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しおりを挟む「色んな人がいるんだね」
部屋に戻ってさっきのやり取りを孝弘に話したら、ベッドで何か書いていた孝弘はにやっと笑った。
「面白いだろ? とにかく安く行きたいって奴もいれば、どこどこの寺院が見たいとか、何とか民族の祭りを見に来たとか、ただなんとなく流れに任せてたらここに着いたとか、色んな奴がいて」
そうやってどこかの町に流れ着いて長く留まることを沈没すると言うらしい。旅人の沈没地、大理はそういう町だと言う。確かに妙に居心地がよく、ぼんやりしたくなるのはわかる。
不思議な感覚だった。東京や大連のビルで仕事をしている自分がバックパッカー達の泊まる安宿で沈没することだってあるかもしれないのだ。
…いや、やっぱないかな。3日くらいで飽きそうな気がする。でもどうだろう。東京へ異動希望を出したときの自分だったらそういうこともあるだろうか。
「前もそうだった?」
「うん。ぞぞむと一緒の時は市場行って買い物ばっかしてくるから、担ぎ屋だと思われてた。どこで商売してんの?って訊かれたな」
担ぎ屋とは行商人のことだ。あちこちで商品を仕入れて、また別の場所でそれを売り、それを元手にまた商品を仕入れるといった具合だ。
「担ぎ屋か。それも楽しそうだけど」
「似たようなもんだけどな」
誰かが市場で買いすぎたと分けてくれたマンゴスチンを小さなナイフで切り分けて祐樹にくれる。白い果肉がとろりと甘かった。
「だけどバックパッカーって年齢もけっこうバラバラなんだね」
「日本人は若い子が多いけど、欧米人だとバックパッカーでも年齢は幅広いよな。長期休暇が取れるかどうかなんじゃない?」
「だろうね。休暇が3ヵ月あるっていってた、あのフランス人」
雲南地方のゆったりした民族衣装めいた服装でのんびりくつろいでいた彼は、もうどこの国の人かわからない雰囲気だった。
宿に遊びに来た松本が中庭で撮ってくれた写真の二人は、藍染めの紐釦のシャツを着ている。
よく考えたらペアルックというかお揃いだったが、松本がこれがいいよと選んで持ってきたのでその時は意識していなかった。
でも今になって写真で見ると何となく恥ずかしい……。休暇中の気の抜けた感じが二人の表情から伝わってくる。孝弘は特に何も思わないのか微笑んで見ているだけだ。
「この宿、好きだったな」
中庭に池や四阿があって、お茶を飲んだり手紙を書いたりする宿泊客もいた。
「だろ? のんびりできるから大理は休暇にいいと思ったんだ」
「長居してる人多かったね。孝弘もああして国境越えたいって思う?」
「んー、時間があればそれもいいけど、旅行行きたいとかあんま思ったことない」
「あ、そうなの? 仕事で色んなとこ行くのに?」
「だから余計に。ぞぞむと行くとド田舎でえらい目に遭うことが多いし」
何か思い出したのか顔をしかめている。松本の店で見たファイルからすると相当田舎町まで足を延ばしたようだし、最初は苦労しただろう。
「孝弘はそういうとこ行くの嫌だと思ったことないの?」
「しょっちゅう思ってるよ。でもぞぞむの気持ちもわかるんだ。工場の大量生産された物以外に、オリジナル商品を持たないと会社が残れないって言い分には納得するところもあるし」
「そっか。ぞぞむの経営方針なんだ」
「まあな。櫻花公司といえばこれって商品が見つかればいいけどな」
「雑貨だとなかなか難しいね。似たような商品が多いしすぐ真似されるし」
「ああ。それで商品開発に力入れようって工場作ってるんだ」
新疆の手織り絨毯や螺鈿家具の工場も近々立ち上げるらしい。
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