あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「これっていつ頃まで食べられると思う?」
「そろそろ捨てたほうがいいんじゃないか?」

「賞味期限はけっこうあるみたいだけど」
「どんな保存料入ってるかわからないからお勧めできない」

「そっか。もったいない気はするけどね」
「でも無理だろ、これ全部食べるとか」

「そうだよね。他に料理するとかおすそ分けするってわけにもいかないしね…」
「毎年のことだけど、ホント無駄なんだよな」

 キッチンの隅に積まれた赤や金の箱を見て、二人でため息をつく。きれいな化粧箱の中身はすべて月餅だ。

 中秋節の月餅は普通の小豆餡だけではなく、蓮の実入りとかアヒルの卵黄入りとか工夫を凝らしたものがたくさん出る。とはいうものの、基本的な味はほとんど同じだ。そもそも餡子がそれほど好きじゃない。

 二人で切って分けても一切れ食べたらもう十分、丸一つはなかなか食べられない。というわけで中秋節から3週間ほど経った今も箱に入ったまま、ほとんど手つかずで残っている。

 まだ50個以上はあるだろう。
 ほぼ同じものが孝弘の部屋にもあるはずだ。

「ニュースでも言ってたよね。過剰に贈りあうのはやめましょうって」
「そうは言っても伝統的な習慣だからな。確かに年々、派手になってる気もするけど」

 
 9月の月餅売り場はものすごい混雑だ。

 中秋節には親戚や親しい友人、会社の上司などにも月餅を贈る習慣があり、9月後半から月餅の箱を手に挨拶に来る人が多くなる。

 互いに贈りあうので中国全土でその数は膨大なものとなり、当然そんなに多くを食べきれるわけもなくほとんどが廃棄されることになる。

 だからこそ「過剰に贈りあうのはやめましょう」というニュースも流れるのだが、面子重視の中国社会、なかなかそうもいかないのだ。

「孝弘、今までどうしてたの?」

「餡子そんなに好きじゃないしほとんど断ってた。それに俺が一人暮らしってみんな知ってるから、くれても1個2個とかで、こういう箱入りのなんかもらったことない」

「そうだったんだ」
「でもこうやって駐在員だとやっぱり箱入りとかで、断れない感じになるんだな」

「そうなんだよね。広州でもいらないって断ってたけど持って来られたら持って帰れとは言えないんだよ」

 広州でも結局、最後にはゴミ袋に入れることになった。中国人の同僚にそっと尋ねてみたら彼もそうしているという話だったから、珍しいことではないようだ。

「だよな。やっぱ捨てるしかないかな」
「んー、そうかも」

 顔を見合わせて二人でもう一度、ため息をついた。


 今年の中秋節は10月5日だった。
 中秋節は農歴《ノンリー》(旧暦)の祝日だから毎年日付が変わる。

 今年は10月1日の国慶節(建国記念日)と重なって、この休暇中に祐樹は孝弘と雲南省に行っていた。櫻花公司の工房に行ってみたいという祐樹に応えて孝弘が手配してくれたのだ。

 5日は夕方に大連に帰ってきて、買ってきた惣菜で簡単な夕食を食べた後、祐樹の部屋でまったり過ごした。旅行の興奮がまだ残っていて、二人でゆっくり風呂に入ってたくさん話をした。

 風呂に入ると言っても外国人向けマンションのこの風呂はいわゆる西洋式で、日本のような洗い場はついていない。

 当然、追い炊き機能もないので、こうしてゆっくり入るときはぬるくなると少しずつ湯を抜いて、熱い湯を足すといった具合だ。

「やっぱり湯船っていいね」
「マジでな。やっぱ日本人は湯船だよなー」

 夜でも20度を超える暖かさだった雲南省から大連に戻ってきたら、乾いた空気がとても寒くすうすうする感じがした。

 雲南省では空気がしっとりと潤っていて草も木も青々と茂っていたなと、大連のぱりぱりと乾燥した空気を吸い込みながら思う。さすがに身体が冷えた感じがしたから、あたたかい風呂はほっとする。

「昨日は水シャワー浴びてたのにな」
「水シャワーもあそこでは気持ちよかったけどね」

「またああいうとこ、泊まりたい?」
「うん。結構楽しかった」

 今回の旅行で二人が泊まっていたのはホテルではなく、バックパッカーが使う安宿だった。祐樹が泊まってみたいとリクエストしたのだ。
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