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第6章:触れたくて、すこし怖い

触れたい05

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 緊張で身を強ばらせている間に、するりと大きな手が僕の首筋を撫であげる。
 いつもの触れ方とは全然違っていた。
 初めて感じる欲情をあおる触れ方に驚いて肩が震えると、艶めかしい笑みが頭上から降ってくる。
 まるで見せつけるかのように、着ているシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外されて……
 最後のボタンに手が触れると、いくばくもしないうちに、ハラリとはだけた服の隙間から素肌が露わになった。

 途端に自分を守る何かを取り上げられてしまったかのようで、心もとない。
 知識があるから、緊張しても大丈夫だろうと楽観視していた。
 でも…… 

「……っそんなに、みないでほしい」

 初めて見る好きな人の欲情が滲んだ視線に、訳もなくシーツを掴む指先が震えていた。

「どうしてだ?」
「は、はずかしいから……」

 目を合わせることができなくて視線を逸らす。
 スーちゃんは「最後まで持つのか?」と意地悪なことを言いながら指先で、す…っとわき腹を撫で上げた。
 
「ん……っ」

 ただ、くすぐったいだけのはず。
 なのに触れられたところがジンジンと熱を帯びていく。
 甘ったるくて重い空気も、雄臭い色香で誘ってくる表情も。
 全てが僕を惑わす媚薬のようだ。
 
「可愛いなジョシュアは」
「~っ」
 
 その瞬間、ちゅっと音を立てて首筋を柔く吸われた。
 ゾクゾクと背中を駆け走る痺れに息をつめると、スーちゃんはわざとらしく僕を見て、今度は胸元にキスマークを付けた。

 口づけては、かすかな痺れを伴い、いたるところにキスマークが散らされる。
 赤いあとは徐々に下肢へと向かっていき、ついにズボンの上からわずかに反応しかけている中心に口づけられた。

 夢から醒めたようにハッとした僕は、気づけば「待って」と叫び、両手を伸ばす。
 肩を押されたスーちゃんは、目にかかる前髪を掻きあげながら僕を見つめ返した。

「僕が守ると決めた清らかな唇が……! 僕のせいで汚れちゃったよぉ」
 
 上体を起こして膝立ちになった僕は、シャツの袖でスーちゃんの唇をごしごしと擦った。

 もはやさっきの衝撃のせいで半泣きだ。
 ぐずぐず鼻をすすっていると、拭っていた手首を取られる。

「ジョシュア」
「な、なに……?」
「やめるか?」

 スーちゃんは長いまつげを伏せて、僕の手首に口づけながら、もう一度問いかける。

「それとも、続けるか?」

 どうせ、答えなんてわかっているはずなのに。
 本当になんで今日に限ってそんなにも意地悪なんだよ……
 震える唇は、知らぬ間に「つづけてほしい」と、か細く言葉を紡いでいた。
 
「そうか? いつでも降参していいんだぞ? お子様な俺に負けたって」
「なっ……!」

 しかし、その発言でようやく理解した。
 僕が誤魔化すために「お子様」とからかったのが気に入らなくて、意地悪したいだけ、ということに。

 余裕綽々なスーちゃんの態度にむっとする。
 負けず嫌いが顔をだして、思わず「このぐらい余裕だし」と対抗してしまった。

「緊張しているように見えたが?」
「そんなの演技だよ、演技。僕の方が経験あるって言っただろ! こんなのたいした事してないしね」
「……へえ」

 その刹那。ぐっと腕を引かれてスーちゃんの胸に抱きしめられる。
 何が起きたのかと顔を上げようとした時、肩に痛みが走った。

「~っ!? か、噛んだ……!?」

 驚きで目を瞠ると、今度は慰めるように噛んだ場所を舌で舐められる。
 そのまま違う場所も噛まれては、すぐに甘えるように舐められる行為の繰り返しで、だんだんと下腹部に熱が集まるのが分かった。

「あ……っ、まって……!」
 
 刺激に翻弄されて、再びベッドの上に押し倒されると、見計らったかのようにスーちゃんの手が僕のウエストに触れる。
 そして、止めるのも虚しく、あっけなくズボンを脱がされてしまった。

 最悪だ、下着にシャツ1枚を羽織っただけなんて。それにこのままじゃあ……
 状況を理解するなり、慌てて膝を合わせるようにして足を閉じる。
 だって、僕だけ感じていたとか知られたくない。
 絶対に絶対にぜーったいに、半起ちになったそこを見られるのだけは嫌だ……!

 そんな気持ちを見透かすかのように、スーちゃんが低く笑っている。
 僕は思わず真っ赤になった顔でにらみつけた。

「笑うなっ」
「煽るほうが悪いんだろ?」
「煽ってないよ!」
「なら、無自覚なのが悪い」
「な、なんだよそれ……」

 お子様って言ったのは悪かったけど、からかわれたままなんて悔しい。
 僕だって男なんだぞ……やり返してやる!
 しかし、決意を嘲笑うかのように、スーちゃんが僕の膝にキスをした。

「っ!?」

 ま、まさか……
 この後の展開が脳裏に過ったとたん、それが実現してしまう。
 あっさりと閉じていた僕の足を掴み左右に割り開くと、煽るような眼差しで、内ももにまでキスマークを付けられてしまった。

 ヒョロヒョロの僕が、あの雄っぱいに力で勝てるわけがないのだ。

 呆然と自分の非力さを恨んでいると、先ほどよりも深い場所——足の付け根に近いところを噛まれて、びくりと体が飛び跳ねる。
 
「~~~っ」

 声にならない叫び声が、喉奥に詰まっているかのようだった。
 これまでの比ではない羞恥心に襲われて、めまいがする。
 涙目で見上げると、優し気な瞳の奥にギラギラとした獰猛な輝きを見つけてしまい、ひくりと喉が震えてしまった。

「ジョシュア」
「ぅぅぅ、ご、ごめんなさい~っ」

 完全に僕の負けです……
 降伏すると、スーちゃんが隣に寝転び、今度は優しく抱きしめられる。
 温かい胸のなかで、今だけは憎たらしい胸筋におでこをぶつけて八つ当たりをした。

「いじわるっ、ごりら、へんたい」
「大人をからかうと痛い目にあうんだ」
「だから僕が悪かったよ! でも、ちょっとだけ、期待したのに……」

 少し、……いやものすごく惜しいと感じている。
 だって、あんな大人の色気を見せられて、そのうえエッチな雰囲気にまでなったのに……

 秘密のせいで最初にキスのお預けをしたのは僕だけど、寸止めがこんなにも辛いとは思わなかった。
 もう、スーちゃんを「お子様」と言って、からかうのはやめよう。

 でもそうなると、キスができない理由はどう説明したらいいんだろうか。
 ぐるぐると言い訳を考えたていたら、「待つ」と声が聞こえた。

「え?」
「ジョシュアが本当にいいと思える時まで待つ。だから、そう悩むな」
 
 僕の眉間をぐりぐりと親指で押しながら、スーちゃんが言う。
 僕は返すべき言葉が思い浮かばなくて、黙り込んでしまった。

 先祖返りであることを知っていると打ち明けた時は「聞かない」と許し、今は「待つ」と逃げ道をくれる。
 いつもいつも、スーちゃんは何も言わない。僕を問い詰めない。

 ただ、笑って許してくれる。それがこんなにも心苦しいとは思わなかった。
 
「そういえば今日、俺の名前を呼んだだろ? ノクティス、と」
「あ」

 スーちゃんとシェンが喧嘩した時に、咄嗟に呼んでしまった事を思い出す。

「名前好きじゃないって聞いてたのに、ごめん」
「いや、いいんだ」

 スーちゃんが僕の手をとり、指を絡めあうようにして手を繋ぐ。
 革の手袋を嵌めていない手は、ひんやりとしていて冷たかった。
 けれど、じわじわと僕の熱が伝わっていき、お互いの体温が溶け合っていく。

「ジョシュアに名前を呼ばれた時、悪くないと思った。ジョシュアに呼ばれるならこの名前も意味がある」

 言葉に隠された想いに気づいて、心臓の辺りが切なく締め付けられる。

 太陽を象徴する国に生まれた皇子は、「夜」や「闇」といった、太陽とは真逆な意味を持つ名を授けられた。

 スーちゃんはずっと、「ノクティス」と名づけられた理由が「存在を認めない」という、否定によるものからだと思って生きてきたのだろうか。

 名は、親から子への最初の贈り物だと聞く。
 それほど特別なものでさえ、スーちゃんにとっては苦しみのひとつだったのかもしれない。

「ジョシュア」
「……ん?」
「もう一度、俺の名前を呼んでくれるか?」

 ぎゅっと、手を握る力が強まる。
 僕は、僕が大好きな夜のように、美しい紫の瞳を見つめて名を呼んだ。

「ノクティス」

 ただ名前を呼ばれるだけ。
 僕にとってはなんてことのない日常なのに、この人にとっては大きな意味を持つんだ。

「ノクティス。大好き。僕の一番大切な人」
「ふ」

 柔らかに微笑む姿が、あまりにも儚く見えて。
 どうしようもなく、心が震える。

「これからも呼んでくれるか?」
「うん。……呼んであげるからぎゅーってして」

 泣き出しそうになる顔を隠すように、スーちゃん——ノクティスの胸に顔を押し付ける。

「ジョシュア。俺は待つことも信じることも、苦じゃない」
「……ん」
 
 ありがとう。
 スーちゃんが自分の心を見せてくれたように、僕も必ず自分の口で告げるから。

「ノクティス」
「ん?」
「なんでもない。……呼ばれなくなると思うと、"スーちゃん"も親しみがあって少し寂しい?」
「ああ、そうだな」

 くすくすと楽し気な笑い声と一緒に、僕の頭にキスが降ってくる。
 その日の晩。
 僕達は隙間を埋めるように互いにくっつきあい、静かな夜を過ごした。
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