あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第5章-3

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 食後、祐樹の語学の課題につきあっているうちにいま話題のドラマの話になり、見ていないというのでVCDを買いに行くことになった。
 こちらのテレビドラマやVCDは基本的に字幕が出るので、中国語学習者にはなかなか便利だ。
「上野くんと一緒のときでないとバスには乗れそうもないから、路線バスで行きたい」という祐樹の希望でバスに乗ることになる。

 バスの乗り方自体は特に難しいものではない。
 日本と違うのは切符売りの車掌が乗っているところだ。客は乗ったら車掌に降りる駅を告げて切符を買うが、それがとても早口で愛想のない態度なのだ。
 もう一点、不慣れな祐樹を怯ませる要因は、路線によってはかなりの混雑で、並んで乗るとか降りる人が優先という習慣がないため、力ずくで乗り降りしなければならないことだ。
 初めてのバスだという祐樹はものめずらしそうにしていたが、バスを降りた途端くすくす笑い出した。

「どうかした?」
「車掌が、切符買ったかどうかチェックする目つきがすごくて」
 混んでいると買わずにすませる無賃乗車がけっこういるので、車掌たちはみな目つき鋭く語気も荒い。
 そして無賃乗車ではないかと疑ったときの詰問の鋭さときたら、孝弘が聞いても恐ろしいくらいにけんか腰なのだが、客もそれに負けずに言い返す。
 払っている場合は当然として、払っていなくてもものすごい怒鳴り合いになったりとなかなかの見ものになるのだ。
 そんな面倒を避けるために、切符はなくさないでと念を押して祐樹に渡してあった。それを手の中で揺らしながら、しかもこれすっごいペラペラだし、唇につけてる人がいるしとまだ笑っている。

「上野くんと出かけると発見が多くて楽しいよ」
 切符を買ったという証明にそれを唇に張り付けいているのもよくある光景なのだが、路線バス初体験の祐樹には新鮮だったようだ。
「それはなにより」
「うん、接待ゴルフや賭け麻雀の十倍は楽しい」
 麻雀はともかく、接待ゴルフがどのくらい楽しいものか想像もつかないが、その十倍楽しいというのだからうれしくなる。
 バスに乗ったくらいでそんなにも楽しいなら、次はどこへ連れていこうかなどとつい考えてしまう。

「そういえば、こっちの麻雀牌ってすごく大きいね」
 ふーん、麻雀とかするんだ、いやするよな、麻雀くらい。でも祐樹が雀卓に座っている図というのは何となく想像しにくかった。
 とはいえ男兄弟で育ったせいか、実際話してみたら見た目を裏切る男っぽさがあったりするし。
「ああ、日本の4倍くらいあるかな。寮で使ってるやつ、貰い物なんだけど、半透明の赤いやつにきれいな模様が入ってて、パッと見ゼリーかケーキに見える」
「なんかおいしそう。大きくてびっくりしたけど意外と積みやすいし、摸牌モーパイしやすいよね」

 麻雀談義をしながら孝弘が連れて行ったのは、学生がよく買物に行く海淀区のVCDや音楽CDの店が軒を連ねている路地だ。
 とにかく安く色々な国の映画のVCDや音楽CDがところ狭しと積んであり、無許可の翻訳漫画やアニメや怪しげな洋物AVまで、とにかくごちゃごちゃした界隈で、駐在員が足を踏み入れることはほとんどないだろう。

「マンションにあったデッキで再生できるよ。中国はPAL方式だから日本に持って帰っても多分映らないと思うけど」
 日本はNTSC方式なので放送方式の切換えのない機器では再生できない。
「こっちで再生できれば大丈夫。ていうか、こんな安いの?」
「基本、假版ジャアパン(海賊版)だからね。たまに再生できない不良品もあったりするよ」
「やっぱり海賊版が多いの?」
 その質問に孝弘はちょっと眉を寄せた。
「ていうかそもそも正規品なんてここでは見たことない気がするけど」
「そっか。それはそれで著作権を考えると問題だな。まあ、学習者としてはありがたいけど」

 孝弘も来たついでに物色していると祐樹が訊ねた。
「テレビ、ないんじゃなかった?」
「俺の部屋にはないけど、持ってる奴がけっこういるから、そこで見せてもらう」
「いいね、寮生活ってやっぱり楽しそう」
「高橋さんは大学は通いだったの?」
「うん。四人目だから学費だけでも親は大変だったと思うよ」
「そっか。あ、これすごく面白いよ」
 祐樹は孝弘のお勧めを訊きながら、VCDを十枚ほど購入した。

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