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第7章:運命
既視感01
しおりを挟む晴れ渡る真っ青な空を、淡い黄色の花弁が風に誘われて泳いでいく。
美しい景色は、まるでこの日を天までもが祝福しているかのようだった。
ついに今日、あの「星夏祭」が始まったのだ。
そんな日に僕は何をしているのかといえば。
らんらんと輝く太陽の日差しを遮るように、大木が作り出した木陰に守られながら刺繍をしていた。
しかし、花々に囲まれた白い円柱型の四阿には、爽やかな空気ではなく気まずい沈黙が流れていた。
「……これは」
「……」
「ざ、斬新な発想で、むしろ素敵とも……!」
見事な生地でできたハンカチの中心に咲く真っ赤なバラ——ではなく、僕の血痕でできたしみのようななにかと、ぐちゃぐちゃな刺繍。
何度も指を針で刺したおかげで生まれたのは、バラにも見えなくもない奇跡の産物である。
褒めるにも無理があると悟ったのか、サナ皇后は口ごもり目を逸らした。
「そうだ、ジョシュア王子! 刺繍はやめて他のことをしませんか?」
「……いいよ気にしないで。せっかくだし、サナ皇后は続けて」
「いえ、私もちょうど終わりましたから紅茶でも飲みましょう」
柔らかな笑顔を浮かべたサナ皇后の手には、見事な刺繍が施されたハンカチが一枚。
交差する二本の剣の間に存在する太陽と月の紋章は、帝国を象徴するものだ。
誰に渡すのかは聞いていないが、これを見たらおのずと相手は絞られる。
「うわ、すごいね! レーヴ陛下もびっくりするだろうな」
「っ!」
サナ皇后が頬を真っ赤に染めて、ぎゅっと口をとざす。
小動物のように恥じらう姿が可愛くて、僕は自然と笑みを零した。
「やっぱり星夏祭で渡すの?」
「……そ、それはまだ決まっていません。貰ってもらえるかも分かりませんし」
「そんな弱気でどうするのさ。こんなに立派な刺繍なのに、渡さないなんてもったいないよ」
「そうでしょうか?」
まったく。
もともと控えめなサナ皇后だが、ここまで身を引いてしまうほどきつく一線を敷いたレーヴ陛下も問題だな。
「僕だったらとりあえずは渡すかな。相手が受け取るかは別の問題だしさ」
僕はそう言って侍女が淹れてくれた紅茶を飲む。
サナ皇后は暫く何かを思案すると、ハンカチを大切そうにそっと撫でた。
「このハンカチを作るために使用した生地は、父からの贈り物だったんです」
「へっ……?」
ごくんっ、と勢いよく飲み込んだ紅茶がチクチクと刺すように喉を流れていく。
僕はゆっくりとテーブルの上に置かれたお粗末なハンカチを見た。
「……そんな大事なハンカチを僕は」
僕の視線の先を辿ったサナ皇后は、ハッと気が付いたように瞠目すると、ふふっと小さく吹き出した。
「気にしないでください。それよりも私は、こうしてジョシュア王子が私の趣味に興味を持ってくれたことの方が嬉しかったのです。誰かと好きなことを共有するのは、こんなにも素敵な気持ちになるのですね」
過去を懐かしむようにサナ皇后は話を続ける。
「ずっと触れないようにしまうのが大切にすることだと思っていました。ですが、そうではないのだと最近になり気づいて……それでハンカチを作ってみたんです」
「そうだったんだ。じゃあ、なおさら今回だけは渡してみたら?」
「……そう、ですね。思えば父もこの生地を贈ってくれた時にいつか大切な人ができた時にでも、と言っていました」
サナ皇后が語る姿や思い出の話を、僕はどこかで見聞きしたような気がした。
予知夢でも見たかのような既視感を抱いたことに、内心で首を傾げる。
「そういえばジョシュア王子は知っていますか?」
「ん?」
ぼんやりとしていた意識を引き戻す。
サナ皇后は四阿から見える広い青空を眩し気に見あげていた。
「帝国では星夏祭の最終日は特別な人と過ごすのですが、とある言い伝えが由来なんです」
「そうなの?」
「最終日に過ごした人と流れ星を見ることができたら幸せになれる、というものなんですけれど。ありきたりですが、もしも本当なら素敵だなと……」
「……あれ? 今のもどこかで」
不思議に思った時、とある光景が脳裏に浮かび、サナ皇后の姿と重なった。
ああ。そうだったんだ。
どうしてさっき既視感を抱いたのか分かった。
星夏祭の話も、サナ皇后の父親の話も、知るのは今日が初めてじゃない。
けれど僕がそれらを知ったのは誰かではなく、文字や映像——前世で得たものだった。
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