上 下
38 / 76
第5章:龍の花嫁

衝突

しおりを挟む


「ジョシュアの恋人とは、その人間か?」

場違いなほど脳天気な声。
ぴくりと気配を揺らしたスーちゃんは、なおのこと殺気を放つ。
僕の体を隠すように一歩を踏み出すと、冷たく笑った。

「さすがは龍人、か。殺せずとも、少しは怪我を負わせられるかと思ったが」

スーちゃんの口から、似つかわしくない言葉が発さられたことに、僕は驚愕した。

「す、スーちゃん! 違うんだよシェンはただ──」
「だがお前を攫った。それは事実だろ。あいつがどんなやつだろうとも、その事実は覆せない」
「──っ!」

背中しか見えない。
けれど、彼が今どんなに暗い目をしているのか、安易に想像がつく。
このままだと良くない流れになりそうで、焦りがうまれた。

だって、これじゃあ悪役街道をまっしぐらではないか……!

僕はスーちゃんを悪役のエリートにしたかったわけではなく、穏やかに暮らして欲しかったから、ここまで来たのだ。
だというのに、目前にある立ち姿からは、ゴゴゴと不穏で真っ黒な気配がたちのぼっている。

「なにより──俺が来た時のアレは……、どう説明するんだ?」

さきほどよりも一層のこと深くなった低い声に問いかけられ、シェンは首を傾げた。

「む……?」

だが、すぐにアレというのが、僕の上に覆いかぶさっていたことを指しているのだと気づき、ぽっと頬が赤く染まる。

その瞬間。

「やっぱりお前は、この場で消すべき対象だ」

スーちゃんの体から膨大な魔力が放たれ──再びシェンを襲う。
シェンはそれを右手ではらうと、「本気で我を殺すと?」と問いかけた。

絶対的な力を前に、普通の人ならば馬鹿なことを言ったと、怖気付くものなのだ。
けれど、スーちゃんはなんの迷いもなく、シェンとの距離を詰め──素早く突き出した右手の指先は、シェンの胸元にある逆鱗ごと、心臓を貫こうとする動きだった。
その攻撃はシェンが秘めていた、龍人がもつ残虐にも等しい気性を揺さぶる。

「面白い。我を殺せると本気で思っているようだな。人間──いや、犬風情の半端者が」
「──黙れ」

二人が睨み合う。
一呼吸にも満たない、痛いほどの静寂が過ぎ去れば、それは闘いの合図となった。

「っ、だ、だめだ……」

青紫の瞳の奥にある縦長の瞳孔が、スーちゃんを獲物として捕えている。
シェンの両腕には七色に光る鱗が浮かび上がり、鉤爪のように爪が鋭く伸びていた。
ひと振りでもくらえば、いとも容易く肉を切り裂かれるだろう。

「……やめろってば」

僕は空中を飛び交い、攻撃を繰り出す二人を見あげて、呆然と呟いた。

龍人には勝てない。
人間も、獣人も、妖精族も、勝つことなどできない。

それは、圧倒的な力だけが理由ではないのだ。
けれどまたしても、人間がその事実を知らないのだろう。

龍人を殺すことは、神殺しと言われる行為であると。
なぜならば、龍人を殺した者は必ず呪いにかかるから……──

「二人とも! いい加減にしろよっ!」

白状すると、こういう場面、何度か妄想したことがある!
よく恋愛漫画である「私のために争わないでっ」てやつだ。
でも、こうして目の前で本当に起きると、生きた心地がしなかった。

ドクドクと嫌な音をたてる心臓が苦しくて、無意識に胸元の服を握りしめたとき。

シェンが放った、人の身の丈ほどがある大きな光魔法が、スーちゃんに襲いかかる。
それを咄嗟に交わすと、魔力を帯びた剣で跳ね返すように、シェンへと切り返した瞬間──

「──!」

シェンの生み出した光魔法が、瞬く間に拳ほどの大きさに収縮して──爆発したのだ。

高濃度の魔力の塊は、周囲に存在する全てを無に返すかのごとく、轟音をたてて襲いかかる。
僕は頭上に降ってきたいくつもの岩の破片を避けながら、スーちゃんを探した。

「スーちゃん!」

残骸の上に立ち、防御魔法を展開している姿に胸を撫で下ろす。
けれども、スーちゃんの周囲を覆う魔力の質が変異していることに気づき、息を飲んだ。

このままじゃあ、ダメだ。

これ以上の魔力を使ったら、スーちゃんの体はまたしても獣人へと近づいてしまう。
彼がいつも魔法を使う度に外套を被り、一人きりになっていたのは、魔力の使いすぎで獣人の姿に変わるところを、見られたくなかったからだ。

たとえ、一人きりでいることが危険だと知っていてでも、隠そうとした姿。

だというのに、このまま戦ったら……。

「よく耐えたではないかっ! 今のはさすがに死んだかと思ったぞ犬っころ!」
「……調子にのるなよ、トカゲが」

不安を煽るように、シェンが高揚した声で笑い声をあげる。スーちゃんは感情をなくしたように、無機質に応えると、剣を握り直した。
そして、二人の体が再びぶつかり合う。

「……」

何度呼んでも、止まらない。
僕の声など、聞こえていないのだ。
戦うことが大好きな種族である龍人と、暗い考えに引きずりこまれて平静を失っているスーちゃん。
僕は置いてけぼりで、自分たちの世界にどっぷりと浸っているから。

「……お前らさ」

僕は腰に下げた短剣と片手剣を抜剣すると、彼らとの距離を瞬く間に詰めて。

やめろと言っているのが、分からないか?」

二人の首元に剣先を突きつけた。






しおりを挟む
感想 198

あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。