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第6章:触れたくて、すこし怖い
触れたい04
しおりを挟む感動に打ち震えていると、今度はむすっとした表情で見上げてくる。
「なに?」と首を傾げれば、ますます不満そうに眉を寄せて「俺がどんなきもちだったか分かるのか」と言い出した。
「なんのこと?」
「連れ去られた時だ。……そもそもジョシュアは急に結婚してくれと押しかけてきたり、かと思えば肝心なところははぐらかす。これだけ惚れさせておいて、今度は俺を一人にでもする気か?」
「なっ、一人になんてしないよ……! 僕の長所のひとつはね、一途なところだぞ」
そうは言うが、振り返ると僕ってばすごい登場の仕方をしたしな……
まあ、それはともかく、今は体の大きな酔っ払いをどうするか考えよう。
こんな無防備な姿はそうそう見られるものではないだろう。
ならばやはり、普段は頼めないことをするチャンスだ。
「えへへ、スーちゃん。僕に好きって言われるの嬉しい?」
「嬉しくない」
「……えっ?」
「嬉しくない」
「…………」
「嬉しくな——」
とっさにスーちゃんの口を両手でふさぐ。
僕は当然、「うん」と返ってくるものだと思っていたのだ。
なのに……
「僕のこと好きなんじゃないのか!?」
「好きだ」
「じゃあなんで言われるのが嫌なんだよっ。スーちゃんの好きはそんなものなのか!?」
ショックと怒りで詰め寄る。すると、まるで猫のようにツンとした態度で見つめ返された。
「俺をからかいたいんだろ」
「っ」
「やっぱりな」
酔ってるくせに、理性的とかどれだけ鉄壁の防御力なんだ。
なにか言い返そうとするのに、すました顔だとより美しさが強調されて、僕の心は萌えと怒りで今にも大変なことになりそうだ。
「いじわる……ばか……っ」
「ふ、そういう顔が見れるならたまにはいじめるのも悪くないな」
「~~っ」
だ、だめだ。やはり僕ではスーちゃんに勝てない。
吐息をこぼすように、色っぽく微笑む仕草に胸が高鳴る。
星を注いだような紫色の瞳をのぞき込むと、大きな手が僕の横髪を掬いとり、視線を絡めたまま毛先に口づけた。
まるで、キスでもしたかのような感覚。
髪の毛から離れた手はそのまま僕の頬へと移動して、くすぐるように親指が唇をなぞった。
ぴくり、と痺れるような甘い感覚が背中を駆け抜けていく。
零れる呼気は熱を帯び、交わる視線が深まると、脳の奥がじりじりと焼け付いたように鈍くなっていった。
「……ジョシュア」
低い声に名前を呼ばれて、まるでそうするのが当然のように瞼を閉じ、その瞬間を待つ。
あと、数ミリ。覆いかぶさる陰を、閉じた瞼の裏側でも感じるほど近くで。
唇が重なり合う……その時。
僕はグワッと目を開けると、スーちゃんの顔を勢いよく手のひらで押し返した。
「——な、なな、なんてことをするんだ……! 雰囲気にのまれてキスしちゃうところだったじゃないか!」
「……」
バクバクバク、と激しい鼓動を聞きながら、恐ろしさに震える。
そのうえ両手で口を覆われたままのスーちゃんは、見たことないほどのジト目で僕を見ていて、今度は冷や汗が噴き出た。
「ま、まだキスは早いって言うか……ほ、ほら! 順序っていうものがあるし!」
「それで?」
「っ、う、だってまだスーちゃんは色々したことないだろ!? いや、てかないよね!?」
「ないが、それがどう関係しているのか説明してみろ」
よかった、あんまりにもスマートだから、ちょっとだけ疑ったけどやっぱりスーちゃんはスーちゃんだった!
「だから、えーと、お子様なスーちゃんにはまだ早いってことだよ! 最低でもあと2ヶ月はお預けにするべき」
僕だってキスがしたい。でも仮にキスをしても紋章が効力を発揮しなかったら、落ち込むどころの話では済まない。
確実に全身からキノコが生えるぐらい落ち込む。
なによりもうじき星夏祭が始まるのだ。
だからせめて、原作でのスーちゃんが死ぬはずだった祭りの期間が終わるまでは、そのことだけに集中していたい。
「へぇ、俺がお子様ならジョシュアはどうなる」
「……ん? さすがにスーちゃんよりは大人だよ~。だってキスもしたことないよね?」
「……」
そう言った瞬間。
周囲の空気が変わるのを感じた。
にこりと見惚れるような笑顔を浮かべたスーちゃんの背後から、黒い影を背負っているかのように不穏な気配がする。
僕はうっかり笑いながら口にしてしまった先ほどの言葉を思い返して、後退りした。
だが、僕の背中を支える手が逃げるのを許すはずがない。
「なら試してみるか?」
「ひっ! な、なにをでしょう……?」
「俺がそんなにもお子様かどうか。ジョシュアが直接確認してくれ」
決して冷たい声音ではないのに、否とは言わせぬ威圧感。
なにを言われたのか理解するよりも、スーちゃんの方が早かった。
軽々と抱き上げられたかと思えば、真っすぐに寝室へと向かいベッドの上に降ろされる。
固まったまま呆然と見上げる僕に覆いかぶさったスーちゃんは「煽った分の礼はさせてもらうぞ」と、舌なめずりをした。
「お、落ち着いて……!」
「本気で嫌ならやめるが——」
言葉を止めると、少しだけ上体を起こして切れ長の瞳で僕を見下ろす。
「そういうわけでもないようだな?」
空いた隙間を埋めるように再び覆いかぶさったスーちゃんは、僕の耳元で囁き、低く笑った。
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