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第5章-2
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祐樹に目を戻した孝弘はシャツの胸ポケットに赤い箱が入っているのに気づいた。中国たばこだ。赤い箱なら中華か北京か紅塔山か。ていうか吸うんだ。
ちょっと意外な気がする。何度か会って、けっこう長時間一緒に過ごしたが、祐樹は一度もたばこを口にしなかった。だからてっきり非喫煙者だと思っていた。
「たばこ、吸うんだ?」
胸ポケットをさして問うと、ああと言いながら首を横にふった。
「接待たばこだよ」
「接待たばこ?」
話を聞くと、中国人との話のきっかけにたばこを勧めるのに使っているようで、自分で吸うためではないらしい。
先輩駐在員の教えだといい、面子たばことして相手からもらった場合は、吸わなくても断らずにふかさなければいけないのがちょっと面倒、と顔をしかめた。
へえ、知らなかった。会社員の世界にはそんな習慣があったのか。
「どうする? 高橋さん、もう帰る?」
グラスが空いたところで訊くと、うなずいたので孝弘も一緒に店を出た。騒がしかった店から出ると、外は驚くくらい静かに感じる。
時計を見ると深夜2時。
「ここ、よく来るの?」
「月イチくらい? 誘われたら来るって感じ。北京にはこういう店はほとんどないから、洋楽好きとか踊るのが好きな留学生はけっこう来てる。日本人より欧米人のほうが多いかもね」
ホテルのロビーまで出て、タクシー乗り場へ向かう。
「タクシーだよね? こんな時間に寮に入れるの?」
「門限は12時だから正面のドアは閉まってるけど、まあなんとかなるかな」
「なんとかって?」
「1階の洗面所の窓のカギ、壊れかかってるんだ。たいてい開いてるか、開いてなくても外からたたくと開く」
それを聞いて祐樹は微妙な顔をした。
不用心なと思ったのか、そんな泥棒みたいなこととでも思ったのか。
「よかったら、うちに泊まる?」
「女の子は連れ帰らないのに?」
孝弘の冗談に、祐樹はそうだねと声を上げて笑う。
「さっきの小姐(おねえさん)より上野くんのほうが好みかな」
その軽口にドキッとする。
「いいの? 迷惑じゃない?」
「べつに。あした休みだしゴルフの予定もないし。上野くんがよければ」
何の下心も感じられない口ぶりだった。ごく単純に遅くなったから泊まっていけばと友人を誘うテンションだ。
当たり前だ、男相手にどんな下心を持つんだか。
思ったより酔ってんのかな。でもなにげに上野くんのほうが好みとか言われたし。いやいや、初対面の小姐よりはってことだろ。
やっぱり酔ってるだろ、俺。
コロ ナビール2杯とカクテル2杯ってけっこうキてる?
きょうは祐樹がタクシーのドアを開け、孝弘を乗せてドアを閉め、ホテルから十分もかからずマンションに着いた。
目が覚めると薄いカーテンから日が差し込んでいた。
一瞬、どこだっけ?と思い、ああそうかと思い出す。高橋さんちに泊めてもらったんだっけ。
腕時計を見ると9時を過ぎたところで、リビングに行くと祐樹はすでに起きて、ソファで雑誌を読んでいた。テレビからは英語のニュースが聞こえてくる。
祐樹は昨夜見た部屋着のままで、休日のゆるい感じがいいなと思う。
「おはよう、よく眠れた?」
孝弘の顔を見て、にっこり笑う。
「おはよ。寮のベッドより寝心地よくって一瞬で落ちた」
「よかった。朝ごはん、食べる人?」
ソファから立ち上がった祐樹がキッチンに入っていく。
「いつも食べるよ。屋台の軽食だけど」
「いいね、北京の朝ごはんって感じ」
安くて手軽なので家で食事をするよりも路上の屋台で食べたり、軽食を買って職場で食べるほうが多いのだ。
「高橋さんが作るの?」
「作るっていうか、毎日、同じメニューなんだけど。おれもまだだから一緒に食べよう」
そういって祐樹が出してきたのは、なぜか鍋敷きとお玉と汁椀だった。
ふしぎに思ったが、顔洗っておいでといわれて洗面所に向かう。
顔を洗ってからキッチンを覗くと、沸騰した土鍋のなかで豆腐がふわふわ浮いていた。そこに薄切り豚肉ともやしを入れてふたをする。
え、朝から鍋?
それが顔に出ていたのだろう、祐樹はすました顔で微笑む。
「基本、鍋なんだ。肉も魚も野菜もキノコもなんでも入れられて、味付けも適当でいいから」
ふたをあけて最後にうどんを入れると、ポン酢の瓶を渡された。
それをテーブルに運び、祐樹が鍋を運んでできあがり。
テーブルのうえの朝ごはんを見て、孝弘はとうとう我慢できず吹きだした。
「高橋さん、おもしろすぎ」
日本でも中国に来てからもあちこち外泊はしているが、朝ごはんに鍋を出されたのは初めてだ。
遠慮なくげらげら笑う孝弘をみても祐樹は気を悪くした様子もなく「料理、苦手なんだよね」とあっけらかんとしている。
聞けば朝も夜も外食でない日はだいたい鍋だという。
「坦々風に辛めにしたり、和風だしにしたり、こんな感じでポン酢とかごまだれとかで、とにかく適当な具を入れて煮るだけ。この国で外食続くと胃が疲れるし、あっという間に太りそうだから」
朝から鍋なんてと思ったが、豆腐ともやしと豚肉のシンプルな鍋はけっこうあっさり胃におさまってしまい、意外とありかもなあと感心した。
包子や油条(揚げパン)ですませるより、よほどバランスがいい。
「ごちそうさまでした。おいしかった」
「うん、お粗末でした」
食後には熱いほうじ茶と塩昆布が出されて、その渋い好みにまた爆笑する。
祐樹は相変わらず、つくったすまし顔だ。
朝は優雅にスクランブルエッグにサラダにクロワッサンとかいいそうな見た目とのギャップにかなりやられた。
ちょっと意外な気がする。何度か会って、けっこう長時間一緒に過ごしたが、祐樹は一度もたばこを口にしなかった。だからてっきり非喫煙者だと思っていた。
「たばこ、吸うんだ?」
胸ポケットをさして問うと、ああと言いながら首を横にふった。
「接待たばこだよ」
「接待たばこ?」
話を聞くと、中国人との話のきっかけにたばこを勧めるのに使っているようで、自分で吸うためではないらしい。
先輩駐在員の教えだといい、面子たばことして相手からもらった場合は、吸わなくても断らずにふかさなければいけないのがちょっと面倒、と顔をしかめた。
へえ、知らなかった。会社員の世界にはそんな習慣があったのか。
「どうする? 高橋さん、もう帰る?」
グラスが空いたところで訊くと、うなずいたので孝弘も一緒に店を出た。騒がしかった店から出ると、外は驚くくらい静かに感じる。
時計を見ると深夜2時。
「ここ、よく来るの?」
「月イチくらい? 誘われたら来るって感じ。北京にはこういう店はほとんどないから、洋楽好きとか踊るのが好きな留学生はけっこう来てる。日本人より欧米人のほうが多いかもね」
ホテルのロビーまで出て、タクシー乗り場へ向かう。
「タクシーだよね? こんな時間に寮に入れるの?」
「門限は12時だから正面のドアは閉まってるけど、まあなんとかなるかな」
「なんとかって?」
「1階の洗面所の窓のカギ、壊れかかってるんだ。たいてい開いてるか、開いてなくても外からたたくと開く」
それを聞いて祐樹は微妙な顔をした。
不用心なと思ったのか、そんな泥棒みたいなこととでも思ったのか。
「よかったら、うちに泊まる?」
「女の子は連れ帰らないのに?」
孝弘の冗談に、祐樹はそうだねと声を上げて笑う。
「さっきの小姐(おねえさん)より上野くんのほうが好みかな」
その軽口にドキッとする。
「いいの? 迷惑じゃない?」
「べつに。あした休みだしゴルフの予定もないし。上野くんがよければ」
何の下心も感じられない口ぶりだった。ごく単純に遅くなったから泊まっていけばと友人を誘うテンションだ。
当たり前だ、男相手にどんな下心を持つんだか。
思ったより酔ってんのかな。でもなにげに上野くんのほうが好みとか言われたし。いやいや、初対面の小姐よりはってことだろ。
やっぱり酔ってるだろ、俺。
コロ ナビール2杯とカクテル2杯ってけっこうキてる?
きょうは祐樹がタクシーのドアを開け、孝弘を乗せてドアを閉め、ホテルから十分もかからずマンションに着いた。
目が覚めると薄いカーテンから日が差し込んでいた。
一瞬、どこだっけ?と思い、ああそうかと思い出す。高橋さんちに泊めてもらったんだっけ。
腕時計を見ると9時を過ぎたところで、リビングに行くと祐樹はすでに起きて、ソファで雑誌を読んでいた。テレビからは英語のニュースが聞こえてくる。
祐樹は昨夜見た部屋着のままで、休日のゆるい感じがいいなと思う。
「おはよう、よく眠れた?」
孝弘の顔を見て、にっこり笑う。
「おはよ。寮のベッドより寝心地よくって一瞬で落ちた」
「よかった。朝ごはん、食べる人?」
ソファから立ち上がった祐樹がキッチンに入っていく。
「いつも食べるよ。屋台の軽食だけど」
「いいね、北京の朝ごはんって感じ」
安くて手軽なので家で食事をするよりも路上の屋台で食べたり、軽食を買って職場で食べるほうが多いのだ。
「高橋さんが作るの?」
「作るっていうか、毎日、同じメニューなんだけど。おれもまだだから一緒に食べよう」
そういって祐樹が出してきたのは、なぜか鍋敷きとお玉と汁椀だった。
ふしぎに思ったが、顔洗っておいでといわれて洗面所に向かう。
顔を洗ってからキッチンを覗くと、沸騰した土鍋のなかで豆腐がふわふわ浮いていた。そこに薄切り豚肉ともやしを入れてふたをする。
え、朝から鍋?
それが顔に出ていたのだろう、祐樹はすました顔で微笑む。
「基本、鍋なんだ。肉も魚も野菜もキノコもなんでも入れられて、味付けも適当でいいから」
ふたをあけて最後にうどんを入れると、ポン酢の瓶を渡された。
それをテーブルに運び、祐樹が鍋を運んでできあがり。
テーブルのうえの朝ごはんを見て、孝弘はとうとう我慢できず吹きだした。
「高橋さん、おもしろすぎ」
日本でも中国に来てからもあちこち外泊はしているが、朝ごはんに鍋を出されたのは初めてだ。
遠慮なくげらげら笑う孝弘をみても祐樹は気を悪くした様子もなく「料理、苦手なんだよね」とあっけらかんとしている。
聞けば朝も夜も外食でない日はだいたい鍋だという。
「坦々風に辛めにしたり、和風だしにしたり、こんな感じでポン酢とかごまだれとかで、とにかく適当な具を入れて煮るだけ。この国で外食続くと胃が疲れるし、あっという間に太りそうだから」
朝から鍋なんてと思ったが、豆腐ともやしと豚肉のシンプルな鍋はけっこうあっさり胃におさまってしまい、意外とありかもなあと感心した。
包子や油条(揚げパン)ですませるより、よほどバランスがいい。
「ごちそうさまでした。おいしかった」
「うん、お粗末でした」
食後には熱いほうじ茶と塩昆布が出されて、その渋い好みにまた爆笑する。
祐樹は相変わらず、つくったすまし顔だ。
朝は優雅にスクランブルエッグにサラダにクロワッサンとかいいそうな見た目とのギャップにかなりやられた。
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