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「当主に挨拶は?」
「どうでもいい」
 不機嫌な顔で廊下を歩くリカルドにアキトは柔らかな声を掛ける。
「怒ったのか?」
「いや」
 怒ったわけじゃない。こうなることは予想していた。
「やっぱり連れてくるんじゃなかったな」
 精密な絵画のようなタペストリーの前で立ち止まる。もう一度リカルドの栗色の髪に指を絡めて、アキトはふふっと笑った。

「こんなのその場限りのお遊びだろ?」
 上流階級の気まぐれだとアキトはわかっている。
「そうだけど、君が連中と笑ってるのをみると腹立たしい」
 素直に嫉妬を口にしたリカルドに、アキトはちょっと目を丸くした。
「本当に嫌だと思ってる?」
「少しだけな」
 強がりな返事には絡めた指へのキスが落ちてきた。

「じゃあ、大人しくしてるよ」
「一体どういう風の吹き回し?」
「リカルドの気持ちを尊重してるだけだけど?」
 いたずらな表情でさらりと告げるが、そんな口調で言われてもこれっぽっちも信用できない。

 リカルドはそっとアキトの顎に手を添えてしっとりと口づけた。
 舌先で誘うと、アキトは積極的にこたえてくる。
 やわらかく舌を絡めて腰を抱きすくめた。
 素直に体を預けたアキトのトワレがふわりと香る。

 東洋の黒薔薇を見に来たとマルコは言った。
「誰かがけがをする羽目にならなきゃいいが」
 唇を離してリカルドが囁く。
「何の話?」
「この黒薔薇の刺は意外と鋭いってこと」
「そんなことないでしょ、リカルドにはいつだって優しくしてるはずなんだけど?」
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