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終点の興工街で路面電車を降りてバスに乗り換えて星海広場まで行った。こちらは最新の車両だった。
星海広場は去年の香港返還を記念に造成された新しい広場でとにかく広い。
その広い広場のあちこちでダンスや太極拳をする人々、屋台の菓子売りなどに声を掛けて写真を撮らせてもらった。
さっきの連鎖街でもそうだったが、祐樹の微笑みとすこしたどたどしい中国語で頼まれると、相手はすんなり了承してくれる。
ホント、こういうところはうまいんだよなーと、剣技の練習をしている若者に声を掛けている祐樹を見ながら孝弘は感心する。
外国人に写真を撮られるなんてと照れる人もいれば堂々とポーズをつける人や背景に注文をつけるもいて、そのやりとりがなかなか楽しい。
撮影は嫌だと断る人もいるかと思ったが、意外なことに一人もいなかった。祐樹は孝弘に頼らず、できるかぎり自分で話し掛けている。だから余計な口出しはせずに見守った。
「けっこう撮らせてくれるもんだね」
「俺も意外だった。もっと断る人がいるかと思ってた」
ウチソトの意識が強いので嫌がるかと思ったが、通りすがりの外国人に写真を撮られるのは平気らしい。
広場の一角に花鳥字売りがいて、横書き用の大きな紙に色鮮やかな赤とピンクの花文字を書いているところだった。そこに緑で葉っぱと龍の頭を描き足していく。さらに藍色で飾りを描いて、ほんの10分ほどで一枚を完成させて待っていた客に渡した。
観光地などでよく見かける商売だが、下書きもなくさらさらと描くのがすごいと思う。写真を撮らせてと声を掛け、せっかくだから一枚描いてもらうことにした。
「どんな言葉がいいんだい?」
「考えてなかったな。何にしようか?」
「何か祐樹の好きな四字熟語とか、座右の銘みたいなものってある?」
そんなの急に言われてもと言いたげに首を傾げた。
「質実剛健っていうのが空手教室には掛かってたけど」
「カッコいいけど今の祐樹ってそういう雰囲気じゃないよな」
「えー…、健康第一とか家内安全とか?」
「なんか違うし」
孝弘が笑い出すと、祐樹も笑った。
「じゃあ風林火山とか天下布武とか?」
「戦国武将か」
「焼肉定食とか麻婆豆腐とか?」
定食屋か、と突っこむ前に日本語のやり取りを横で聞いていた文字書きが声を掛けてきた。
「名前を書いてくれっていう人も多いよ」
「名前ねえ…」
おもに西洋人が漢字で名前を書いてもらうことが多い。発音を聞かせて適当な漢字をあてるのだ。
オリエンタルな感じがして喜ばれるのだが、もともと漢字名の日本人だからそれもどうよ?と思っていたら、祐樹が孝弘に訊ねた。
「あ、ねえ、商売繁盛ってどう言うの? よく会社とかで額に入って掛かってるようなやつって、何て書いてあったっけ?」
「繁栄昌盛《ファンロンワンション》とか恭喜発財《ゴンシーファーザイ》だと思うけど」
「ああ、そうだ、見たことある。繁栄昌盛にしようかな」
商売人でもないのに?と孝弘は一瞬思ったが、まあ会社員だって売上を稼ぐって意味では商売人だしなとうなずいた。
祐樹の希望を聞いた花鳥字売りは張り切って描いてくれ、写真を撮るときは笑顔でばっちりポーズを決めてくれた。
嬉しそうに受け取った祐樹はくるくる巻いた紙をつぶれないようにそっとカバンに入れた。
星海広場は去年の香港返還を記念に造成された新しい広場でとにかく広い。
その広い広場のあちこちでダンスや太極拳をする人々、屋台の菓子売りなどに声を掛けて写真を撮らせてもらった。
さっきの連鎖街でもそうだったが、祐樹の微笑みとすこしたどたどしい中国語で頼まれると、相手はすんなり了承してくれる。
ホント、こういうところはうまいんだよなーと、剣技の練習をしている若者に声を掛けている祐樹を見ながら孝弘は感心する。
外国人に写真を撮られるなんてと照れる人もいれば堂々とポーズをつける人や背景に注文をつけるもいて、そのやりとりがなかなか楽しい。
撮影は嫌だと断る人もいるかと思ったが、意外なことに一人もいなかった。祐樹は孝弘に頼らず、できるかぎり自分で話し掛けている。だから余計な口出しはせずに見守った。
「けっこう撮らせてくれるもんだね」
「俺も意外だった。もっと断る人がいるかと思ってた」
ウチソトの意識が強いので嫌がるかと思ったが、通りすがりの外国人に写真を撮られるのは平気らしい。
広場の一角に花鳥字売りがいて、横書き用の大きな紙に色鮮やかな赤とピンクの花文字を書いているところだった。そこに緑で葉っぱと龍の頭を描き足していく。さらに藍色で飾りを描いて、ほんの10分ほどで一枚を完成させて待っていた客に渡した。
観光地などでよく見かける商売だが、下書きもなくさらさらと描くのがすごいと思う。写真を撮らせてと声を掛け、せっかくだから一枚描いてもらうことにした。
「どんな言葉がいいんだい?」
「考えてなかったな。何にしようか?」
「何か祐樹の好きな四字熟語とか、座右の銘みたいなものってある?」
そんなの急に言われてもと言いたげに首を傾げた。
「質実剛健っていうのが空手教室には掛かってたけど」
「カッコいいけど今の祐樹ってそういう雰囲気じゃないよな」
「えー…、健康第一とか家内安全とか?」
「なんか違うし」
孝弘が笑い出すと、祐樹も笑った。
「じゃあ風林火山とか天下布武とか?」
「戦国武将か」
「焼肉定食とか麻婆豆腐とか?」
定食屋か、と突っこむ前に日本語のやり取りを横で聞いていた文字書きが声を掛けてきた。
「名前を書いてくれっていう人も多いよ」
「名前ねえ…」
おもに西洋人が漢字で名前を書いてもらうことが多い。発音を聞かせて適当な漢字をあてるのだ。
オリエンタルな感じがして喜ばれるのだが、もともと漢字名の日本人だからそれもどうよ?と思っていたら、祐樹が孝弘に訊ねた。
「あ、ねえ、商売繁盛ってどう言うの? よく会社とかで額に入って掛かってるようなやつって、何て書いてあったっけ?」
「繁栄昌盛《ファンロンワンション》とか恭喜発財《ゴンシーファーザイ》だと思うけど」
「ああ、そうだ、見たことある。繁栄昌盛にしようかな」
商売人でもないのに?と孝弘は一瞬思ったが、まあ会社員だって売上を稼ぐって意味では商売人だしなとうなずいた。
祐樹の希望を聞いた花鳥字売りは張り切って描いてくれ、写真を撮るときは笑顔でばっちりポーズを決めてくれた。
嬉しそうに受け取った祐樹はくるくる巻いた紙をつぶれないようにそっとカバンに入れた。
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