あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第7章-2

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 初夏の北京はさらりと乾燥した空気が心地いいが、湿度がないため夜は意外と冷える。薄手のパーカーを羽織った祐樹は、電球に照らされた屋台を見て懐かしそうに目を細めた。
 東安門夜市ドンアンモンイエシー王府井大街ワンフージンダァジエからすぐなので、観光客だけでなく夕涼みの北京っ子も多い。
「日本のお祭りみたいだね」
 祐樹が子供みたいな笑顔ではしゃぐせいか、孝弘もつられて笑顔になる。
「生ものはやめておきなよ。慣れてない人は絶対ハラ壊すから。肝炎もやばいし」
「やっぱり屋台ってそんなに危険? どれなら大丈夫?」 

「揚げ物とか炒めものとか……、火を通したものなら。デザート系はよく注意して」
「具体的には?」
 すこし不安げな顔になった祐樹に孝弘はしれっと答えた。
「さそりの唐揚げとかひとでのゆでたのとか、ザリガニの炒め煮とかは大丈夫」
 祐樹が目を丸くして孝弘を振り返る。
「冗談だよね?」
「いや、マジで。ほら」
 指さした先の露店の店先に本当にさそりもひとでもザリガニも鎮座していた。祐樹はまじまじとそれを見て、おそるおそる訊ねた。

「上野くんは食べたことあるの?」
「もちろん」
 孝弘はそう言って微笑むだけであるともないとも言わない。孝弘のすまし顔をじっと覗きこんで、祐樹は手の甲でとんと胸を叩いた。
「嘘でしょ。ないよね?」
「ばれたか」
 孝弘はいたずらっぽく笑って祐樹の肩を小突いた。祐樹に見つめられて、どきどきしたのをごまかすように視線を外す。

「でも友達が食べて、ひとでってウニそっくりの味って言ってたよ」
「うーん、でもひとでだしねぇ」
 ゆでひとでの屋台を横目に通り過ぎる。ほどなく今度はセミの幼虫の唐揚げが大量に揚げられているのに祐樹がおののいた。
 六月から七月までの期間限定の珍味で、栄養価が高いので中国人には人気の一品だ。
「学食でも出るよ」
「中国の学食のメニューは幅広いね」
 苦笑交じりに祐樹はそうコメントした。

「ああいうカット果物も包丁やまな板がきれいじゃないから、あんまりお勧めしない。ジュースも氷入りはダメ、どんな水使ってるかわからないから」
 祐樹は神妙な顔でうなずいた。
 こういう素直なところ、かわいいよな。孝弘のほうが年下だけれど、中国生活が長い孝弘の注意をちゃんと聞いてくれる。
「そっか、火を通してないもんね」
 ゆっくり屋台を物色していた祐樹が、孝弘のシャツの袖を引いた。
「あ、あれ焼きそばそっくり」
 祐樹が指さした先には、炒麺チャオミェンの屋台。鉄板の上でじゅうじゅう音をたてている様子は日本の焼きそばとほぼ同じだ。

「炒め物はいいんだっけ?」
「ああ、あれなら平気」
 孝弘が許可を出したので、祐樹は屋台に寄って行った。
要一个ヤオイーガ多少钱ドゥオシャオチェン?(一つください、いくら?)」
 語学学習は順調に進んでいるのか、なかなかの発音だ。
 孝弘は近くで祐樹の買い物を見守っている。焼きそばを手にした祐樹は、孝弘のなにか企んでいるようないないような微妙な表情に気づいて、すこし警戒する口ぶりで訊ねた。
「なに?」
「いや、俺も買ったことあるよ、それ。食べなよ」

 そういわれて、ひと口、口にした途端。
「まっず!!」
 祐樹は目を丸くして口元を押さえている。思わず吐き出しそうになるほど予想外の味だったはずだ。
「何、これ」
 ソース味じゃないのは当然だが、しょう油でもなくオイスターソースでもなく、何ともふしぎな味つけなのだ。何を入れたらこんな珍妙な味ができ上がるのか。
 見た目と味のギャップに頭がついていけないらしく、顔をしかめて驚く祐樹に、孝弘がこらえきれずに吹きだした。
「知ってたね、上野くん」
 祐樹は恨みがましい目で孝弘をにらむ。

「言っただろ、俺も買ったことあるって」
「もう、教えてくれたらいいのに」
「いやいや、体験学習が大事かと」
「……厳しい先生でありがたいです」
 そう言いながら、祐樹も声を上げて笑い出す。
「いや、ホント驚くよ、こんな味とは思わなかった。さすが一筋縄ではいかないね」
 炒麺を手に笑いころげる祐樹に、孝弘も「だろ?」と明るく笑う。
「ほら、まだまだ先があるから」
 孝弘が先を促す。
「この先は何があるのか、楽しみになってきたよ」
 まだ笑いがおさまらない祐樹がぽんと孝弘の肩を叩いた。

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