59 / 74
第6章:触れたくて、すこし怖い
触れたい05
しおりを挟む緊張で身を強ばらせている間に、するりと大きな手が僕の首筋を撫であげる。
いつもの触れ方とは全然違っていた。
初めて感じる欲情をあおる触れ方に驚いて肩が震えると、艶めかしい笑みが頭上から降ってくる。
まるで見せつけるかのように、着ているシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外されて……
最後のボタンに手が触れると、いくばくもしないうちに、ハラリとはだけた服の隙間から素肌が露わになった。
途端に自分を守る何かを取り上げられてしまったかのようで、心もとない。
知識があるから、緊張しても大丈夫だろうと楽観視していた。
でも……
「……っそんなに、みないでほしい」
初めて見る好きな人の欲情が滲んだ視線に、訳もなくシーツを掴む指先が震えていた。
「どうしてだ?」
「は、はずかしいから……」
目を合わせることができなくて視線を逸らす。
スーちゃんは「最後まで持つのか?」と意地悪なことを言いながら指先で、す…っとわき腹を撫で上げた。
「ん……っ」
ただ、くすぐったいだけのはず。
なのに触れられたところがジンジンと熱を帯びていく。
甘ったるくて重い空気も、雄臭い色香で誘ってくる表情も。
全てが僕を惑わす媚薬のようだ。
「可愛いなジョシュアは」
「~っ」
その瞬間、ちゅっと音を立てて首筋を柔く吸われた。
ゾクゾクと背中を駆け走る痺れに息をつめると、スーちゃんはわざとらしく僕を見て、今度は胸元にキスマークを付けた。
口づけては、かすかな痺れを伴い、いたるところにキスマークが散らされる。
赤いあとは徐々に下肢へと向かっていき、ついにズボンの上からわずかに反応しかけている中心に口づけられた。
夢から醒めたようにハッとした僕は、気づけば「待って」と叫び、両手を伸ばす。
肩を押されたスーちゃんは、目にかかる前髪を掻きあげながら僕を見つめ返した。
「僕が守ると決めた清らかな唇が……! 僕のせいで汚れちゃったよぉ」
上体を起こして膝立ちになった僕は、シャツの袖でスーちゃんの唇をごしごしと擦った。
もはやさっきの衝撃のせいで半泣きだ。
ぐずぐず鼻をすすっていると、拭っていた手首を取られる。
「ジョシュア」
「な、なに……?」
「やめるか?」
スーちゃんは長いまつげを伏せて、僕の手首に口づけながら、もう一度問いかける。
「それとも、続けるか?」
どうせ、答えなんてわかっているはずなのに。
本当になんで今日に限ってそんなにも意地悪なんだよ……
震える唇は、知らぬ間に「つづけてほしい」と、か細く言葉を紡いでいた。
「そうか? いつでも降参していいんだぞ? お子様な俺に負けたって」
「なっ……!」
しかし、その発言でようやく理解した。
僕が誤魔化すために「お子様」とからかったのが気に入らなくて、意地悪したいだけ、ということに。
余裕綽々なスーちゃんの態度にむっとする。
負けず嫌いが顔をだして、思わず「このぐらい余裕だし」と対抗してしまった。
「緊張しているように見えたが?」
「そんなの演技だよ、演技。僕の方が経験あるって言っただろ! こんなのたいした事してないしね」
「……へえ」
その刹那。ぐっと腕を引かれてスーちゃんの胸に抱きしめられる。
何が起きたのかと顔を上げようとした時、肩に痛みが走った。
「~っ!? か、噛んだ……!?」
驚きで目を瞠ると、今度は慰めるように噛んだ場所を舌で舐められる。
そのまま違う場所も噛まれては、すぐに甘えるように舐められる行為の繰り返しで、だんだんと下腹部に熱が集まるのが分かった。
「あ……っ、まって……!」
刺激に翻弄されて、再びベッドの上に押し倒されると、見計らったかのようにスーちゃんの手が僕のウエストに触れる。
そして、止めるのも虚しく、あっけなくズボンを脱がされてしまった。
最悪だ、下着にシャツ1枚を羽織っただけなんて。それにこのままじゃあ……
状況を理解するなり、慌てて膝を合わせるようにして足を閉じる。
だって、僕だけ感じていたとか知られたくない。
絶対に絶対にぜーったいに、半起ちになったそこを見られるのだけは嫌だ……!
そんな気持ちを見透かすかのように、スーちゃんが低く笑っている。
僕は思わず真っ赤になった顔でにらみつけた。
「笑うなっ」
「煽るほうが悪いんだろ?」
「煽ってないよ!」
「なら、無自覚なのが悪い」
「な、なんだよそれ……」
お子様って言ったのは悪かったけど、からかわれたままなんて悔しい。
僕だって男なんだぞ……やり返してやる!
しかし、決意を嘲笑うかのように、スーちゃんが僕の膝にキスをした。
「っ!?」
ま、まさか……
この後の展開が脳裏に過ったとたん、それが実現してしまう。
あっさりと閉じていた僕の足を掴み左右に割り開くと、煽るような眼差しで、内ももにまでキスマークを付けられてしまった。
ヒョロヒョロの僕が、あの雄っぱいに力で勝てるわけがないのだ。
呆然と自分の非力さを恨んでいると、先ほどよりも深い場所——足の付け根に近いところを噛まれて、びくりと体が飛び跳ねる。
「~~~っ」
声にならない叫び声が、喉奥に詰まっているかのようだった。
これまでの比ではない羞恥心に襲われて、めまいがする。
涙目で見上げると、優し気な瞳の奥にギラギラとした獰猛な輝きを見つけてしまい、ひくりと喉が震えてしまった。
「ジョシュア」
「ぅぅぅ、ご、ごめんなさい~っ」
完全に僕の負けです……
降伏すると、スーちゃんが隣に寝転び、今度は優しく抱きしめられる。
温かい胸のなかで、今だけは憎たらしい胸筋におでこをぶつけて八つ当たりをした。
「いじわるっ、ごりら、へんたい」
「大人をからかうと痛い目にあうんだ」
「だから僕が悪かったよ! でも、ちょっとだけ、期待したのに……」
少し、……いやものすごく惜しいと感じている。
だって、あんな大人の色気を見せられて、そのうえエッチな雰囲気にまでなったのに……
秘密のせいで最初にキスのお預けをしたのは僕だけど、寸止めがこんなにも辛いとは思わなかった。
もう、スーちゃんを「お子様」と言って、からかうのはやめよう。
でもそうなると、キスができない理由はどう説明したらいいんだろうか。
ぐるぐると言い訳を考えたていたら、「待つ」と声が聞こえた。
「え?」
「ジョシュアが本当にいいと思える時まで待つ。だから、そう悩むな」
僕の眉間をぐりぐりと親指で押しながら、スーちゃんが言う。
僕は返すべき言葉が思い浮かばなくて、黙り込んでしまった。
先祖返りであることを知っていると打ち明けた時は「聞かない」と許し、今は「待つ」と逃げ道をくれる。
いつもいつも、スーちゃんは何も言わない。僕を問い詰めない。
ただ、笑って許してくれる。それがこんなにも心苦しいとは思わなかった。
「そういえば今日、俺の名前を呼んだだろ? ノクティス、と」
「あ」
スーちゃんとシェンが喧嘩した時に、咄嗟に呼んでしまった事を思い出す。
「名前好きじゃないって聞いてたのに、ごめん」
「いや、いいんだ」
スーちゃんが僕の手をとり、指を絡めあうようにして手を繋ぐ。
革の手袋を嵌めていない手は、ひんやりとしていて冷たかった。
けれど、じわじわと僕の熱が伝わっていき、お互いの体温が溶け合っていく。
「ジョシュアに名前を呼ばれた時、悪くないと思った。ジョシュアに呼ばれるならこの名前も意味がある」
言葉に隠された想いに気づいて、心臓の辺りが切なく締め付けられる。
太陽を象徴する国に生まれた皇子は、「夜」や「闇」といった、太陽とは真逆な意味を持つ名を授けられた。
スーちゃんはずっと、「ノクティス」と名づけられた理由が「存在を認めない」という、否定によるものからだと思って生きてきたのだろうか。
名は、親から子への最初の贈り物だと聞く。
それほど特別なものでさえ、スーちゃんにとっては苦しみのひとつだったのかもしれない。
「ジョシュア」
「……ん?」
「もう一度、俺の名前を呼んでくれるか?」
ぎゅっと、手を握る力が強まる。
僕は、僕が大好きな夜のように、美しい紫の瞳を見つめて名を呼んだ。
「ノクティス」
ただ名前を呼ばれるだけ。
僕にとってはなんてことのない日常なのに、この人にとっては大きな意味を持つんだ。
「ノクティス。大好き。僕の一番大切な人」
「ふ」
柔らかに微笑む姿が、あまりにも儚く見えて。
どうしようもなく、心が震える。
「これからも呼んでくれるか?」
「うん。……呼んであげるからぎゅーってして」
泣き出しそうになる顔を隠すように、スーちゃん——ノクティスの胸に顔を押し付ける。
「ジョシュア。俺は待つことも信じることも、苦じゃない」
「……ん」
ありがとう。
スーちゃんが自分の心を見せてくれたように、僕も必ず自分の口で告げるから。
「ノクティス」
「ん?」
「なんでもない。……呼ばれなくなると思うと、"スーちゃん"も親しみがあって少し寂しい?」
「ああ、そうだな」
くすくすと楽し気な笑い声と一緒に、僕の頭にキスが降ってくる。
その日の晩。
僕達は隙間を埋めるように互いにくっつきあい、静かな夜を過ごした。
77
お気に入りに追加
5,799
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
主人公に「消えろ」と言われたので
えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。
他のサイトで掲載していました。
愛され奴隷の幸福論
東雲
BL
両親の死により、伯父一家に当主の座を奪われ、妹と共に屋敷を追い出されてしまったダニエル。
伯爵家の跡継ぎとして、懸命に勉学に励み、やがて貴族学園を卒業する日を間近に迎えるも、妹を守る為にダニエルは借金を背負い、奴隷となってしまう──……
◇◇◇◇◇
*本編完結済みです*
筋肉男前が美形元同級生に性奴隷として買われて溺愛されるお話です(ざっくり)
無表情でツンツンしているけれど、内心は受けちゃん大好きで過保護溺愛する美形攻め×純粋培養された健気素直故に苦労もするけれど、皆から愛される筋肉男前受け。
体が大っきくて優しくて素直で真面目で健気で妹想いで男前だけど可愛いという受けちゃんを、不器用ながらもひたすらに愛して甘やかして溺愛する攻めくんという作者が大好きな作風となっております!
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。
しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエルがなんだかんだあって、兄達や学園の友達etc…に溺愛される???
家庭環境複雑でハチャメチャな毎日に奮闘するノエル・クーレルの物語です。
若干のR表現の際には※をつけさせて頂きます。
現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、改稿が終わり次第、完結までの展開を書き始める可能性があります。長い目で見ていただけると幸いです。
2024/11/12
(第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。