41 / 112
第12章-2
しおりを挟む
博多地鶏の鍋セットは文句なしにおいしかった。博多に店を持つ水炊き屋の出しているスープはまろやかな味で、日本のだしってやっぱりおいしいと納得する。
そして、こういうみやげをセレクトしてくるって、好みをよく把握してるってことだよなと再認識させられた。悔しいけれど、博多地鶏は祐樹の好みをよく知っているのだ。
「〆はうどんと雑炊、どっちがいい?」
「米、あるの?」
「いつも通り、日本食堂で買ってきたご飯だけど」
中国ではほとんどの食堂で、店のご飯やおかずの持ち帰りをさせてくれる。このマンションのすぐ近くの日本料理屋で出すご飯は日本から輸入した新潟産コシヒカリで、炊飯器を持たない祐樹はそうやってご飯を買い置きしている。
「じゃあ、せっかく日本のだしだから雑炊で」
地鶏のスープには麺より合いそうな気がして米を選んだ。
とろりといい感じに白濁した鶏だしに米がぐつぐつ煮えている。とき卵を落としてねぎを散らすと、完璧な雑炊ができあがった。
「これ、誰にもらったの?」
熱々の雑炊を食べながら、つい我慢できずに訊いてしまった。
聞けば胸が苦しくなるのがわかっているのに、どんな相手なのか確かめたい誘惑に勝てない。
「日本から来た同僚。ていうか四期上の先輩社員」
祐樹は気負いなさそうに答えた。
とくにどんな感情も感じられない通常運転の声と表情で。祐樹のポーカーフェイスが憎らしくなるが、孝弘も淡々と問いを重ねる。
「へえ、北京に来るなんて中国好きな人?」
「いや、これっぽっちも。好きも嫌いもなくて、興味ないだけだと思う」
そんな人がわざわざ来るなんて、祐樹に会いに来たとしか思えない。
どんな人なのか、孝弘が何を訊けばいいのか迷っていると、何か思い出したのか、祐樹がくすくすと楽しげに笑いだす。
その笑顔に見とれながら、同時にむかむかと腹のなかが沸き立った。
なんだよ、別れ話してたくせに。博多地鶏とそんな楽しいことがあったのかと思うと頭の中がかっと熱くなる。
「なんか色々憤慨してたな。店員の態度がなってないとか、路上に何でも捨てちゃうところとか、買い物行ったらふっかけすぎなこととか」
ふーん、一緒に買い物行ったんだ、それで高橋さんが値段交渉でもしてあげたのか。へえ、そう。喧嘩でもすればよかったのに。
……俺ってけっこう性格悪かったんだな。
「その人、これからイギリスに赴任するんだけど、あれで大丈夫なんだか」
にこにこと楽しそうに話すから、嫉妬できりきり胸から音がしそうだった。我ながらどうかしていると思う。
「高橋さん。好きな人はいる?」
気づいたらぽろりとそんなことを訊いていた。思ったよりビールを飲みすぎたようだ。
「どうしたの? 恋の悩み?」
祐樹はその質問には答えず、にこっと笑って質問で返してきた。
以前と同じだ。
思い返してみれば、祐樹のプライベートについて尋ねたら、いつもはぐらかされていたことに気がついた。
それは本当にとてもさりげない会話だったから、こうして気をつけていなかったらわからなかっただろう。
返事をしたくないんだなと推測できて、胸がうずいた。
もし祐樹に好きだと告白したら、どんな反応をするんだろう。
「……俺ね、好きな人がいるんだけど。でも望みがうすいっていうか、どうしていいかわからないっていうか」
祐樹はちょっと驚いた顔になる。
孝弘が恋をしていて、そしてそんなふうに迷ったり悩んだりしているなんて、予想もしてない顔。それから、ほんのすこし困ったような微笑みを浮かべた。
「そうなんだ。告白しないの?」
「できそうもない。いや、絶対できない。自分よりどんなこともできる相手に告白とかかっこ悪い」
「上野くんよりどんなこともできるって、相手は年上の人? でも人を好きになるって、そういうことじゃないでしょ?」
「そういうことって?」
「自分と比べて何ができるとかできないとか、そういうことで人を好きになるわけじゃないでしょ」
「うん、確かにそうなんだけど。でも相手が尊敬に値しないと、受け入れてもらえないし、長続きしない気がするんだ」
孝弘の言葉に、祐樹はかるく目を見開いた。
「大人だね、上野くんは。おれ、十九歳のとき、そんなこと考えて恋愛したことなかったな。ただ好きって気持ちだけで、感情に振り回されてた気がする」
思いがけず祐樹の過去を聞いてしまい動揺する。
そして、こういうみやげをセレクトしてくるって、好みをよく把握してるってことだよなと再認識させられた。悔しいけれど、博多地鶏は祐樹の好みをよく知っているのだ。
「〆はうどんと雑炊、どっちがいい?」
「米、あるの?」
「いつも通り、日本食堂で買ってきたご飯だけど」
中国ではほとんどの食堂で、店のご飯やおかずの持ち帰りをさせてくれる。このマンションのすぐ近くの日本料理屋で出すご飯は日本から輸入した新潟産コシヒカリで、炊飯器を持たない祐樹はそうやってご飯を買い置きしている。
「じゃあ、せっかく日本のだしだから雑炊で」
地鶏のスープには麺より合いそうな気がして米を選んだ。
とろりといい感じに白濁した鶏だしに米がぐつぐつ煮えている。とき卵を落としてねぎを散らすと、完璧な雑炊ができあがった。
「これ、誰にもらったの?」
熱々の雑炊を食べながら、つい我慢できずに訊いてしまった。
聞けば胸が苦しくなるのがわかっているのに、どんな相手なのか確かめたい誘惑に勝てない。
「日本から来た同僚。ていうか四期上の先輩社員」
祐樹は気負いなさそうに答えた。
とくにどんな感情も感じられない通常運転の声と表情で。祐樹のポーカーフェイスが憎らしくなるが、孝弘も淡々と問いを重ねる。
「へえ、北京に来るなんて中国好きな人?」
「いや、これっぽっちも。好きも嫌いもなくて、興味ないだけだと思う」
そんな人がわざわざ来るなんて、祐樹に会いに来たとしか思えない。
どんな人なのか、孝弘が何を訊けばいいのか迷っていると、何か思い出したのか、祐樹がくすくすと楽しげに笑いだす。
その笑顔に見とれながら、同時にむかむかと腹のなかが沸き立った。
なんだよ、別れ話してたくせに。博多地鶏とそんな楽しいことがあったのかと思うと頭の中がかっと熱くなる。
「なんか色々憤慨してたな。店員の態度がなってないとか、路上に何でも捨てちゃうところとか、買い物行ったらふっかけすぎなこととか」
ふーん、一緒に買い物行ったんだ、それで高橋さんが値段交渉でもしてあげたのか。へえ、そう。喧嘩でもすればよかったのに。
……俺ってけっこう性格悪かったんだな。
「その人、これからイギリスに赴任するんだけど、あれで大丈夫なんだか」
にこにこと楽しそうに話すから、嫉妬できりきり胸から音がしそうだった。我ながらどうかしていると思う。
「高橋さん。好きな人はいる?」
気づいたらぽろりとそんなことを訊いていた。思ったよりビールを飲みすぎたようだ。
「どうしたの? 恋の悩み?」
祐樹はその質問には答えず、にこっと笑って質問で返してきた。
以前と同じだ。
思い返してみれば、祐樹のプライベートについて尋ねたら、いつもはぐらかされていたことに気がついた。
それは本当にとてもさりげない会話だったから、こうして気をつけていなかったらわからなかっただろう。
返事をしたくないんだなと推測できて、胸がうずいた。
もし祐樹に好きだと告白したら、どんな反応をするんだろう。
「……俺ね、好きな人がいるんだけど。でも望みがうすいっていうか、どうしていいかわからないっていうか」
祐樹はちょっと驚いた顔になる。
孝弘が恋をしていて、そしてそんなふうに迷ったり悩んだりしているなんて、予想もしてない顔。それから、ほんのすこし困ったような微笑みを浮かべた。
「そうなんだ。告白しないの?」
「できそうもない。いや、絶対できない。自分よりどんなこともできる相手に告白とかかっこ悪い」
「上野くんよりどんなこともできるって、相手は年上の人? でも人を好きになるって、そういうことじゃないでしょ?」
「そういうことって?」
「自分と比べて何ができるとかできないとか、そういうことで人を好きになるわけじゃないでしょ」
「うん、確かにそうなんだけど。でも相手が尊敬に値しないと、受け入れてもらえないし、長続きしない気がするんだ」
孝弘の言葉に、祐樹はかるく目を見開いた。
「大人だね、上野くんは。おれ、十九歳のとき、そんなこと考えて恋愛したことなかったな。ただ好きって気持ちだけで、感情に振り回されてた気がする」
思いがけず祐樹の過去を聞いてしまい動揺する。
2
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる