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第5章:龍の花嫁
龍人シェン02
しおりを挟む目をキラキラと輝かせて男が食いつく。
思わず叫んでしまったのは僕だけれど、今はそんなことどうでもいいのだ。
「いやそれよりも、僕を元にいた場所に返してくれ」
「なぜだ? 我と夫婦になるというのに」
いや、勝手に夫婦にするなよ。
僕はひくりと痙攣する口元を左手で抑えて深く息を吐いた。
「あのな、僕はお前と結婚する気もなければ、夫婦にだってならない。そもそも名前も知らない男に急に攫われているのに、はいそうですか夫婦になりますなんて言うと思うのか?」
「──攫うとな!?」
なぜか男は驚いた顔をして、息を飲んだ。
「わ、我はきちんとジョシュアを娶る契約を交わしたぞ……?」
「は?」
意味のわからない言い訳に、ますます眉間に皺がよる。
しかし、男が嘘をついているようには思えなかった。
もしかしたら、僕達と龍人側の常識に大きな乖離があるのかもしれない。
そう結論付けた僕は、ひとまずは話しを聞くことにする。
「とりあえずお前の名前を教えてよ」
「っ! 我が名はシェン。水の神の遣い──シェンだ」
「水の神か……。じゃあ僕とは相性最悪だね。なんせ僕が得意な魔法は炎だし」
「──っ!」
再びシェンが「ガーン」と、まるでそんな擬音が周囲に飛び散るかのごとく、衝撃を受けている。
「そ、それでも我は水以外にも多くの魔法が使えるゆえ、些末なことであろう?」
「指をいじいじするな! お前は幼子か!」
ちょんちょんと人差し指をくっつけたり離したりしながら話すシェンにイラッとする。
これがスーちゃんなら身悶えているところだが、好きでもない男のいじけた姿など面倒だ。
なにより、このシェンという男。本当に悪意がないから困る。
僕を力づくでどうにかしようと考えていないことは、気配や仕草からみてとれた。
ただただ純粋に、僕を好きなのだと、眼差しが訴えていて扱いに困るのだ。
「話を戻すけどさ。シェンは僕を娶るために契約を交わしたと言ったよな? その契約とやらを教えてくれ」
するとシェンは僕の言わんとすることを汲み取り、龍人の常識について教えてくれた。
「我ら龍人は、遥か昔より花嫁として選んだ者を迎えに行く。そして、代わりにふたつき魔力を注いだ十の鱗を渡すことで、契約を交わすことにしていたのだ」
うん、それは今の時代では完璧にアウトだね。
シェンが言うとおりにずっと昔。
それこそ、神や精霊も珍しくない時代では、神の御使いである龍人に娶られることはこのうえない幸福だったと聞く。
なんせ、人間だけでなく獣人や妖精族からしても、龍の鱗というのはとても貴重なものだ。
病に罹患している者が煎じて飲めば、たちまち回復する良薬になるし。
美しさを求める者が飲めば、いつまでも若々しく居られる。
鱗一枚に膨大な魔力が宿っているため、色んな用途があるから。
特に人間と他種族が争っていた時代なんかは、鱗一枚あれば飢えも凌げたし、人間は魔力問題を解決できた。
だから、シェンの言う通りに、遥か昔ならばそれはそれは喜ばれ、さぞかし誉れ高い出来事だっただろう。
今の時代から見ればありえない方法でも、喜んで契約が成立してしまうぐらいには。
こちら側は龍の鱗と、運が良ければ花嫁の故郷ということで、国が龍人の加護を受けられる。
一方、面倒くさがりの龍人側は、好きな時に好きな相手を娶ることができる。
そうして互恵関係が成立していたのだろうけれど……。
「シェン、悪いけど今はもう昔とは違う。きっと、シェンたち龍人と契約を取り決めた者たちは、とうの昔に亡くなっているはずだ。今ではもう、そんな常識を知らない者ばかりだから、あの状況を僕達の認識から語るならば、急に攫われたとしか考えられないんだよ」
「な、なんだと!?」
いや、お前どれだけの時間を引きこもってきたんだ?
思わず胸中で突っ込んでしまった。
龍人は面倒くさがりのうえに出不精だ。そしてとても長寿なので、1000年と生きる個体も居る。
◾︎お知らせ
すみません、再び仕事が忙しくなりだしたので、週に1.2回の更新になります。
落ち着きましたら隔日更新に戻します。
よろしくお願いします。
※代わりに更新ができそうな日は連投いたします。
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