あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「え、どうした? 何かあった?」
 大連にいるはずの祐樹がソファにいるのに戸惑って、困惑気味に声をかける。

「ううん。急に出張になったんだ。さっき北京に着いたとこ」
「ああ、そう。出張で…」

「うん」
「あれ? 二人はバラバラの出張で来てるの?」

「ああ。俺は打合せに呼ばれてたんだけど、祐樹はなんで? そんな予定はなかったよな?」
「明日の朝イチの会議に急に出ることになったから前乗りしたんだ」

 朝イチの会議なら大連からなら飛行機で移動しても間に合うが、飛行機にしろ列車にしろ時刻通りに動くかわからないので、できるだけ余裕を持つのが大事なのだ。

「ああ、あれか。でも、それでなんでここに…」

「レオンが北京に来てるって孝弘から聞いてたから大連空港から連絡したんだ。香港でのお礼も言えないままだったし」

「北京に来るって言うから俺も祐樹さんに会いたいってなって」
「で、仕事終わりに会おうってことになってここに呼ばれて」

「ああ、そうなんだ」
「でも孝弘もここに来てるって知らなかったからびっくりした」

 それで事務所に来ていたのだ。レオンが孝弘に祐樹の到着を連絡しなかったのはわざとだろう。孝弘を驚かせようという子供っぽいいたずらだ。

 祐樹が櫻花公司の事務所に顔を出すのは、まだ二度目だ。

 前回は8月に祐樹が北京入りしたときに、会社の紹介がてら孝弘が連れてきた。もっとも事務所と言ってもぞぞむが借りている1LDKの普通のマンションだ。

 レオンも孝弘も普段ここにはいないし、商談することもほとんどないから、8畳ほどのリビングにソファセットとデスクとパソコンが置いてあるだけの簡素なものだ。

 ぞぞむは年中、中国国内を買付けに飛び回っていて、あまりここに帰って来ないし、誰かが北京に来た時のために奥の寝室にはベッドが二つ置いてあるが、普段は電話番のスタッフ二人がいるだけだった。

 あんなブチ切れた姿を見たあともふだんと変わらずにこっと祐樹が笑うから、孝弘はちょっとほっとしてソファの手すりに座った。

 さらさらした柔らかな髪を撫でる。祐樹に触れて、ささくれていた気持ちが静まるのを自覚する。祐樹は悪いと思ったのか、済まなそうに首をすくめた。

「ごめんね、急に来たりして」
「べつに謝らなくても。ていうか会えてうれしいし、祐樹ならいつでも歓迎するよ」

 さらりとそんな台詞を真顔で言うから、祐樹の心臓はことこと跳ねる。

 孝弘と5年ぶりに再会したのは今年の5月のことだ。初めての北京研修で当時まだ学生だった孝弘と偶然知り合って親しくしていたが、孝弘からの告白を機に疎遠になった。

 祐樹がまだ10代の学生の孝弘を受け入れなかったのだ。半年の研修と期間が決まっている上に4つも年下のノンケとつき合う気がなくて距離を置いたのだ。

 けれども5年ぶりに会った孝弘は、すっかり大人の顔をした社会人になっていた。3週間の出張の間に通訳兼コーディネーターとして同行すると聞いて、本当は孝弘が好きだった祐樹は動揺した。

 もともと孝弘はゲイじゃなかったし、好きだったからこそ突き放したのに自分を追って来たのだと知って、嬉しい反面かなり怯んだ。

 それでも熱心に口説かれて、ものすごく心が揺れた。

 この手を取るべきじゃないと思ったのに、事故に遭って孝弘が死ぬかもしれないという場面に遭遇して、自分の気持ちを押さえつけておくことができなくなった。

 ようやく自分の正直な気持ちを口に出したときの、孝弘の顔を祐樹は忘れられない。香港のビーチ近くのタイ料理レストランで、祐樹は本心から告げたのだ。

「おれは孝弘じゃなきゃダメなんだ。だから他の誰が言い寄って来てもおれを選んで」 

 そうやって恋人としてつき合い始めて5カ月近く経つが、孝弘のストレートな愛情表現は変わらない。

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