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第1章-3
しおりを挟むそもそも、欲望、というのが祐樹にはよくわからない。
河野は欲望あらわに、などと言ったがどうなることが「欲望あらわ」になるのだろう。
キスしたいとか抱きたいと思うことだろうか。綾乃は顔もかわいいしスタイルもよくて一緒にいると楽しいが、正直に言うと、キスしたいとか抱きたいなどと思ったことは一度もない。
じつは深いキスしたあとにすこし怖くなって、大澤にキスしたけどこの先はどうなりますかと質問したら、面白そうに笑いながら、くだんの返答をもらったのだ。
そんなことでうろたえるなんて、お前のほうが綾乃にそのうちおいしくいただかれそうだな、と。
その大澤の顔を思い浮かべて、祐樹は複雑な気分になる。2年前、大澤が高等部を卒業するまで、王子という呼び名は大澤のものだった。
高等部の首席で生徒会長を務めるような人で、王子の名にふさわしい端正な外見をしていた。テニスで鍛えたしっかりした体格、すこしくせのある黒髪はつややかで、切れ長の目が印象的だった。
その大澤王子は祐樹姫がお気に入りだと、大澤が卒業するまでの2年間、ふたりはまるでカップルのような扱いをうけていたのだ。
もちろん、つきあっているとかそんな事実はなかったし、大澤には他校の彼女もちゃんといた。
中等部入学直後から始まった、ちょっとした嫌がらせに気づいた大澤が、祐樹のナイトよろしく頻繁に中等部の教室までやってきて見守ったせいで、そんなあつかいになったのだ。
祐樹姫には大澤王子がついている、と学校中が認識して、嫌がらせはじきにおさまった。
その大澤が高等部を卒業し、その後の1年で祐樹の背は15センチも伸びて、高等部に入ったら今度はじぶんが王子などと呼ばれている。
おかしな感じだった。
性別が変わったわけでもないのに、姫から王子になるなんて。どんなおとぎ話だよ。みにくいアヒルの子もびっくりだ。
駅前の人ごみを抜けて、駅直結の大型書店に入る。そこがいつも待ち合わせの場所だった。相手が遅れても気にならないし、駅前で立っていると綾乃も祐樹もお互いにナンパされるのが面倒だからそうなった。
「早かったな、祐樹」
「大澤先輩? きょう、一緒に行くんでしたっけ?」
さわやかに声をかけられて、祐樹は目を見開いた。元王子がにこやかな笑顔で立っていた。待ち合わせは綾乃だったはずだ。
「いや、伝言頼まれた。きょうムリになっちゃった、ごめんなさいってさ」
「そうなんですか、わざわざすみません」
綾乃は大澤の大学の1年後輩だ。先輩である大澤を足に使うとは。
祐樹はぱっと頭を下げた。体育会系の動きだった。祐樹が空手を習っていたことを知っている大澤は、そんな祐樹を見て大らかに笑う。
「いや、いいよ。ちょうど本屋に用事もあったんだ。お前、待ってるあいだに済んだし」
書店の紙袋を抱えてみせる。
「それに祐樹の顔も見たかったしな」
大澤がこういうことを素で言うから、姫と王子などと呼ばれてあげくにカップル扱いされることになったのだが、彼はいつも涼しげな顔で祐樹に会いに来た。
からかう軽口も揶揄する目線も気にしないで、いつもまっすぐに祐樹を見て笑った。そういうところは羨ましいくらいだった。じぶんにはとてもできそうもない。
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