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第2章-1 大澤王子の襲来

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 中等部1年の教室に初めて大澤が現れたときの衝撃を、祐樹はいまも覚えていた。
 
 6月の雨の日だった。梅雨特有のじめじめした空気が校舎にまとわりついて、うんざりした生徒たちは昼休みをだらだら過ごしていた。

 そこへまったく異質な空気をまとった大澤が、さっそうと歩いてきたのだ。

 中等部と高等部は渡り廊下でつながっているとは言っても、一部の特別教室に用事がある以外には生徒間の出入りはあまりない。

 特に入学して間もない1年生の教室に、高等部の生徒が来るのはかなりまれなことだった。
 
 それも高等部2年生の学年主席で今期の生徒会長を務める大澤彰人が来たとなれば、2カ月前まで小学生だった子供たちは黙って目をみはるしかない。

 彼が何者か知らなくても、その雰囲気から普通の生徒ではないとわからせる迫力があった。

 当時、大澤は身長は180センチ近くあり、すでに大人の雰囲気をまとっていた。それに圧倒された子供たちは、廊下の端に知らず知らずのうちに下がって道を空けていた。


「高橋くんはいる?」

 大澤が廊下に面した窓から、さりげなく1年2組の教室内を覗いた。

「あそこです」

 いちばん近くにいた生徒が、消えそうな声で教室中央あたりの祐樹の席を指差した。

 差された祐樹はぼんやりと大澤を見た。ざわついていた教室内が静かになっていく。高等部の生徒会長である大澤が、まさかじぶんを訪ねてきたとは思いもよらないことだった。

 目線が合って、知らず知らずのうちに祐樹は立ち上がっていた。

 大澤はためらいなく教室内に入ってきて、祐樹のまえの机にもたれかかった。
 机をはさんで向かい合って立つ祐樹と大澤は、いまや教室中の注目を集めていた。

 祐樹姫に会いにきたのかと教室内はしんと静まり、昼休みとは思えない静けさのなか、そんな空気をものともせずに大澤が手を伸ばして祐樹の頭をさらりとなでた。

 声にならない衝撃が教室内を走る。


 祐樹もびっくりして声が出ない。目を見開いてかちんと固まったまま、ぎくしゃくと一歩後ろに下がる。椅子が後ろの机にぶつかって、がこっと音を立てた。

 教室全体がその音に驚いて、びくっと空気が揺れた。

 大澤はそんなことはまったく気にかけることなく、祐樹の髪から手を離して笑いかけた。

「元気だった?」

 さわやかな笑顔というにはほんの少しニュアンスの違う笑顔。

「…はい」

 祐樹は警戒心もあらわに、こわばった顔で大澤の顔を見上げている。昨日の今日で一体どういうつもりなのか。

 祐樹の警戒と不安に満ちた目線を捕らえて、大澤が落ち着いた声で尋ねた。しんとした教室でその声はよく響いた。

「昨日の体操服は見つかった?」

 その内容に、今度は祐樹だけでなく揺れていた教室内の空気がかちんと固まった。

「どう? 昨日、一緒に探したけど見つからなかったから、心配してたんだ」

 祐樹の警戒心レベルがどんどん上がっていく。こいつ、わざとか。わざとこれを聞かせに教室まで来たんだな。

「…すみません」

 何をしにきたのかは理解したが、大澤がどういうつもりかわからず、ひとまず謝罪を口にする。

「いいんだよ、謝らなくて。それで見つかったの?」
「いえ、まだ」

「そう、心配だね。こういうことはよくあるの?」

 やさし気な態度を崩さないが、それはすでに昨日、話したはずのことだった。

 一緒に体操服を探しながら、大澤に訊かれるままに、入学以来、体操服やリコーダーやペンケースがちょくちょくなくなることは。だからトイレ以外で祐樹は席を外さない。持ち物はできるかぎり鍵のかかる個人ロッカーに入れている、と。

 でもそれをわざわざ、教室内で暴露させる意味はなんだろう。大澤の意図が読めず、祐樹はひたすら困惑していた。

「…ときどき」

 昨日、話してしまったので嘘をつくことも今さらできず、祐樹は仕方なく口を開く。

 教室中の人間がこの会話を聞いていると思ったら、こんなことを暴露させられる羞恥で怒鳴ってやりたいくらいだったが、大澤の意図が読めなくて声は小さくなってしまう。

「そう、時々。それは困るよね。じゃあ、これからそういうことがあったら、俺に言って」

「は?」
 素で声をあげてしまい、あわてて「どうしてですか?」と言い直す。

「一緒にさがしてあげるから」
 そのセリフにはやさしい笑顔がついてきた。

 うさんくさいことこの上ない。祐樹の警戒アラームはなりっぱなしだ。一体、この人はなにがしたいんだ。

「いえ、おかまいなく」
 きっぱり断ったが、大澤はあまい笑顔を外すことなく爆弾を落とした。

「だめだよ、祐樹は俺のお気に入りだから、困っているなら助けてあげたい」

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