93 / 112
第27章-4
しおりを挟む
「はい」
受話器越しに安藤の声が聞こえて来た。
「高橋、用意できたか? 俺が荷物持って病院行くから、今のうちにホテルですこし寝ておけよ。まだ本調子じゃないんだろ」
安藤の提案に祐樹はちょっと考える。
本当は二十四時間でも自分が付き添いたいところだが、体力的に無理だ。
昨夜のことを思うと、熱が上がる夜に病室につめていたほうがいいかもしれない。あまりに調子が悪いようなら、救急で診てもらうこともできる。
「わかりました。じゃあ、夕方、交代するのでいいですか?」
「夜だけ付添人、雇ってもいいんだぞ」
「でも上野くん、寝てるだけだから、今のところ食事や入浴のお世話がいるわけじゃないですし。おれも夜に熱が上がるかもしれないから、病院にいるほうがいいかもしれないので。夕方、交代しますよ」
「まあ、それもそうか」
まとめた孝弘の荷物を安藤に渡して、祐樹は自分の部屋に戻った。
安藤は昼間、孝弘につき添いながらため込んでいた本や資料を読むつもりだと言っていた。
ちょうどいい息抜きになると笑っていたが、売上トップクラスの駐在員の読書量は並みじゃない。
狭いシングルの部屋でベッドにごろりと横になったら安堵のため息が漏れた。安藤の言うとおり、今のうちに体力を回復しておくべきだろう。
ごそごそと上掛けをかぶった。
ゆうべは熱が高かったし、夜中でも大きな声でしゃべる付添人たちのいる三人部屋ではまったく落ち着くことができず、ほとんど寝つけなかった。
朝飲んだ薬が効いたのかもしれないが、祐樹はベッドに入るなり気を失うように眠ってしまった。
目が覚めたら夕方で、ぐっすり眠ったせいかとても気分がすっきりしていた。
まずは安藤に電話をかけて、孝弘の様子を確認する。
昼の診察でも異常はなく、まだ目覚めないということだった。
あまりあれこれ考えないようにしてシャワーを浴びた。
左腕を使えない不自由はあるが、病院のシャワーブースより広いので楽に浴びることができて、着替えも部屋でできるので楽だった。
そういえば、寝ているあいだになにか夢をみた気がする。
おぼろげな夢を思い返す。
孝弘が出てきたように思う。
心配しているから、夢にまで見たのかな。なにか大事なことを約束したような。なんだっただろう。
タクシーで病院に行った。
そういえば、昼食を食べ忘れたな。深く眠っていたからあまり空腹を感じることもなく、ぼんやりしたまま夕食を買いに病院前の商店へ入った。
安藤の分と二つ、弁当とお茶とぶどうを買った。
ふと空を見上げると満月だった。
その月を見た瞬間、ぱっと思い出した。
夢の中で、孝弘と野原に寝転がっていた。
手をつないで満月を眺めながら、孝弘が「ほら、うさぎが薬草をついてるだろ?」と指さした。
「薬草? 餅じゃないの?」と祐樹が訊ねたら、中国の伝説では西王母のための不老不死の薬を月で作っているのだという。
「不老不死が好きな国だね」
確か、秦の始皇帝も不老不死の薬を探し求めていたんだっけ?
「うん。祐樹なら不老不死の薬、飲む?」
「飲まないよ。一人だけいつまでも生きててもしょうがない」
「そうだな。一人は嫌だな」
そういって、孝弘は不意に握った手に力を込めた。
「俺は祐樹と一緒がいいよ。祐樹は?」
「おれも孝弘と一緒がいい」
「よかった」
笑った孝弘が祐樹にキスをする。
「じゃあ約束な。はい、これ」
どこから取り出したのか、孝弘が指輪を出して祐樹の左手を取って、薬指にはめてしまった。
「ずっと一緒にいような」
「うん。ありがとう、孝弘」
いつの間にか、二人は明るい海辺にいて、満月に照らされた波打ち際を散歩している。
そんな夢だった。
ありえない。
思い出した夢は、突っ込みどころが多すぎた。
あれは自分の願望?
あんな乙女チックな展開を望んでいるとは思えないが、夢の中の自分は指輪を素直に喜んでにこにこしていた。
……まあ、ただの夢だし。
夕暮れ時のまだ明るい空の下、買い物袋を持ってふわふわと歩く。
受話器越しに安藤の声が聞こえて来た。
「高橋、用意できたか? 俺が荷物持って病院行くから、今のうちにホテルですこし寝ておけよ。まだ本調子じゃないんだろ」
安藤の提案に祐樹はちょっと考える。
本当は二十四時間でも自分が付き添いたいところだが、体力的に無理だ。
昨夜のことを思うと、熱が上がる夜に病室につめていたほうがいいかもしれない。あまりに調子が悪いようなら、救急で診てもらうこともできる。
「わかりました。じゃあ、夕方、交代するのでいいですか?」
「夜だけ付添人、雇ってもいいんだぞ」
「でも上野くん、寝てるだけだから、今のところ食事や入浴のお世話がいるわけじゃないですし。おれも夜に熱が上がるかもしれないから、病院にいるほうがいいかもしれないので。夕方、交代しますよ」
「まあ、それもそうか」
まとめた孝弘の荷物を安藤に渡して、祐樹は自分の部屋に戻った。
安藤は昼間、孝弘につき添いながらため込んでいた本や資料を読むつもりだと言っていた。
ちょうどいい息抜きになると笑っていたが、売上トップクラスの駐在員の読書量は並みじゃない。
狭いシングルの部屋でベッドにごろりと横になったら安堵のため息が漏れた。安藤の言うとおり、今のうちに体力を回復しておくべきだろう。
ごそごそと上掛けをかぶった。
ゆうべは熱が高かったし、夜中でも大きな声でしゃべる付添人たちのいる三人部屋ではまったく落ち着くことができず、ほとんど寝つけなかった。
朝飲んだ薬が効いたのかもしれないが、祐樹はベッドに入るなり気を失うように眠ってしまった。
目が覚めたら夕方で、ぐっすり眠ったせいかとても気分がすっきりしていた。
まずは安藤に電話をかけて、孝弘の様子を確認する。
昼の診察でも異常はなく、まだ目覚めないということだった。
あまりあれこれ考えないようにしてシャワーを浴びた。
左腕を使えない不自由はあるが、病院のシャワーブースより広いので楽に浴びることができて、着替えも部屋でできるので楽だった。
そういえば、寝ているあいだになにか夢をみた気がする。
おぼろげな夢を思い返す。
孝弘が出てきたように思う。
心配しているから、夢にまで見たのかな。なにか大事なことを約束したような。なんだっただろう。
タクシーで病院に行った。
そういえば、昼食を食べ忘れたな。深く眠っていたからあまり空腹を感じることもなく、ぼんやりしたまま夕食を買いに病院前の商店へ入った。
安藤の分と二つ、弁当とお茶とぶどうを買った。
ふと空を見上げると満月だった。
その月を見た瞬間、ぱっと思い出した。
夢の中で、孝弘と野原に寝転がっていた。
手をつないで満月を眺めながら、孝弘が「ほら、うさぎが薬草をついてるだろ?」と指さした。
「薬草? 餅じゃないの?」と祐樹が訊ねたら、中国の伝説では西王母のための不老不死の薬を月で作っているのだという。
「不老不死が好きな国だね」
確か、秦の始皇帝も不老不死の薬を探し求めていたんだっけ?
「うん。祐樹なら不老不死の薬、飲む?」
「飲まないよ。一人だけいつまでも生きててもしょうがない」
「そうだな。一人は嫌だな」
そういって、孝弘は不意に握った手に力を込めた。
「俺は祐樹と一緒がいいよ。祐樹は?」
「おれも孝弘と一緒がいい」
「よかった」
笑った孝弘が祐樹にキスをする。
「じゃあ約束な。はい、これ」
どこから取り出したのか、孝弘が指輪を出して祐樹の左手を取って、薬指にはめてしまった。
「ずっと一緒にいような」
「うん。ありがとう、孝弘」
いつの間にか、二人は明るい海辺にいて、満月に照らされた波打ち際を散歩している。
そんな夢だった。
ありえない。
思い出した夢は、突っ込みどころが多すぎた。
あれは自分の願望?
あんな乙女チックな展開を望んでいるとは思えないが、夢の中の自分は指輪を素直に喜んでにこにこしていた。
……まあ、ただの夢だし。
夕暮れ時のまだ明るい空の下、買い物袋を持ってふわふわと歩く。
2
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる