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第6章:触れたくて、すこし怖い

■ノクティスSide:可愛いにもほどがある01

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 ジョシュアを部屋に送り、「また夜に」と告げて来た道を戻る。
 そうして、いつの間にか辿り着いていた自室の前。
 扉を開けようとレバーハンドルを握った時、少し前に交わしたジョシュアの言葉が蘇った。
 
 ——スーちゃんになら何をされてもいいんだ。
 
 思い出した瞬間、全身がカッと熱くなる。
 つい力んでしまった右手の中では、レバーハンドルがギシギシと音を立てていた。

 それがどういう意味になるか。
 あいつは、分かって言っているのだろうか……
 俺がジョシュアを好きで、そんな男を部屋に誘い、あまつさえ「何をされてもいい」だと?

「——っくそ」

 どう抑え込んだらいいのか分からない。
 これまでに経験したことのない感情が、溢れて止まらないのだ。 
 鼓動は激しく、息苦しさを感じる。詰まりかけた呼気をどうにかして吐き出すと、ぽわわん、とまたジョシュアの姿が思い浮かぶ。

「おや、ちょうど大公もお戻りになったのですね」

 思わず抱きしめたくなるようなジョシュアの面はゆげな笑みと、一心にこちらを見つめる熱っぽく潤んだ瞳。

「そんなにも思いつめた顔をされてどうなされました? こちらは陛下との謁見も問題なく取り次げましたが、なにか気にかかることでも?」
 
 そして、不安そうで、けれども己の全てを委ねたような甘えた声。
 あんな表情。誰がどう見ても——
 
「——可愛すぎるだろ……」
「大公——」
 
 バキッ。
 何かが折れる固い音。気づけば叫んでいた、自分には到底似合わない言葉。
 そして、「大公」と俺を呼んだ第三者の存在に、全身が発熱する。

「……大公」
「~っ、違う、今のは」 
「いいのです、いいのです。恋をすると誰しも変わるものなのですから」
「……」

 俺はいつの間にか隣に立っていた秘書から顔を背ける。
 握りこんだままの、根元から折れてしまったレバーハンドルを、背中へと隠しながら。
 そして咳払いをひとつして、何食わぬ顔をつくる。
 この状況を誤魔化すには無理があると分かっていても、羞恥心で誤魔化す他ないのだ。
 
「ゴホン。……それで、陛下と謁見はできそうか?」
「……。ええ、問題なく。2時間後に執務室へと直接来るように、とのことです」
「そうか。では私は湯あみをするため、また後で──」

 そうして部屋に入ろうとして固まる。
 そうだ、入れないのだ。
 なぜなら扉を開けるためのレバーハンドルは、俺の背中で隠れているのだから。
 
「湯あみもいいですが、先に部屋を変えましょう。……扉からレバーハンドルが消えてしまいましたしね。このままでは部屋に入れません」
「…………」
「良かったですね。本日よりジョシュア様の部屋に移動されますし、何ら問題はございませんよ。この後、荷物を運ぶためにも部屋の扉は外してしまいますが、よろしいでしょうか?」
「…………すまない」
「いえ、恋をしていたらよくあることです」

 ……いや、決して恋をしていようとも、よくあることではないだろう。
 なかったことにはできないと、手のひらに感じる無機質な冷たさが、無情に告げているように感じる。
 なにより、分かりやすい励ましや、生温かな視線——それもたいして歳の変わらぬ同じ男から向けられると……。
 この上ない恥ずかしさを感じるには十分だった。

 
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