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第5章:龍の花嫁
救いの紋章は01
しおりを挟むシェンがいう恋人はきっと元婚約者のことだろう。
ベルデ領に来る前に、僕に婚約破棄を突きつけた幼なじみのことだ。
別れたことを知らないということは、ここに来る前から覗き見みることはしていなかったようだな。
それにしても、まさかあの頃の僕を好きになるなんて……。
もしかしてシェンは趣味が悪いのか?
僕ならば絶対に当時の僕を選ばないだろう。むしろ、そのぬるま湯につかりきった様子を見たら、苛立ってしまう気がした。
それほど、13歳までの僕は救いようがない馬鹿だったのだ。
この世界には悲しいことなんてなにひとつなく、ただただ童話のように愛に満ちていると疑わない。
誰も彼もが幸せな最後を迎える。
物語はいつもハッピーエンドで終わるのだと、純心に信じていた大嫌いな頃の僕。
「まあそういうわけだからさ、早く僕を返してくれないか」
昔のことを思い返したからか、心がざわついていた。
もう何年も経っているというのに。心に傷を負うほどの過去でもないのに……。
それでもジクジクと痛む心に苛立つ。
「ほんとうに新たな恋人がいるのか……?」
「ああ、そうだよ。だからいつまでもここに居るわけにはいかないんだ」
剣のある声だった。
突き放すように、八つ当たりをするように、言葉をぶつける僕は。
だが次の瞬間、耳に届いた台詞に動揺を隠せなかった。
「ならばなぜ紋章が未完成のままなのだ」
「──っ」
「新しい恋人はジョシュアを愛していないのか?」
ぎりっと気づけば強く歯をかみ締めていた。
13歳の頃に味わった屈辱と悲しみが蘇る。
まるで生ぬるい風のように、いくらもがいても全身にまとわりついて消えない記憶が。
──愛しているよ、ジョシュア。
──俺たちならきっと幸せな家族になれるさ。
──この世界のすべてを捨てても俺はジョシュアを選ぶよ。
嘘つき。
──ジョシュアだけを一生愛するから。
嘘つき。愛してなんていなかったじゃないか。
蘇る言葉がギリギリと心臓に爪を立てる。
甘い声で本心のように嘯く元婚約者の瞳は、いつだって僕ではなく令嬢を見ていた。
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