63 / 76
第7章:運命
既視感01
しおりを挟む晴れ渡る真っ青な空を、淡い黄色の花弁が風に誘われて泳いでいく。
美しい景色は、まるでこの日を天までもが祝福しているかのようだった。
ついに今日、あの「星夏祭」が始まったのだ。
そんな日に僕は何をしているのかといえば。
らんらんと輝く太陽の日差しを遮るように、大木が作り出した木陰に守られながら刺繍をしていた。
しかし、花々に囲まれた白い円柱型の四阿には、爽やかな空気ではなく気まずい沈黙が流れていた。
「……これは」
「……」
「ざ、斬新な発想で、むしろ素敵とも……!」
見事な生地でできたハンカチの中心に咲く真っ赤なバラ——ではなく、僕の血痕でできたしみのようななにかと、ぐちゃぐちゃな刺繍。
何度も指を針で刺したおかげで生まれたのは、バラにも見えなくもない奇跡の産物である。
褒めるにも無理があると悟ったのか、サナ皇后は口ごもり目を逸らした。
「そうだ、ジョシュア王子! 刺繍はやめて他のことをしませんか?」
「……いいよ気にしないで。せっかくだし、サナ皇后は続けて」
「いえ、私もちょうど終わりましたから紅茶でも飲みましょう」
柔らかな笑顔を浮かべたサナ皇后の手には、見事な刺繍が施されたハンカチが一枚。
交差する二本の剣の間に存在する太陽と月の紋章は、帝国を象徴するものだ。
誰に渡すのかは聞いていないが、これを見たらおのずと相手は絞られる。
「うわ、すごいね! レーヴ陛下もびっくりするだろうな」
「っ!」
サナ皇后が頬を真っ赤に染めて、ぎゅっと口をとざす。
小動物のように恥じらう姿が可愛くて、僕は自然と笑みを零した。
「やっぱり星夏祭で渡すの?」
「……そ、それはまだ決まっていません。貰ってもらえるかも分かりませんし」
「そんな弱気でどうするのさ。こんなに立派な刺繍なのに、渡さないなんてもったいないよ」
「そうでしょうか?」
まったく。
もともと控えめなサナ皇后だが、ここまで身を引いてしまうほどきつく一線を敷いたレーヴ陛下も問題だな。
「僕だったらとりあえずは渡すかな。相手が受け取るかは別の問題だしさ」
僕はそう言って侍女が淹れてくれた紅茶を飲む。
サナ皇后は暫く何かを思案すると、ハンカチを大切そうにそっと撫でた。
「このハンカチを作るために使用した生地は、父からの贈り物だったんです」
「へっ……?」
ごくんっ、と勢いよく飲み込んだ紅茶がチクチクと刺すように喉を流れていく。
僕はゆっくりとテーブルの上に置かれたお粗末なハンカチを見た。
「……そんな大事なハンカチを僕は」
僕の視線の先を辿ったサナ皇后は、ハッと気が付いたように瞠目すると、ふふっと小さく吹き出した。
「気にしないでください。それよりも私は、こうしてジョシュア王子が私の趣味に興味を持ってくれたことの方が嬉しかったのです。誰かと好きなことを共有するのは、こんなにも素敵な気持ちになるのですね」
過去を懐かしむようにサナ皇后は話を続ける。
「ずっと触れないようにしまうのが大切にすることだと思っていました。ですが、そうではないのだと最近になり気づいて……それでハンカチを作ってみたんです」
「そうだったんだ。じゃあ、なおさら今回だけは渡してみたら?」
「……そう、ですね。思えば父もこの生地を贈ってくれた時にいつか大切な人ができた時にでも、と言っていました」
サナ皇后が語る姿や思い出の話を、僕はどこかで見聞きしたような気がした。
予知夢でも見たかのような既視感を抱いたことに、内心で首を傾げる。
「そういえばジョシュア王子は知っていますか?」
「ん?」
ぼんやりとしていた意識を引き戻す。
サナ皇后は四阿から見える広い青空を眩し気に見あげていた。
「帝国では星夏祭の最終日は特別な人と過ごすのですが、とある言い伝えが由来なんです」
「そうなの?」
「最終日に過ごした人と流れ星を見ることができたら幸せになれる、というものなんですけれど。ありきたりですが、もしも本当なら素敵だなと……」
「……あれ? 今のもどこかで」
不思議に思った時、とある光景が脳裏に浮かび、サナ皇后の姿と重なった。
ああ。そうだったんだ。
どうしてさっき既視感を抱いたのか分かった。
星夏祭の話も、サナ皇后の父親の話も、知るのは今日が初めてじゃない。
けれど僕がそれらを知ったのは誰かではなく、文字や映像——前世で得たものだった。
127
お気に入りに追加
5,836
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。