あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
上 下
23 / 112

第6章-1 期間限定の恋

しおりを挟む
 昼食は夕べのお礼に孝弘が店を選んだ。俺がおごるからと最初に宣言すると「中国方式だね」と祐樹は文句をいわなかった。
 中国には割り勘という考え方がなく、基本的に地位のあるほう、収入のあるほうが払う習慣だ。
 あるいは誘ったほうが払うという暗黙の了解があり、誘われたほうが金を出そうものなら誘った側は面子をつぶされたと大騒ぎになる。

「高橋さん、羊肉(ヤンロウ)はいける?」
「けっこう好き。日本では食べたことなかったけどね」
 孝弘もそうだった。羊を食べたのは北京に来てからだ。
「ウイグル料理って食べたことある?」
「ないよ。ウイグル族って西のほうの少数民族だよね? ウイグル族自治区だっけ?」

「そう。去年の夏休みにぞぞむに誘われて、シルクロードの旅行にいったんだ。そこで食べた料理がうまくてさ、けっこうハマって北京戻ってからも食べに行ったりしてて」
 何度か行って顔なじみになった新疆食堂に行き、メニューを広げて祐樹に見せる。上から下まで目を走らせた祐樹は「知ってる料理があまりないね」と笑って孝弘に任せた。

「じゃあ、適当に頼むね。烤羊肉串儿カオヤンロウチュアル抓飯ジュアファン大盘鸡ダーパンジー拌麺バンミェン、あ、ビール飲む?」
要冰的ヤオビンダ(冷えたやつね)」
 オーダーしながらの問いに祐樹が笑って答える。
 発音は完璧だった。
 冷たい燕京啤酒が出てきた。

「これ、おいしいね。ジャガイモがほくほくしてて、鶏肉も味しみてて。このピラフみたいなのも好き」
「そうそう、この大盘鸡ダーパンジーにはまってこの店に来てんの。こっちの抓飯ジュアファンて、つかむめしって意味の漢字なんだけど、現地の人は手でつかんで食べるからこういうんだって」
 人参でオレンジ色にそまったご飯の上に、ごろんと大きな羊の骨付き肉がのったピラフを取り分ける。

 日本人旅行者が持っていたガイドブックによるとポロと訳されていたが、そんな言葉は聞いたことがなかったし、そもそも日本にウイグル料理があるのか孝弘は知らない。
 四品は多いかもと思ったが、見た目の細さに反して祐樹がしっかり食べることは知っていたので、ちょうどよかったようだ。

「高橋さん、見た目のわりに食べるよね」
「言ったでしょ、男ばっか四人兄弟だって。食事もバトルだったから、とにかくたくさん早く食べなきゃってがっついてる感じだったんだよ」
 兄三人と囲む食卓を想像すると、なかなか大変そうだ。
 そのせいで、かなりの早食いだったのを、大学生くらいで自覚してゆっくり食べる練習をしたらしい。
 祐樹に早食いを指摘したのはたぶん彼女だろうなと思ったが、孝弘は口には出さなかった。

「そうそう、うちは高校生になると週に一回食事当番があってね、おれの料理が鍋に定着したのはその時だね。ろくに料理なんかできないから、鍋なら野菜と肉切って入れればいいやっていう安易な考えで始まったんだった」
 祐樹のおおざっぱな性格がよくあらわれているエピソードだ。

 兄弟のいない(正確には今は二人もいるのだが)孝弘には高橋家の話はどれも新鮮だった。
「お兄さんたちも?」
「上二人はけっこう器用でちゃんと料理だったなあ。っていってもチャーハンとか焼肉丼とかからあげとか男メシだね、すぐ上の兄は麺ばっか作ってた。パスタとかラーメンとか焼きそばとか。パスタはけっこううまかったな、いろんなソース作ってくれて。でもだし変えてとにかく鍋っていう俺とどっこいだったのかも、いま考えたら」
 男ばかりの兄弟でキッチンに立つ姿を想像したら、なかなか楽しそうな家庭なのがよくわかった。サバイバルな日々だったというが、それでもきっと兄弟仲もよかったんだろう。

 高1まで父子家庭だった孝弘にはちょっとうらやましい気もした。もし兄がいたら、こんな感じだったんだろうか。
「お母さんは?」
「俺たちが作ると男メシだから、残りは母親がまともな食事、作ってくれてた。焼き魚とか煮物とか。母親も毎日作るのが大変だったんだろうね、食事当番はあんたたちの自立のためよなんて言ってたけど」
「お母さんて、高橋さんに似てる?」
「うん、似てるっていわれる。でもとくに女顔だとは思えないんだけど」

「高橋さんは女性っぽく見えないけど、顔だちがすごくきれいだと思う。でも行動は男らしくてかっこいいけど。あ、でも甘え上手って感じもするな」
 孝弘はなにも考えていなかった。
 祐樹があっけにとられた顔になったのを見て、しまったとあせる。ただ思ったことをストレートに言ってしまい、ストレート過ぎたと思うがフォローのしようがなかった。
 孝弘のあせりまくった顔を見て、祐樹が楽しそうに笑い出した。それでほっとした。

「いやいや、お褒めにあずかり光栄です。でも甘え上手ってなに」
 くすくすとまだ笑っている。
「いやなんか、つい面倒見ちゃうというか、自然と頼られてる気がするというか。年上なのに失礼か。えーと、中国歴のせいだと思うけど」
「ああ、末っ子気質なのかも。上に面倒みられ慣れてて、ちゃっかり者だって言われたことあるな」
 反対に長男気質というか自立した一人っ子気質の孝弘は、祐樹の世話を焼くのが案外楽しい。中国初心者の祐樹を見ていると自分もああだったと思い出す。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...