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第6章:触れたくて、すこし怖い
秘密に触れるとき04
しおりを挟む「——っ。すまないが、しばらく一人にしてくれ」
紫の瞳が悲しげに揺れる。
呆然とした僕を見つめたスーちゃんは、深く傷ついた表情をしていた。
そして、返事も待たずに馬車に乗り込むと、すぐにこの場所を離れていく。
一人残された僕はジンジンと痛む手の甲をさする。
こうして彼に拒絶されるのは久しぶりで、過ぎた記憶を懐かしくさえ思った。
傍に控えている侍女が、気づかわしげにこちらを伺っているのに気づいて声をかける。
しかし、視線はいつまでも遠のく馬車に引き寄せられたままだ。
「スーちゃん——いや、大公はどこに行くか聞いてる?」
「はい。先に賓客宮へと戻るそうです。ジョシュア王子にお伝えするようにとご指示いただいておりました」
「そうだったんだ。ありがとう」
「あの、ジョシュア王子……、大丈夫ですか?」
ここでようやく縫い付けられたように外せなかった視線を、侍女へと向けることができた。
目が合った刹那、侍女がわずかに息をのむ。彼女は表情に力を入れると、動揺を瞬時に押し殺した。
「はあ……ほんとう、なんでこのタイミングなんだろうね」
きっと僕は、酷い顔をしていることだろう。
本能に震える今の僕は——獣のように鋭く伸びた瞳孔をギラギラと輝かせて、うっとりと微笑むことを止められなかった。
*
僕は転移魔法を使用して、一足先に賓客宮にある自分の部屋へと戻ってきていた。
転移魔法を使用するには膨大な魔力が必要なのだが、そこはまあ……あれだ。
シェンから鱗を拝借したのである。
酷い話だと自覚しているが、ピクニックをしていたあの森から、賓客宮まで歩いて帰ろうとしたら一時間近くはかかるだろう。
それに馬車も出払っていて、他が到着するにはいつになるのか不明だった。
僕には時間がなかったし、そこに便利な物があるのだから、そりゃあ使わなきゃ損というやつだ。
……ただ、シェンにはいつかお礼をしよう。
そう考えながら、自室にある白い棚の扉を開いた。
中には小瓶がズラリと並んでおり、僕は目当てのものを見つけると胸を撫で下ろした。
「あった。……はあ、よかった。念のためにひとつ多く持ってきて正解だな」
様々な薬を保管していた棚から、一つの小瓶を手に取る。
細やかな飾り掘りが施されたピンク色のクリスタルの小瓶は、薬よりも香水瓶として使うほうが相応しいくらいに、華やかだ。
僕は小瓶を目線の高さまで持ち上げると、光に透かして目を眇めた。
「……スーちゃんには警戒されるかもしれないけど」
頭の中に、軽蔑を浮かべて僕を突き放すスーちゃんの姿が浮かぶ。
今のはただの妄想。それでも、心臓はじくじくと痛みを訴えた。
僕はきつく瞼を閉じる。そして、次に目を開いた時には、気持ちを切り替えてスーちゃんの部屋へと向かった。
迷いがないかと聞かれたら嘘になるかもしれない。
ただ、僕がここに居る根本の理由が「スーちゃんを幸せにする」ことだと思えば、気持ちは変わらなかった。
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