらも働いていた。そんな中、4年付き合っていた彼女にも振られてしまう。
胃は痛い、彼女にも振られた。そんな羽山の家に通って会社の後輩である高見がご飯を作ってくれるようになり……。
ノンケ社会人羽山が恋愛と性欲の迷路に迷い込みます。そして辿り着いた答えは。
後半から性描写が増えます。
本編 スーツ男子の歩き方 30話
サイドストーリー 7話
順次投稿していきます。
※サイドストーリーはリバカップルの話になります。
※性描写が入る部分には☆をつけてあります。
10/18 サイドストーリー2 亨の場合の投稿を開始しました。全5話の予定です。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる