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第6章:触れたくて、すこし怖い

■ノクティスSide:可愛いにもほどがある04

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 固まりそうになる口角を無理矢理に持ち上げてなんとか堪える。
 さっさと話しを聞いて帰ろう。どっと疲れを感じたからか、無性にジョシュアに会いたい。

「陛下、からかうのはおやめください。話を戻しますが、具体的になにをすればいいのでしょうか?」
「大公は特になにもしなくていい」
「それではなんの力にもなれないと思いますが……」
「私が必要としているのは、大公自身が持つ『信頼』だ」

 予想していなかった言葉にほんの一瞬だけ動きが鈍くなる。

「私の信頼、ですか?」
「そうだ。これまで大公はベルデ領を治めてきた。それがどれだけ多くの者達を救い、支えになっていたのか自覚していなかったのか?」

 一度も考えたことがなかった。自分のしていることが他人にどう作用するのかなど。
 ましてやそれが「救い」になるなど。

「領民だけではない。ベルデ領周辺の領地を治める貴族を含めて、領地貴族から支持されている。これは長い時間をかけて大公自身が築きあげたものだ」

 おかしな話だろう。
 誰かに認めてもらいたくて治めてきたわけではないのに。
 贖罪するつもりで言わるがまま生きてきた過去が、たった一言によりほんのわずかな意味を持つ。
 しかもそれを教えたのが、よりによって他人より遠い存在であるはずの弟。

「他種族を警戒している者達の多くは、慣れていなくて慎重になっているだけだ。今は説得よりも、少しでも多くの者に種族が違えど我々と変わらないということを、知ってもらうことの方が大切だろう。いうなれば、引き続きイチャイチャしてくれるとなお良い。実際に、二人の様子を見た多くの者は王子に対して好印象を抱いている」

 イチャイチャ……
 単調な語り口から本人は至極真面目に話しているつもりだろう。だが、これまで気配を消していた宰相と秘書の2人が動揺するのも当然で、あまりにも似合わない台詞だった。

 ふと目があった宰相がまるで言い逃れをするように視線をそらす。
 きっと「イチャイチャ」という言葉を教えたのも彼なのだろう。
 仲のいい夫婦や恋人には「にゃん」をつけて呼び合うと教えたり、宰相は陛下を残念な変人にでもしたいのか?

「……そういうことであれば今よりもお力になれるかもしれませんね」

 ちょうどいい。イチャイチャしろというのなら、俺もまた例の件を言いやすい。

「本日からジョシュア王子と同じ部屋で生活することにしました。私達の関係が政略的なものではなく、恋愛関係にあるという説得にもなるでしょう」
 
 さすがの陛下も驚いたのかわずかに瞳が大きくなる。
 この国では婚約者が同じ部屋で生活して寝室を共にすることは、実質「結婚する」と宣言したも同然。
 貴族にとっての結婚とは家同士のつながりを目的とするため、婚約の時点では万が一の場合を考えて避ける行為だ。

 特に女性にとっては自殺行為ともいわれていた。
 婚約が破綻した場合は、純潔ではないとみなされて正妻になるのも、良い家柄に嫁ぐことも難しくなるためだ。
 この国でそんな行いをするのはよほどの馬鹿か、もしくは大恋愛をしている者だけと、良くも悪くも噂になる。
 
「……大公は本気で王子を好いているのだな」

 その時、独りごちるような陛下の呟きが耳に届いた。
 あまりにも小さすぎて、獣人でもある俺以外には聞こえなかっただろう。
 だから返事をするつもりはなく、静かに聞き流すつもりだった。だが、独りごちる姿がどうにも頼りない幼子のように見えて、気づけば口を開いていた。

「一つ言い忘れたことがありました」

 シェンに連れ去られたジョシュアを迎えに異空間へと入ろうとしたとき、陛下は心底理解ができないと言いたげに俺を止めた。
 危険を考えたら自ら迎えに行くのは愚かだと。そう言った陛下の瞳には、同時に形容し難い感情が乗っているように見えたのだ。

 もし、陛下にとって最も大切な存在が目の前で攫われた時。俺を止めた時と同じ理由や、背負った「責任」により、自ら救いに行く事をしなかったとして。
 その時に彼は何を思うのだろうか。

 冷めたような瞳が心底嫌いだと思っていた。
 なのに、いざ感情が揺れ動く紫の瞳を見たら、ふとした瞬間ささくれがひっかかるように、心が痛んだ。
 陛下もまたこの国の犠牲者だと、認めなければならないから。

 なぜ、多くの者達から愛情と称賛を受けて育ったはずの弟が、笑うことがない無機質な人間でいるのかと。
 違和感を認めたら、憎むことができなくなるから、見ないふりをしていたかったのだ。

「陛下に命令でなくとも力を貸してくれるのかと聞かれた時、私はジョシュア王子にかかわることであればとお答えしました」

 これは誰として、誰に対して送る言葉なのだろう。
 
「ですが……もしも、陛下が本当に困った時には、手を貸すのも悪くないと思っています」
「……自ら敵を作りに行くほど、ベルデ領には余裕がないのではなかったか?」
「ですから本当に困った時、と申しているのです。それに私にはこれまで築いてきた信頼があるそうですから。なにより陛下に恩を売るのも悪くない話でしょう」

 こんな時になって、ジョシュアの言っていたことが理解できた。
——スーちゃんは優しすぎるから、あれもこれもって背負いすぎてつぶれちゃうタイプじゃん。
 ジョシュアは俺のこういうところを見抜き、心配していたのだと、思わず胸中で苦笑してしまう。
 
「大公は王子と出会ってから変わったな。……優しい目をするようになった」
「返しきれないほど、多くのものをもらってばかりです」

 そうだ。ジョシュアから教えてもらったのだ。
 不器用な愛し方を。

——別に僕はさ、自分の幸せが脅かされなければ他がどうなろうと気にしないタイプだよ? 
 優しすぎるのはいったいどちらなんだと言ってやりたい。
 確かにジョシュアは誰にでも手を差し伸べるような男ではない。だが、自分の懐に入れた者達を見捨てる男でもないのだ。
 仮に自分の幸せを捧げることになっても、守ると決めた者の手を最後まで離さない。

 そんな男の愛し方は、意地っ張りで健気で不器用で……。

「それに、可愛くて可愛くて仕方がないため、ほとほと困っています」
 
 苦しいぐらしいに愛おしい。

 

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