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第5章:龍の花嫁
うまがあう
しおりを挟む洞窟の出口が近づいてきた。
青紫に発光している荒々しい岩肌をくり抜いたように、ぽっかりと口を開くかのような暗闇が待ち構えていた。
しかし、その遠くの方ではドレープのようにうっすらと揺らめく光が覗いている。
あの光の先を抜ければ、僕たちが暮らしていた場所へと戻ることができるのだろう。
「スーちゃん、出口に足を踏み入れたら、無事に帰れるまでは、絶対に離れないようにしてね」
万が一がないように注意をするが返事がない。
不思議に思い足を止めて振り返れば、大人しく半歩後ろをついてきていたはずのスーちゃんは、シェンを見つめて歩みを止めて居た。
「なにしてるんだよ、危うく置いていくところだったじゃんか!」
慌ててスーちゃんの元に駆け寄ると、右腕の服の裾をツンと引っ張る。
けれど、視線は未だにシェンを捉えたままだ。その瞳は憎々しい宿敵を狙うかのように、獰猛な光を帯びていた。
「おい、トカゲ野郎」
遠くもなければ、近いともいえない。
姿は見えるが、大きな声を出さなければ声が届かないであろう距離で。
「もう二度とジョシュアの前に現れるな。次に同じことがあればその時は必ずとどめを刺す」
冷々と目を細めて、唾棄するように宣戦布告をする。
「ちょっと、スーちゃん……!」
そんな不良みたいな雰囲気で、僕をどうしたいんだ!?
悪役と言わざるを得ない粗野な姿に、思わず胸がときめいてしまったではないか。
さっきまでのスーちゃんはなりふり構わず、理性を失いかけていたから、萌える余裕なんてなかった。
でも今は、少しだけ発散したおかげか、口は悪くとも理性は働いているようだ。
なにより瞳に影はなく、凜然とはっきりしていた。
そんな状態でなおも推しがやさぐれているのだ。
誰に対しても品行方正であろうとした猫かぶりのくせに。
思春期の男の子みたいなグレた態度を見せられたら、ギャップで萌えずにはいられない。
きゅんとする心臓に堪えきれず、ぐっと胸もとを抑えつけたとき、遠くにあったはずの気配がすぐ近くへと現れた。
「犬っころよ。貴様、またしても我を殺すと言ったか?」
それは紛れもなくシェンの気配で、二人はまたしても額を突きつけ合う勢いで口喧嘩をはじめる。
「言ったが、それがどうかしたか」
「……犬のくせして龍に勝てると?」
とたんに、スーちゃんが鼻で笑い一蹴した。
「トカゲごときに負けるはずがない」
……実はこの二人、仲がいいのではないか?
誰に対しても素を見せようとはしなかったスーちゃんが、これほどまでに感情をあらわにしている。
飄々としていたシェンも、今では目をランランとぎらつかせて、好戦的な態度を隠そうともしない。
やっぱりこうしていると僕だけが除け者みたいだ。
これでは僕のスーちゃんなのに、なんだかおもしろくない。
貴重な姿を知るのが僕だけではないことに対するやきもちなのか、もんもんとした気持ちが胸に渦巻く。
しかしその時、埒が明かない問答がさらに過激化した。
「ジョシュアよ、我は決めたぞ」
「ん? 喧嘩は終わった?」
「いいや。この犬っころと決着をつけるためにも我も共に行くことにしよう」
嫌がることを知っていて告げられた台詞は、これでもかとたっぷりな生クリームが乗せられたケーキのように、甘い笑顔から放たれた。
「──っ! ふざけるな、トカゲはこの洞穴にいろ!」
この世界で最も嫌悪するものに出会ったとでも言いたげに、スーちゃんが全身で拒絶する。
「ギャンギャンとうるさいのう~。弱い犬ほどよく吠えるとは、まさに貴様のことだ。今すぐに骨でも咥えて一人で家に帰るがよい」
「……おまえ」
「……なんだ、やる気かのう?」
うん、もうだめだこの二人。
目前で言い争う姿から視線を外して、足元を見下ろしながら眉間をもむ。そうして殺しきれないため息を吐き出すと、僕は二人の頭上に拳骨を落としたのだった。
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