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第6章:触れたくて、すこし怖い

秘密に触れるとき06

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「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。この薬を飲んだらあっという間に治るからさ」

 空気に似合わぬ声音で快活に告げる。
 ゆるりと反応を示したスーちゃんは瞠目し、逸る気持ちを押さえつけるように、喉仏が上下に動いた。
 僕は肩にふれたままの大きな手を取り、小瓶を手のひらに乗せた。

「薬を飲んだらすぐに落ち着くと思う。あと、今はとにかく魔力に抗わない方がいい」

 僕はそこで口をつぐむ。しかし、すぐに浮上した迷いを飲み込むと、固まってしまいそうな重い口角を持ち上げた。

「体が獣人化しようとしているときは、無理に押さえつけるんじゃなくて、魔力の流れに身を任せた方が早く元通りになるから」
「——!」
「……僕は部屋の外で待っているから薬を飲んで落ち着いたら呼んで。……いままでスーちゃんの秘密を知っていたのに言わないでごめん」

 それだけを伝えて僕は部屋を出た。念のために、他の誰かに中の様子が伝わらないよう阻害魔法を周囲にかける。
 
 そうして訪れた静寂のなか、扉に背を預けて向こう側に居るスーちゃんの表情を想像した。
 僕の後ろ姿を見つめながら彼は一体どんな表情をしていたのだろうか。
 軽蔑? 猜疑? それとも、嫌悪?
 思い浮かぶのはどれも最悪なものばかり。
 
 結局、名前を呼ばれるその時まで、僕は緊張でろくに身動きさえもできなかった。



 どれくらい時間が経っているのか、正確なことは分からない。
 ただ、立ちっぱなしの足はさほど疲れてはいないから1時間は過ぎていないのかと考えた時、タイミングを見計らったように、内側から扉が叩かれた。
 
「ジョシュア。……いるか?」
「うん」
「そうか。もう、入ってきていいぞ」
「わかった」
 
 何度か深呼吸を繰り返してレバーハンドルを握る。落ちそうになる口角を慣れたように釣り上げると、笑みを浮かべて扉を開けた。
 中に入ると疲れた様子のスーちゃんが出迎えてくれる。そして、三人掛けのソファの前に移動すると振り返り、立ち尽くしたままの僕を見て首を傾げた。
 
「どうした? 座らないのか」
「うーん……」

 我ながら歯切れの悪い返事だった。
 なにもないふりをすべきなのに、こうしている今もスーちゃんがどう考えているのかが気になって、平常心でいられない。
 それでも突っ立ったままというのも不自然かと思いソファに腰を下ろしたスーちゃんの前まで移動する。だが、隣に座るのは気まずくて歩みは止まった。
 自分の正面に棒立ちになる僕を見上げて、スーちゃんは呼気を漏らすように小さく笑みを零した。
 
「お前がしおらしく、そんな顔をしているとかえっていじめたくなるな」

 僕を映す紫の瞳は優しく、綺麗なままだった。
 先ほどまで脳内を駆け巡っていた冷たい瞳の影は少しもない。

「薬をもらえて助かった。……お前が知っていたことには驚いたがそれだけだ。そんなに気に病むことじゃないだろ?」
「でもずっと隠していたから。……どうして知っているのか、いつから知っていたのか、聞かないの?」
「……」

 スーちゃんは何かを言いかけて迷うように口を閉ざす。だが、すぐに空気を換えるように明るい声を出した。

「聞かない」
「どうして?」
「聞いても意味がないと思うからだ。……俺は、お前が攫われた時、一刻も早く会いたくて秘密がバレるかなど、そんなことを考える余裕もなく追いかけていた。陛下には「行くな」と止められが、他の誰かに託すつもりはなかった。龍人を相手にするのだから当然、魔力を使わないで済むはずがない。それも大量の魔力を使用するであろうことは覚悟の上で、だ。……例えもう一度同じ状況になっても、俺は迷わずにジョシュアを迎えに行く」

 僕の両手を大きな手が包みこむ。
 真っすぐに僕を見上げるスーちゃんは柔らかに微笑んで「お前が居ればそれでいい」と囁き、僕の指先にキスをした。

「~っ、ずるいだろ、そんなの。……そんなこと言われたら、僕はもう『ごめんね』なんて言えなくなるじゃんか」
「はは、それはいい。なら、今からジョシュアがこのことで謝ったらそれこそ俺は怒る。いいか?」
「ぅううッ」

 顔を覆いたいのに覆えない。だって、僕の手はスーちゃんの手のひらの中だから。
 だから仕方なく耳を激しくピコピコと揺らして、行き場のないこの思いを発散した。
 もう、僕の好きな人が優しすぎて、格好良すぎて、困る……!
 こんなに優しくされてばかりで、僕はいったい彼になにができるだろうか。
 もらってばかりいる幸福をスーちゃんにも渡したいのだ。
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