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しおりを挟むもう一つの村でも同じようなやりとりをして、ほろ酔いで車に乗った。どちらの村でも自慢の一品をお土産にくれた。両面刺繍の時みたいに孝弘は客である祐樹に選ばせてくれた。
「イ族と白族って全然衣装違うんだね」
「そうなの。どっちもきれいで凝っててかわいいでしょ」
「そうだね。かわいかったけど男性は民族衣装って着ないの? 男の人たちは普段着だったね」
「あるんだけど、今はもうほとんど着ないみたい。女性は母から娘へ刺繍を教えて伝わってるけど減って来てるし。民族衣装の刺繍は手間暇かかるし、既製品が安くて楽だからだんだん着なくなってるんですって」
「あんなきれいなのにもったいないね」
「そうよね。でも日本だって民族衣装って着ないから、あんまり言えないかも」
「つーか着物は一人で着られない時点で無理だろ」
「確かに。…でもこうやって村を回るのは大変じゃないですか?」
車に戻って祐樹が訊ねた。受け取って来た商品はトランクに積んである。なかなかの量だった。
「まあちょっとね。だからもうすぐ拠点になる工場ができる予定」
「あ、そうなんだ。前に行った両面刺繍の工場みたいな?」
孝弘に顔を向けたら「そう」とうなずいた。
「え、高橋もあそこ行ったことあるんですか?」
松本も研修中にぞぞむと行って来たのだ。
「うん、今年の6月かな、出張中に機会があって連れて行ってもらって」
「あんな感じで設備と住居は用意して、住込みで来てくれる職人と責任者ももう決定してる」
「国慶節明けの10月半ばから生産開始ってことで準備してるんですよ」
「じゃあ本当にもうすぐなんだ」
「工場を作ったのは松本の大変さをなくすってのもあるんだけど、村でトラブルになるのを避ける意味もあるんだ」
「どういうこと?」
「あの家は日本人と取引きしてる、金があるとかいいミシンを持ってるとか噂になって盗難にあったり妬まれたりってことがあったんだ」
「ああ…、なるほど」
「だから出稼ぎに行ったって形にしたほうがいいから、大理の近くで工場を持つことにしたんだ」
翌日その工場を見せてもらった。ここに置く責任者を先日からぞぞむが面接していたらしい。そう言えば香港でレオンと初めて会った時に二人がそんな話をしていたような気もする。
「ここ、もともと工場だったとこ?」
「ああ、新規で建てるのは金がかかりすぎるから。藍染工場を増築して寮と刺繍工房をつけたんだ」
工場と言っても規模は小さなものだ。雲南省各地から15名ほどの若い職人を呼ぶ予定にしている。敷地はまだ余裕があり、必要なら拡張も可能だ。
着々と会社が大きくなっているんだなと祐樹は、熱っぽく話をする孝弘の横顔を眺めた。
大連では大連の仕事が忙しくてそんな話題はあまり出さないが、レオンやぞぞむとしょっちゅうメールや電話をしているから、カフェの新店舗準備や日本向けのネット販売や新規の商品開発など多くのプロジェクトが進行中なのは知っていた。
でもこうして昨日の小さな民家の機織り機から一定の規模を持った工場へという進化を目の当たりにして、本当に自力で会社を興すってすごいことだと実感した。
祐樹だって大連の新プロジェクトを担当してプロジェクトリーダーとして期日管理や数百人単位の人材を管理している。
現場には多くの会社や部署の人間が関わっていて、資材調達や配送手配、労務管理や経理関係などはそれぞれ事務スタッフが処理する。大きな組織だからそうするのが効率的だし、会社組織ってそういうものだと思っていた。
でも市場で商品や職人から探したという孝弘たちの仕事ぶりにどこか憧れるような、その情熱と言うか熱量に圧倒される気がした。
もちろん扱う商品が手工芸品で小さな会社だからできる方法なのだとわかっている。こんな手間暇をかけて商品を作って売って利益を上げるのは簡単なことじゃない。
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