47 / 76
第6章:触れたくて、すこし怖い
変わる考え01
しおりを挟む「あ! そうだ、じゃあ、せめてこれぐらいはさせてよ」
僕はスーちゃんに手袋を外してもらうように頼む。言われたとおりにしてくれたスーちゃんは、少しぎこちない様子で手を差し出した。
「まだ魔力が落ち着かないと思うから、僕が鎮めるのを手伝うね」
これからすることを説明し、スーちゃんと手を重ね合わせて指を絡ませる。
いわゆる恋人繋ぎってやつだけど、けっしてこれがしたいが為に提案したわけじゃない。
……まあ、確かにちょっと役得だな、とかは思ってしまったけれども。
触れ合った肌から伝わるようにゆっくり、ゆっくりと僕の魔力を注いでいく。僕の体を覆うように現れた光の粒子が、流れ込む魔力に合わせて、スーちゃんの体を包み込んでいった。
「どう? 少しは楽になると思うんだけど」
「ああ。すごいな。さっきまでの怠さがかなり楽になった」
「へへ、よかった! 僕の祖国ではね、先祖返りの子が魔力の使い過ぎで苦しい時にはこうして癒す——」
言葉が途切れる。
急に押し黙った僕を、不思議そうに紫の瞳が見上げていた。
「あのね、僕の国にも獣人同士の夫婦から人間の姿で生まれてくる子供達がいる。そういう子達を僕らは先祖返りと呼んでいるんだ。それで、僕の国では……」
その子達は忌避などされず、差別など受けず。
むしろ珍しい人間の姿は特別でかっこいいだろうだなんて言い合えるぐらい、愛されて育つ。
そう説明をしたいのに、僕は声が震えそうになってしまった。
勝手に胸を痛めるのは違う。スーちゃんが抱える痛みに寄り添っていいのは、自らが傷ついた過去を見せてくれた時。
だから、今じゃない。
僕は心にひっかかる思いを飲み込んで、伝えるのを止めてしまった言葉を、普段よりも丁寧に慎重に音にする。
「——特別で、かっこいいだろうって人気なんだよ」
向かい合う瞳が揺れた。表情を隠すかのように、ゆっくりと視線が落ちていく。
「そうか……。お前たちの国では特別で、かっこいいのか」
「うん。特別で、かっこいいって──なんか僕にとってのスーちゃんみたいだよね」
刹那、弾かれたように愛おしい顔が僕を見上げる。
握りあったままの手を優しく解いて、今度は僕がスーちゃんの頬を包み込んだ。
「スーちゃんは僕にとっての宝物だから」
逞しい腕に腰を抱き寄せられる。
立ったままの僕のお腹に、スーちゃんは顔を埋めて「そうか」とだけ静かに呟いた。
僕の目には、溢れてしまいそうな何かを、堪えているように映った。
「……俺は、ジョシュアが居ればそれでいい。それ以上望むものはない」
誰に聞かせるでもない、独り言ちるように零れた言葉。空気に溶けてしまいそうなほど小さい声。
僕は指を絡めるように黒髪を梳きながら、僕を迎えに来た時に見せた不安定なスーちゃんの姿を思い返していた。
らしくなく、やけに感情的にシェンに突っかかっていたことは、変容していたせいで興奮していたからだと納得がいく。
だが、変容が起きる前であろうあの時。
『……お前がいない世界に未練などない』という台詞に、背筋が震えるような低くて冷たい声音と、迷いがない毅然とした瞳。
ちぐはぐな印象を受けたその時に、不安を感じたんだ。
本当にすべてを捨ててしまいそうな気がして。
「……ねえ、スーちゃん。僕を迎えに来てくれた時に言っていたあれは、本気?」
実はその時のノリでした、なんて言われたらそれはそれで泣いてしまうだろうが。
心の中で悔し泣きをしながらハンカチを噛む僕を思い浮かべていると、スーちゃんが顔をあげた。
「ああ、本気だ」
迷いなく断言する姿や、力強い双眸。
さすがに僕の妄想が見せているわけではないだろう。……いや、そうだよね?
なんてそんな馬鹿なことを考えながら、胸中はもどかしさでいっぱいだ。
そんなの望んではいないから。
確かに、少し前の僕はそれを求めていたのだろう。
自分を犠牲にしてでも何かを差し出すことを「愛」と呼ぶのだと勘違いしていたから。
——僕の為に死ねるほど愛してほしい。
そう、渇望して苦悩した時もあった。
だから、サナ皇后が羨ましくて、愛する女のために死を選んだ大公に焦がれたのだ。
けれどそれは、偶像に恋をして、ノクティス——スーちゃんに心底惚れる前の話しだ。
今は僕の為に、僕が愛する者が死ぬなど耐えられない。
それが例え、愛によるものだとしても。
だから未練がないだなんて言わないでほしい。多くの好きを見つけてほしい。
115
お気に入りに追加
5,842
あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。



私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。