あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
上 下
45 / 112

第14章-1 会えない日々

しおりを挟む
 9月になって新学期が始まると、祐樹には会えなくなった。
 わかっていたことだが、週に3回、約束しなくても会えるのは、すごく贅沢なことだったと思い知る。
 会いたくても気軽に誘いをかけるわけにはもういかない。誘ったところできっと祐樹は来ない。それがわかるから、うかつに声を掛けることはできなかった。

 新年度でなにかと忙しかったのは幸いだった。
 新しくやって来た香港人の留学生と同室になって下の階に引っ越しをしたし、クラス分けテストに新入生歓迎パーティや交流会など、新年度の始まりで学校全体が落ち着かない雰囲気に包まれていた。
 毎日あれこれ行事や手続きがあり、機械的に授業に出て予習復習をして、それだけで日は過ぎていく。

 何をする気力もわかず、そうしているうちに9月も半ばになっていた。もうこのまま祐樹に会うことはないのかと、落ち込んだまま時間は過ぎていく。
 用事もなく、連絡を取らなければ会うことはない。
 それだけの間柄だったのだと突きつけられて、わかっていたけど気分はふさいだ。友達でもなく同僚でもなく、中途半端な関係だった。

 あの成り行きのような告白のあと、事務所で顔を合わせた祐樹は見事に何もなかったかのような態度で孝弘に接してきた。
 ごくふつうに仕事を頼み、昼の休憩時間には社員食堂で食事もした。
 孝弘を避けるようなそぶりもなく、すこしの動揺も気まずさも見せないポーカーフェイスに大人の余裕を見せつけられた気がした。

 失恋くらいで動揺するじぶんは、祐樹からすれば確かに年下の子ども扱いされても仕方ないのかもしれない。
「年下は好みじゃないんだ」
 どう頑張っても、それはどうにもできない。
 祐樹の気持ちを動かすことは孝弘にはできないのだ。

 最後の出勤の日、帰りの挨拶をする孝弘に祐樹は「本当にお疲れさまでした」とあたたかく笑ってねぎらってくれた。でも口先だけでも「また食事にでも行こう」とは言われなかった。
 それにほっとすればいいのか、落胆すればいいのかもわからないまま「いろいろお世話になりました」と表情を取り繕って穏やかに挨拶を返した。

 それで終わりだった。
 それきり会っていない。

「上野(シャンイエ)、お前の本、俺のとこに混ざってた」
 佐々木(ゾゾム)が持ってきた本を見て、思わずため息がこぼれた。あの日、祐樹からもらってきたものだった。
「なんだよ、持ってきてやったのに」
 ぞぞむは不審そうに孝弘を見た。
「いや、ごめん。こっちの話。謝謝(シェシェ)」
「不用謝(プヨンシェ)。お前、どうかしたの? 最近元気ないじゃん。あの香港人と気が合わないとか?」
 ここのところ、孝弘がふさぎ込んでいるのを心配していたらしい。

「いや、それはない。レオン、いい奴だよ。お前に負けず、ものぐさなところが俺と合ってる」
「そうか、なんかあったら言えよ。あ、日本みやげの最新グラビア、貸してやろうか? ほかにもいろいろ仕入れて来たから部屋に来いよ。こないだ帰国した奴からテレビもらったし上映会する?」
「バカ、いらねーわ」
 と答えてから、ふと思い直して、やっぱグラビア貸してと言うとぞぞむは我慢すんなよとおかしそうに笑った。
 そういうんじゃないんだけど、と思ったが説明できないのでうなずいておく。

「ずっと帰国してないだろ、いろいろたまってんじゃね。前の彼女と別れて3ケ月だっけ? グラビアは今、アレックが使ってるから、あとで持ってくるよう言っとく」
 圧倒的に男が多い寮内だから、その手の会話はあけすけだった。
 そういう意味でたまっているわけじゃないと思ったが、もしかしたらそうなのかもしれないし、祐樹に向かうこの感情がどういうものか、ちょっと試してみたかった。

 借りたグラビアにはそれなりに刺激された。好みの女の子もそそられるポーズも載っていたし、体はちゃんと反応した。
 そういえばけっこう久しぶりだったと思い出す。 
 祐樹を好きになってそれに戸惑っているうちに勢いで告白して振られて、そんな余裕がなかったのだ。
 そのあと、かなり後ろめたい気持ちになったが、祐樹のことを想像してみた。

 裸は見たことがないから、ビールを飲む横顔や照れたときの目を細める笑い方、ソファで見た寝顔なんかを思い出す。
 それだけで体があからさまに反応して、好きなんだから当然だと思いはしても、孝弘は正直すぎる自分の体にすこしへこんだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...