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第6章:触れたくて、すこし怖い

変わる考え03

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「……ほんと敵わないや」

 スーちゃんってば、いつからこんなにも余裕たっぷりな男になっちゃったのかな?
 殻に閉じこもっていた自分を捨てて、前へ前へと進んでいく姿を眩しく思う。
 僕は表情を隠すように、スーちゃんの首に顔を埋めて呟いた。
 
「──ありがとう」
 
 何を犠牲にしても守ると言ってくれて。
 そんなの「だめ」だなんて言ったけど、嬉しかった。最低なことだけれど、嬉しかったんだ。
 ここに来た理由を思えば、否定しなきゃいけないことだろう。
 スーちゃんに「生きて」欲しくて、命を奪うイベントを回避させるために僕は来たのだから。
 それでも、好きな男にそこまで言われて、これほどの決意を見せられたら、ダメだった。最低だけれど、喜んでしまったのだ。
 彼を救いたいと誓ったように、もしもスーちゃんも自分の心に誓ってくれたというのなら……

「そ、そこまで云うなら僕のこと守ってね! その代わり僕も守るから!」
「ああ」
「~っよ、余裕でいられるのも今だけだぞ! 僕も負けないからね、僕の方が100万倍強くて、ムキムキで、カッコイイ男になっちゃうからね! そしたら、悲しい思いなんて絶対に絶対に、ぜぇーったいにさせないんだからなっ」
「100万倍か。それは楽しみだな」
 
 破顔して頷く彼の姿が、本当に幸せそうで……
 照れくさいからか、なんなのか。
 形容し難い、温かいなにかで胸がいっぱいになるから、僕は思わずむぅーっと頬を膨らませてしまう。
 すると揶揄うように長くて骨ばった人差し指が、膨らんだ頬をつん、と突っついてきた。
 ぷすーと空気がぬける音を聞きなら、なんだか悔しくてイタズラを思いつく。


「そういえば!」
 
 右手を上げて見ろと言わんばかりに、スーちゃんの顔の前に持ってくる。
 そして、わざとらしくしゅんと眉尻をハの字に下げた。

「僕の右手、ぺちんってされた……いたぁい……」

 幼さをうかがわせる口調に、大袈裟なぐらいわかりやすいぶりっ子。
 それを見たスーちゃんは、さきほどまで自然に僕を抱きしめていたというのに、右手に触れようとして留まる。行き場をなくした両手は戸惑うように上下を泳ぎ、力なくソファの上へ。

「さっきは悪かった……触ってもいいか?」

 えぇ、ご、ごめん……。この反応は計算外だった。
 わかりやすい演技に『調子に乗るな』と一蹴されると考えていた。もしくはいつものように頬を抓られたり、デコピンされたり、とにかくおちゃらけた雰囲気になると思っていたのに。
 だが実際は、しゅんとしてこちらをうかがう様子に心臓をわしづかみにされる。
 スーちゃんの背後に、反省をして耳を伏せる大型犬の幻影を見てしまった。
 僕の作り出したあざとさなど太刀打ちできない、この可愛らしさ。まがい物では天然に勝てないということか。
 いや、待てよ?
 そうなると、これからもし喧嘩をして怒っていても、僕がスーちゃんに勝てる回数は圧倒的に少なくなるんじゃないだろうか。
 尻に敷かれるのも、手のひらで転がされるのも、実は僕の方なのか!?
 
 「し、しかたないな~。いいよ触っても」

 スーちゃんの尻に敷かれる僕、悪くないかもしれない——と思ったが、スーちゃんって意外と厳しいから叱られる未来ばかりが脳裏に過った。
 さすがにそれは嫌だ。もうしばらく主導権は半分こにしたいところである。
 それに、むくりと悪い考えが浮上してしまった。

「僕のお願いなんでも1つ聞いてくれる?」
「わかった、なんでも言ってくれ」
「おぉ……」
 
 良心につけこんだのは僕だが、即答の早さに思わず心配する。
 仮に相手が僕でも少しは悩んだ方がいいのではないか。
 こんなに隙だらけだと悪知恵ばかりが働く者にいやらしいことをされ放題だよ。
 そう、例えば……

「僕と、同じ部屋で一緒に生活しませんか? もちろん、夜は同じベッドで寝ます」
「——!」
 
 言った! ついに言ったぞ……!
 内心ではドキドキだった。涼しい顔をしていても心臓の音はうるさくて、スーちゃんに届くのも時間の問題だろう。
 実は少し前から考えていたのだ。もっと一緒に居たいし、時間を増やしたいな、と。
 
「僕達は男同士だし、その、男女と違って正式な手続きもいらないからどうかなーって。……もちろんスーちゃんがいいなら、だけど」
 
 獣人、妖精族、龍人は男でも子を産むことができる。
 でもそれには時間がかかるし、色々と事前に準備が必要だ。
 率直に言うならば、男同士はうっかりで子供はできないから未婚の二人が寝室を共にしても見逃されているのである。
 とはいえ、貴族はこういったことにうるさい。
 しかも相手はこの世界の——ひいては獣人よりはるかに貴族のしきたりが厳しい人間の中で育ったスーちゃんだ。
 早まってしまったかなーと、徐々に不安が押し寄せてきた頃。
 スーちゃんの指先が顎のラインを辿るように僕の頬を撫でた。
 そうして、包み込むように頬を包まれ、落ちかけていた視線を戻される。
 
「わかっているのか」
「へ?」
 
 聞きなれたはずの低い声に、ぴるるっと三角耳が反応を示す。
 熱を伴った、どこか蠱惑的な響きに、思考が甘く痺れた。

「俺はお前が好きなんだぞ。そんな男と一緒に寝室を共にすることがどういうことか——わかっているのか?」

 そうっと、親指が僕の唇をなぞれば、とたんに体が火照っていく。
 きらきらと輝く光を注いだような美しい瞳に捕らわれる。

「うん……わかってる。スーちゃんになら何をされてもいいんだ」

 鼓膜を打つ、震えた自分の声でゆるりと思考が動きだした。
 気づけば僕は知らぬ間に答えていたのだ。頬を包み込む男らしい手のひらにすり寄りながら。

「今夜、お前の部屋に行く」
 
 色香をまとう双眸は凛然と美しく、獣のように僕を捕らえた。

 
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