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第6章:触れたくて、すこし怖い

触れたい02

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 僕が髪を乾かし終えるころに、ついにスーちゃんが部屋にやってきた。

「いらっしゃいスーちゃん!」

 思ったよりも緊張していたのか、想像よりも大きな声が出てしまう。
 扉の前に立つスーちゃんも少しだけ驚いたように目を瞬くが、すぐに「待ったか?」と言って微笑んだ。
 その笑顔を見たら、自然と嬉しさを隠し切れずにゆらゆらと尻尾が揺れ出す。
 僕は皮手袋に包まれた大きな手を取ると、部屋の中を案内することにした。

「ううん、全然! それより部屋を案内するね!」

 僕が滞在している部屋の間取りは、白を基調に水色と金銀で彩られたシッティングルーム——リビングのように普段過ごす部屋と、キッチンがある部屋と浴室、そして寝室の4つに区切られている。

 大人5.6人でルームシェアしても余るほど広々とした空間だから、二人で生活するには十分だ。
 先に運び込まれていたスーちゃんの荷物も、どこになにがあるのかを一緒に説明していく。

 そして、最奥に位置する寝室へやってきた僕は、後ろを振り替えてハッとした。

「最後にここが僕達の寝室だよ。これからは一緒に——って見ればわかるよね」
「……ああ」

 なんか、今のって誘ってしまった感じなのだろうか?

 恋人関係で、婚約者で。
 少し前にはあんな大人な会話をしたばかりなのに……
 急にドキドキとうるさく鳴りだした鼓動が、繋いだ手のひらから伝わってしまいそうだった。
 
「え、えーと。案内は以上です。……そ、それよりレーブ陛下のところに行ってきたんだよね? 大丈夫だった?」
「ああ、特に問題はなかったが」
「そっか、よかった……」
 
 シーン。
 なんなんだこの静けさは。この僕が、何を話したらいいか分からなくなるなんて。
 スーちゃん、恐ろしい子……!
 
「ジョシュア」
 
 その時、俯いていた僕の頭にぽん、と優しく手が乗せられる。そして緊張をほぐすかのように髪を梳かれた。

「食事の準備がまだなようなら先に湯あみをしてきてもいいか? いろいろあって結局入り損ねたんだ」
「——! う、うんうん。もちろんだよ! いくらでも入ってきて!」
「いつもならすでに夕食をとっている時間だし、ジョシュアも腹が減っただろ? すぐに出てくるから侍従に用意するよう伝えてくる」

 食い気味に返事をした僕に、スーちゃんは柔く笑うとそう言い残して浴室へと向かった。
 しばらくそこに立ち尽くしていた僕は、あることを危惧する。

「スーちゃんはもしかして僕のことを、色気より食い気とでも思っているのかな」
 
 もしそうならば由々しき事態だ。
 今後のことを意識して緊張しているのは僕だけで、スーちゃんは普段通りに見えた。

 食事の時によく食べさせてくれるのも、親鳥がひな鳥に餌を与えるように、餌付け感覚だったのだろうか。
 それはレ―ヴ陛下が昼間に言っていたように、ただの「親子」じゃないか……!

 これじゃあだめだ。
 僕は急いでリビングに戻ると、モブ君を呼んで色々な薬を保管している、例の白い棚へと向かった。
 2段目の引き出しを漁ると、お目当てのものが姿を見せる。

 傍にやって来てたモブくんは、僕が手にするものを見て「なんですか?」と首を傾げた。
 引きだしから取り出した道具──大人のおもちゃを両手に、にんまりと笑う。

「へへ、知りたい?」
「いいえ。ジョシュア様の笑顔でなんなのか想像がつきましたので」
「そこは聞いてよ~」

 モブ君の意見は聞き流して、両手にあるのものがどんなものか、説明することにした。

 右手に握っている棒状のものは、浄化魔法と弛緩効果があり、主に前戯で使われるものだ。
 特に男性同士の番やカップルならば、常にストックされているぐらいには、必須アイテムである。
 太さも前世で言うところの単一乾電池ぐらいだしね。

 一方の、左手で掴んでいる袋に沢山入っているものは円滑剤だ。
 カラフルな飴玉のように可愛くて、中にいれると熱で溶ける優れモノだ。

 僕のは特にいいやつで、媚薬の成分も少し入っている。
 この二つがあれば僕のお尻も、あの狂気——いや凶器的なスーちゃんのモノであろうとも、負けることはない!

 ……まあ、そんな展開が今夜起きるのかと言えば、それはないと断言できた。

 スーちゃんの性格を考えたらありえないし、それにいくら優れた玩具があっても、あんな凶器がたった1日で入るわけがないのだ。

 でも、なにもないとは言い切れない。
 それこそ触り合いっこぐらいなら、あるかもしれないじゃないか……!
 
「絶対に誘惑してやる!」
「……ジョシュア様は本当に、容姿と中身の不一致がひどすぎる」
「それって誉め言葉?」
「いいえ」
「まあいいや。はい、モブ君。このおもちゃをリビングのソファとか寝室とか、なんか起きそうなところに隠しにいくよ!」

 持てるだけ道具を腕に抱えて、リビングのいたるところに隠していく。
 そして、次は寝室だ! と移動しようとしたところで、ガチャっと音をたてて扉が開かれた。
 浴室から戻ってきたスーちゃんの姿を見て、全身の筋肉から力が抜けていく。
 ぼとぼと、と鈍い音を立てながら、腕に抱えていた道具が床に落ちていった。

「ジョシュア?」

 僕の全神経はスーちゃんに向いていた。
 だって……

「なんでそんなエッチな恰好しているの⁈」

 黒いガウンを羽織っただけのスーちゃんが、目の前に立っているのだ。
 ゆるく着ているせいで、盛り上がった胸筋だけでなく、その下に続く見事な腹筋も少しだけ見えている。
 しかも髪の毛はしっとりと濡れていて。
 これまでに見たどんな姿よりも遥かにエロ過ぎる姿に、悲鳴が出そうだった。
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