あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第27章-4

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「はい」
 受話器越しに安藤の声が聞こえて来た。
「高橋、用意できたか? 俺が荷物持って病院行くから、今のうちにホテルですこし寝ておけよ。まだ本調子じゃないんだろ」
 安藤の提案に祐樹はちょっと考える。
 本当は二十四時間でも自分が付き添いたいところだが、体力的に無理だ。
 昨夜のことを思うと、熱が上がる夜に病室につめていたほうがいいかもしれない。あまりに調子が悪いようなら、救急で診てもらうこともできる。

「わかりました。じゃあ、夕方、交代するのでいいですか?」
「夜だけ付添人、雇ってもいいんだぞ」
「でも上野くん、寝てるだけだから、今のところ食事や入浴のお世話がいるわけじゃないですし。おれも夜に熱が上がるかもしれないから、病院にいるほうがいいかもしれないので。夕方、交代しますよ」
「まあ、それもそうか」
 まとめた孝弘の荷物を安藤に渡して、祐樹は自分の部屋に戻った。

 安藤は昼間、孝弘につき添いながらため込んでいた本や資料を読むつもりだと言っていた。
 ちょうどいい息抜きになると笑っていたが、売上トップクラスの駐在員の読書量は並みじゃない。
 狭いシングルの部屋でベッドにごろりと横になったら安堵のため息が漏れた。安藤の言うとおり、今のうちに体力を回復しておくべきだろう。
 ごそごそと上掛けをかぶった。
 ゆうべは熱が高かったし、夜中でも大きな声でしゃべる付添人たちのいる三人部屋ではまったく落ち着くことができず、ほとんど寝つけなかった。
 朝飲んだ薬が効いたのかもしれないが、祐樹はベッドに入るなり気を失うように眠ってしまった。

 目が覚めたら夕方で、ぐっすり眠ったせいかとても気分がすっきりしていた。
 まずは安藤に電話をかけて、孝弘の様子を確認する。
 昼の診察でも異常はなく、まだ目覚めないということだった。
 あまりあれこれ考えないようにしてシャワーを浴びた。
 左腕を使えない不自由はあるが、病院のシャワーブースより広いので楽に浴びることができて、着替えも部屋でできるので楽だった。
 そういえば、寝ているあいだになにか夢をみた気がする。
 
 おぼろげな夢を思い返す。
 孝弘が出てきたように思う。
 心配しているから、夢にまで見たのかな。なにか大事なことを約束したような。なんだっただろう。
 タクシーで病院に行った。
 そういえば、昼食を食べ忘れたな。深く眠っていたからあまり空腹を感じることもなく、ぼんやりしたまま夕食を買いに病院前の商店へ入った。
 安藤の分と二つ、弁当とお茶とぶどうを買った。
 ふと空を見上げると満月だった。
 その月を見た瞬間、ぱっと思い出した。

 夢の中で、孝弘と野原に寝転がっていた。
 手をつないで満月を眺めながら、孝弘が「ほら、うさぎが薬草をついてるだろ?」と指さした。
「薬草? 餅じゃないの?」と祐樹が訊ねたら、中国の伝説では西王母のための不老不死の薬を月で作っているのだという。
「不老不死が好きな国だね」
 確か、秦の始皇帝も不老不死の薬を探し求めていたんだっけ?
「うん。祐樹なら不老不死の薬、飲む?」
「飲まないよ。一人だけいつまでも生きててもしょうがない」
「そうだな。一人は嫌だな」
 そういって、孝弘は不意に握った手に力を込めた。

「俺は祐樹と一緒がいいよ。祐樹は?」
「おれも孝弘と一緒がいい」
「よかった」
 笑った孝弘が祐樹にキスをする。
「じゃあ約束な。はい、これ」
 どこから取り出したのか、孝弘が指輪を出して祐樹の左手を取って、薬指にはめてしまった。
「ずっと一緒にいような」
「うん。ありがとう、孝弘」
 いつの間にか、二人は明るい海辺にいて、満月に照らされた波打ち際を散歩している。
 そんな夢だった。

 ありえない。
 思い出した夢は、突っ込みどころが多すぎた。
 あれは自分の願望?
 あんな乙女チックな展開を望んでいるとは思えないが、夢の中の自分は指輪を素直に喜んでにこにこしていた。
 ……まあ、ただの夢だし。
 夕暮れ時のまだ明るい空の下、買い物袋を持ってふわふわと歩く。
 

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