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第6章:触れたくて、すこし怖い
変わる考え03
しおりを挟む先ほどよりも顔が近づく。
鼻先が触れあいそうな距離で、低くて艶やかな声音が耳に届いた。
「じゃあ──守らせてくれるんだな?」
「~!!!」
浴びるような色気の前に、体がカッと熱くなる。
心臓が煩くなるばかりで思考力が落ちた僕は、真一文字に口を引き結んで気づけばコクコクと頷いてしまった。
「ふん。やっと認めたな」
「!?」
すると、ソファの背もたれに身を預けながら、スーちゃんが勝ち誇ったように笑った。
その表情でようやく今までの流れがわざとだったと気づく。
「卑怯だっ。そんなハニートラップみたいなこと、一体誰に教えてもらったんだ! 僕はそんなふうに育てた覚えはないよ!」
「育てられた覚えもないがな」
スーちゃんが鼻を鳴らす。まんまと騙されて、悔しさがこみ上げてきた。
「今のはなしだよ前言撤回するっ」
「お前はほんとに我がままで自分勝手だな。撤回はさせない。それに、なぜ頑なに拒むんだ」
「自分のせいで大切な人がなにかを犠牲にしたら嫌だからだよ」
「俺も同じだ。俺のためにジョシュアが傷つくのは嫌だ」
「うっ……そ、それに僕はスーちゃんにはこの世界で誰よりも幸せになってほしいし!」
「そうか。なら一緒に、だな」
「——っ」
それ以上の言葉なんか見つかるはずがない。こんなにも迷いなく思いを告げられて、否定なんてできなかった。
思えば、僕はいつから「どうせ無駄だから」と、諦めるようになったのだろう。
傷つくぐらいなら相手にはなにも求めないと。弱くなるぐらいなら身勝手に生きようと。
そう思ったのはいつからだったか。
けれどスーちゃんの言葉により、「期待をするな」と何度も自分に言い聞かせて錆び付いてしまったなにかが、動きだす。
この人だけは……この人の心だけは──信じたい。
口を閉ざすと、スーちゃんが僕の名前を呼び頭を撫でた。
まるで子供に接するような雰囲気だったが、肩の力を抜けとそういわれているような気がした。
「悪いな。ジョシュアが嫌だと言っても、やっぱり俺はお前を守ることを第一に考える。約束したからな。一緒に幸せになるって。思い出も沢山作るんだろ?」
「~っ」
ああ、そうだ。そう約束をした。
だから……
「最後に聞かせて。僕は……スーちゃんが望むなら表舞台から消えてもいいと思っている」
スーちゃんの口からもう二度と失いたくないと聞いた時、そう考えた。
この国にいる限り……いや、正しくは皇太后が生きている限り、スーちゃんはきっと不安を抱えたままだ。
過去の悲惨な事件のように。僕もまた彼女の毒牙にかかるのではないかと。
だから、僕が静かに生きることで、スーちゃんから不安を取り除けるならば、かまわなかった。
表舞台から消えて、二人きり、誰も知らない場所で生きても。
「それは……」
なにかを迷うようにスーちゃんは苦く笑った。
「俺にとっては都合のよすぎる話だな」
「だったら僕は──」
「だが、その選択はしない。……ジョシュアを隠して、誰も知らない場所で生きれば平和は手に入れられるかもな。でも同時に、大切なものには二度と会えなくなる」
「大切なものって?」
問いかけに返ってきたのは、花のように美しい笑顔だった。
「俺は自由でころころと表情が変わるお前好きだ。よく笑い、かと思えばすぐに拗ねて、また笑って……。誰かと話している楽しそうな姿も。夜の空を見上げて美しさに目を細める姿も」
言葉を止めて一呼吸を置き、スーちゃんは僕の目を覗き込むように告げる。
「俺はそんなお前と一緒に生きたい」
視界が滲みだす。鼻の奥がツンと痺れ、熱いなにかが込み上げて苦しい。
僕はずっとスーちゃんが怖かった。
己の生に無頓着で、いつだって消えちゃいそうな横顔が怖かった。
誰かを見ているはずなのに、誰も映していなかった瞳を恐れていた。
……でも変わっていたんだな。
想像よりも遥かに、彼は前に進み出していた。
そして、その先で僕という存在を認め、受け入れてくれたのだ。
ずっと守らなきゃと思っていたけれど、違う。
ずっと幸せにすると思っていたけれど、違う。
スーちゃんはあの日の約束を叶えるために、僕を守り、僕と『一緒に』幸せになろうとしている。
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