悪役王子に転生したので推しを幸せにします

あじ/Jio

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第5章:龍の花嫁

衝突

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「ジョシュアの恋人とは、その人間か?」

場違いなほど脳天気な声。
ぴくりと気配を揺らしたスーちゃんは、なおのこと殺気を放つ。
僕の体を隠すように一歩を踏み出すと、冷たく笑った。

「さすがは龍人、か。殺せずとも、少しは怪我を負わせられるかと思ったが」

スーちゃんの口から、似つかわしくない言葉が発さられたことに、僕は驚愕した。

「す、スーちゃん! 違うんだよシェンはただ──」
「だがお前を攫った。それは事実だろ。あいつがどんなやつだろうとも、その事実は覆せない」
「──っ!」

背中しか見えない。
けれど、彼が今どんなに暗い目をしているのか、安易に想像がつく。
このままだと良くない流れになりそうで、焦りがうまれた。

だって、これじゃあ悪役街道をまっしぐらではないか……!

僕はスーちゃんを悪役のエリートにしたかったわけではなく、穏やかに暮らして欲しかったから、ここまで来たのだ。
だというのに、目前にある立ち姿からは、ゴゴゴと不穏で真っ黒な気配がたちのぼっている。

「なにより──俺が来た時のアレは……、どう説明するんだ?」

さきほどよりも一層のこと深くなった低い声に問いかけられ、シェンは首を傾げた。

「む……?」

だが、すぐにアレというのが、僕の上に覆いかぶさっていたことを指しているのだと気づき、ぽっと頬が赤く染まる。

その瞬間。

「やっぱりお前は、この場で消すべき対象だ」

スーちゃんの体から膨大な魔力が放たれ──再びシェンを襲う。
シェンはそれを右手ではらうと、「本気で我を殺すと?」と問いかけた。

絶対的な力を前に、普通の人ならば馬鹿なことを言ったと、怖気付くものなのだ。
けれど、スーちゃんはなんの迷いもなく、シェンとの距離を詰め──素早く突き出した右手の指先は、シェンの胸元にある逆鱗ごと、心臓を貫こうとする動きだった。
その攻撃はシェンが秘めていた、龍人がもつ残虐にも等しい気性を揺さぶる。

「面白い。我を殺せると本気で思っているようだな。人間──いや、犬風情の半端者が」
「──黙れ」

二人が睨み合う。
一呼吸にも満たない、痛いほどの静寂が過ぎ去れば、それは闘いの合図となった。

「っ、だ、だめだ……」

青紫の瞳の奥にある縦長の瞳孔が、スーちゃんを獲物として捕えている。
シェンの両腕には七色に光る鱗が浮かび上がり、鉤爪のように爪が鋭く伸びていた。
ひと振りでもくらえば、いとも容易く肉を切り裂かれるだろう。

「……やめろってば」

僕は空中を飛び交い、攻撃を繰り出す二人を見あげて、呆然と呟いた。

龍人には勝てない。
人間も、獣人も、妖精族も、勝つことなどできない。

それは、圧倒的な力だけが理由ではないのだ。
けれどまたしても、人間がその事実を知らないのだろう。

龍人を殺すことは、神殺しと言われる行為であると。
なぜならば、龍人を殺した者は必ず呪いにかかるから……──

「二人とも! いい加減にしろよっ!」

白状すると、こういう場面、何度か妄想したことがある!
よく恋愛漫画である「私のために争わないでっ」てやつだ。
でも、こうして目の前で本当に起きると、生きた心地がしなかった。

ドクドクと嫌な音をたてる心臓が苦しくて、無意識に胸元の服を握りしめたとき。

シェンが放った、人の身の丈ほどがある大きな光魔法が、スーちゃんに襲いかかる。
それを咄嗟に交わすと、魔力を帯びた剣で跳ね返すように、シェンへと切り返した瞬間──

「──!」

シェンの生み出した光魔法が、瞬く間に拳ほどの大きさに収縮して──爆発したのだ。

高濃度の魔力の塊は、周囲に存在する全てを無に返すかのごとく、轟音をたてて襲いかかる。
僕は頭上に降ってきたいくつもの岩の破片を避けながら、スーちゃんを探した。

「スーちゃん!」

残骸の上に立ち、防御魔法を展開している姿に胸を撫で下ろす。
けれども、スーちゃんの周囲を覆う魔力の質が変異していることに気づき、息を飲んだ。

このままじゃあ、ダメだ。

これ以上の魔力を使ったら、スーちゃんの体はまたしても獣人へと近づいてしまう。
彼がいつも魔法を使う度に外套を被り、一人きりになっていたのは、魔力の使いすぎで獣人の姿に変わるところを、見られたくなかったからだ。

たとえ、一人きりでいることが危険だと知っていてでも、隠そうとした姿。

だというのに、このまま戦ったら……。

「よく耐えたではないかっ! 今のはさすがに死んだかと思ったぞ犬っころ!」
「……調子にのるなよ、トカゲが」

不安を煽るように、シェンが高揚した声で笑い声をあげる。スーちゃんは感情をなくしたように、無機質に応えると、剣を握り直した。
そして、二人の体が再びぶつかり合う。

「……」

何度呼んでも、止まらない。
僕の声など、聞こえていないのだ。
戦うことが大好きな種族である龍人と、暗い考えに引きずりこまれて平静を失っているスーちゃん。
僕は置いてけぼりで、自分たちの世界にどっぷりと浸っているから。

「……お前らさ」

僕は腰に下げた短剣と片手剣を抜剣すると、彼らとの距離を瞬く間に詰めて。

やめろと言っているのが、分からないか?」

二人の首元に剣先を突きつけた。






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