あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第14章-1 会えない日々

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 9月になって新学期が始まると、祐樹には会えなくなった。
 わかっていたことだが、週に3回、約束しなくても会えるのは、すごく贅沢なことだったと思い知る。
 会いたくても気軽に誘いをかけるわけにはもういかない。誘ったところできっと祐樹は来ない。それがわかるから、うかつに声を掛けることはできなかった。

 新年度でなにかと忙しかったのは幸いだった。
 新しくやって来た香港人の留学生と同室になって下の階に引っ越しをしたし、クラス分けテストに新入生歓迎パーティや交流会など、新年度の始まりで学校全体が落ち着かない雰囲気に包まれていた。
 毎日あれこれ行事や手続きがあり、機械的に授業に出て予習復習をして、それだけで日は過ぎていく。

 何をする気力もわかず、そうしているうちに9月も半ばになっていた。もうこのまま祐樹に会うことはないのかと、落ち込んだまま時間は過ぎていく。
 用事もなく、連絡を取らなければ会うことはない。
 それだけの間柄だったのだと突きつけられて、わかっていたけど気分はふさいだ。友達でもなく同僚でもなく、中途半端な関係だった。

 あの成り行きのような告白のあと、事務所で顔を合わせた祐樹は見事に何もなかったかのような態度で孝弘に接してきた。
 ごくふつうに仕事を頼み、昼の休憩時間には社員食堂で食事もした。
 孝弘を避けるようなそぶりもなく、すこしの動揺も気まずさも見せないポーカーフェイスに大人の余裕を見せつけられた気がした。

 失恋くらいで動揺するじぶんは、祐樹からすれば確かに年下の子ども扱いされても仕方ないのかもしれない。
「年下は好みじゃないんだ」
 どう頑張っても、それはどうにもできない。
 祐樹の気持ちを動かすことは孝弘にはできないのだ。

 最後の出勤の日、帰りの挨拶をする孝弘に祐樹は「本当にお疲れさまでした」とあたたかく笑ってねぎらってくれた。でも口先だけでも「また食事にでも行こう」とは言われなかった。
 それにほっとすればいいのか、落胆すればいいのかもわからないまま「いろいろお世話になりました」と表情を取り繕って穏やかに挨拶を返した。

 それで終わりだった。
 それきり会っていない。

「上野(シャンイエ)、お前の本、俺のとこに混ざってた」
 佐々木(ゾゾム)が持ってきた本を見て、思わずため息がこぼれた。あの日、祐樹からもらってきたものだった。
「なんだよ、持ってきてやったのに」
 ぞぞむは不審そうに孝弘を見た。
「いや、ごめん。こっちの話。謝謝(シェシェ)」
「不用謝(プヨンシェ)。お前、どうかしたの? 最近元気ないじゃん。あの香港人と気が合わないとか?」
 ここのところ、孝弘がふさぎ込んでいるのを心配していたらしい。

「いや、それはない。レオン、いい奴だよ。お前に負けず、ものぐさなところが俺と合ってる」
「そうか、なんかあったら言えよ。あ、日本みやげの最新グラビア、貸してやろうか? ほかにもいろいろ仕入れて来たから部屋に来いよ。こないだ帰国した奴からテレビもらったし上映会する?」
「バカ、いらねーわ」
 と答えてから、ふと思い直して、やっぱグラビア貸してと言うとぞぞむは我慢すんなよとおかしそうに笑った。
 そういうんじゃないんだけど、と思ったが説明できないのでうなずいておく。

「ずっと帰国してないだろ、いろいろたまってんじゃね。前の彼女と別れて3ケ月だっけ? グラビアは今、アレックが使ってるから、あとで持ってくるよう言っとく」
 圧倒的に男が多い寮内だから、その手の会話はあけすけだった。
 そういう意味でたまっているわけじゃないと思ったが、もしかしたらそうなのかもしれないし、祐樹に向かうこの感情がどういうものか、ちょっと試してみたかった。

 借りたグラビアにはそれなりに刺激された。好みの女の子もそそられるポーズも載っていたし、体はちゃんと反応した。
 そういえばけっこう久しぶりだったと思い出す。 
 祐樹を好きになってそれに戸惑っているうちに勢いで告白して振られて、そんな余裕がなかったのだ。
 そのあと、かなり後ろめたい気持ちになったが、祐樹のことを想像してみた。

 裸は見たことがないから、ビールを飲む横顔や照れたときの目を細める笑い方、ソファで見た寝顔なんかを思い出す。
 それだけで体があからさまに反応して、好きなんだから当然だと思いはしても、孝弘は正直すぎる自分の体にすこしへこんだ。

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