あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「家に招待してくれる人がいるとは思わなかった」

 店の前の路上で麺打ちをしていた料理人は、二人が大連在住だと知ると自宅に遊びに来たら手作り水餃をごちそうすると誘ってくれて、携帯番号を渡してくれたのだ。他にも水書道していた若者や砂絵を描いていた老人も声を掛けてくれた。

「あれって社交辞令?」
「いや、多分本気じゃないかな。連絡すれば歓迎されると思うよ」

 街中や長距離列車で知り合って携帯番号をもらうことはわりとよくあることだが、自分から街で中国人に声を掛けたりしない祐樹は初めての経験だったのだ。

 孝弘やぞぞむの場合は、仕事柄、市場や露店で見かけた商品の製造元を探して歩くなんていうこともよくしたものだった。

「外国人の友人が欲しいんじゃないか? 今日のことも日本人に声掛けられて写真撮られたぞって自慢してると思うよ」

「なるほどね」

 納得したらしいが、おそらく祐樹から連絡することはないだろう。そういう意味ではフットワークが軽いほうではないのだ。

「自宅はともかく、写真ができたら渡しに行きたいな。欲しがってたし」

 写真を撮らせてくれたうちの数人は「写真ができたらくれないか」と祐樹に頼んでいた。カメラは高級品で持っていない人も多い。

 子供がいれば写真館で撮ったり、自家用のカメラを買う人も増えてきたが、今日祐樹が撮影させてもらった庶民が写真を撮る機会はほとんどないだろう。まして日常の風景や仕事をしている姿を写真に撮ることはまずない。

「いいんじゃないか。きっと喜ぶよ。祐樹が撮ったものだし、あとでフィルム返してくれるんだろ?」

「多分ね。じゃあ、現像したら渡しに行こう。しばらく先になるだろうけど」
 祐樹はすこし弾んだ声でそう言った。



 それからしばらくして、本社からの郵便物の中に社内報を見つけた。B5サイズのまあまあ立派な冊子で、祐樹が言ってのはこれかと思いながらページをめくる。

 各部署の社内レポートや売り上げ分析、新規事業の紹介、諸々の連絡事項や人事異動のお知らせなど、意外と盛りだくさんな内容だった。

 祐樹が依頼されたと言う駐在員レポートは見開き2ページで、写真が大小合わせて5枚と駐在員の書いた文章が載っていた。

 今月のレポートはアルゼンチンのコルドバだ。青空市場で人々の笑顔が生き生きとした写真が大きく載っていた。別の一枚はカーニバルなのかカラフルな衣装が賑やかだ。

 記事のほうは日本との習慣の違いや食事のこと。簡単な家庭料理の紹介があってレシピと出来上がりの写真も載っていた。

 肉と豆の煮込み料理でおいしそうだった。今度作ってみるか?

「そう言えば社内報の記事って、どうなった?」
「あ、一昨日、広報から記事と写真ありがとうございますってメール来てたよ」

 祐樹の書いた文章は孝弘も読んだが、大連の歴史にさらっと触れて、最近の街の変貌ぶりや庶民の楽しみについて書いたものになっていた。 

 掲載は年が明けて2月号の話だから、どんな写真が使われるかはまだわからない。文章のチェックはあるが紙面の確認などはないらしいから、記事そのものの出来上がりは現物が来てから見ることになる。

 祐樹は街で撮った写真を渡しに行くつもりでいる。また市内散歩になるだろうけど、それも楽しみだと孝弘は社内報を閉じた。
 

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