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第5章:龍の花嫁
ピクニック07
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楽しい昼食のあとは、二人きりで遠かけの予定だった。ラブラブな時間を楽しむはずだった。
なのになぜ、僕たちは馬の前で互いに違う方向を見て、突っ立っているのだろうか。
「……なにか僕に言うことあるんじゃないの?」
いまだにへそを曲げていて、悔しくて素直に話しかけることなんてできない。
かろうじて言えたのは、つんけんとした不遜な台詞。
両腕を組んで、西側にあるなだらかな丘の方へと顔を向けながらも、全神経は隣に立つ人へと向いていた。
「ない」
しかし、低くどこかひねくれた返事に、たまらず振り返る。
視界に写ったのは、「話したくない」と張り紙でもつけているのかと、そう言いたくなるような背中だった。
不動の精神でじーっと東の方を見ている。
「……あるでしょなにか言うこと」
「俺にはない」
「~っ! ほんとうになにもないの?」
「ああ、ないな」
このへそ曲がり!
腹が立った僕は、スタスタと歩いて距離を詰めると、形のいい後頭部をスパンと叩いた。
「ッ、なにをする!」
「腹が立った!」
「だから殴るのか!?」
「そうだ!」
「おまえ……」
堂々とした僕に、スーちゃんは言葉を失う。
そして、怒りもどこかへと飛んで行ったのか、長いため息をこぼした。
それにつられて、僕の怒りもしおしおと萎んでいく。
「……口より先に手が出ない人が好きって、初めて聞いた」
むっつりと口を尖らせて言えば、スーちゃんは慌てた様子を見せた。
「それは……っ。お前に婚約者が居たことを、今まで知らなかったのが少しあれで」
「あれって何。それに性格も悪くない子で、清楚な子が好きなんだろ? 僕と正反対だ」
「それを言うなら、お前も俺をねちねち男だと言っただろ。聞こえてたぞ」
売り言葉に買い言葉。
しばらく無言で顔をつきあわせていたが、先に折れたのはスーちゃんだった。
「悪かった。お前は王子だし、婚約者が居て当然だ。……ただ、これまで知らなかったのも、実際に聞くのも思っていたよりもきついものだな」
「……これまで言わなかったのは、本当にやましくて隠していたわけではないんだよ」
むしろ忘れていたぐらいだし。
ただ、言うほどのものでもないと、僕にとってはそれほど重要視していなかっただけで……。
「違う。俺は──」
けれどスーちゃんは、僕の弁解に首を振る。
そして居心地が悪そうに、頭の後ろを右手で抑えて視線を下げた。
「顔も見たことのないその婚約者に妬いたんだ」
まっすぐな言葉に思わず呼気が詰まる。
ドッドッ、と激しくなる心音が、わかりやすいぐらい喜びを示していた。
「お前が……、今のジョシュアがあるのは、色んな形であれ過去に関わってきた誰かが居てくれたからだ。そんなジョシュアにとって、大事な出会いだったであろう相手に、少しでも悪感情を抱くのは情けないだろ」
「あ、悪感情って……?」
思わず聞けば、僕と同じくスーちゃんも顔を真っ赤に染める。
「……俺だけだったらいいのにと。俺が知らないお前を、すぐ傍で見てきたやつが他にもいると思うと……男はむしゃくしゃするものだ」
「~ッ」
な、な、なんでこの人は、こんなにも可愛いのだろうか。
眦を朱色に染めて、慣れない言葉で、不器用ながらも想いを伝えてくれる。
ついに目を合わせることに耐えられなくなったのか、ぷいっとそっぽを向いたスーちゃんは、「……妬いていると分かっていただろ。言わせるな」と小さく呟いた。
幼子が拗ねたような態度に、心がぎゅーっと締め付けられる。
「ぼ、僕も! 僕も同じことを思うよ! スーちゃんの色んな顔を知っているのが、僕だけならいいのになって。妬きもちもするし独占欲だって沢山ある!」
自分が想い、愛したのと同じぐらいに、相手からも愛される。
それがどれほど難しいことなのかを知っているから。
妬いてしまうのも、自分だけが相手の一番幸せそうな笑顔を知っていたいと独占欲を抱いてしまうのも。
これまではずっと僕だけなのだと思っていた。
「す、スーちゃんが妬いてくれて嬉しい……っ」
僕のこと、少しでも本当に好きになってくれたのかと。
同じように妬くことがあるのだと知って、心が切なくしめつけられる。
恥ずかしさや嬉しさで声が震えていた。
僕たちはお揃いの表情を浮かべて見つめあう。
心がザワザワして、けれどもいつまでも味わっていたいような、甘酸っぱい高揚感に胸を高鳴らせて。
「……抱きしめてもいいか」
「──ッ!」
ぶっきらぼうな口調で、伺うような視線を投げかけられた僕は、コクコクと何度も頷いた。
返事をした刹那、スーちゃんの腕が僕を大きく包み込み、逞しい胸板へとぎゅうっと抱き寄せられる。
まるで、世界から隠してしまうかのような抱きしめ方だった。
肌を通して伝わるスーちゃんの体温に、僕は嬉しさのあまり尻尾がふわふわと揺れてしまう。
「……ジョシュア」
「うん?」
「……。なにもない、ただ呼びたかっただけだ」
笑いがこぼれる。まるで心に陽がさすように、ポカポカして温かい。
スーちゃんの抱きしめ方はいつも、僕がここに居るのを確かめるかのようだ。
だからいつも「大丈夫だよ。ここにいるよ」と、彼に安心して欲しくて抱きしめ返す。
しばらくのあいだ、好きなだけ胸元に顔を埋めて温もりを感じていた僕だったが、とあることを思い出して顔をあげた。
「……でも待って、ひとつハッキリさせなきゃならないことがあるよ」
「なんだ?」
「スーちゃんは清楚な人が好きなの? 口より先に手が出る僕は嫌なの? 本当はお淑やかな──」
うやむやになってしまったこと再確認しようとすると、スーちゃんが眉を寄せて言葉を止めた。
「それは本気じゃないと分かっているだろ」
「……本当にぃ? 咄嗟に出てくるってことは案外本音なんじゃないの?」
じっとりとした目で見上げると、どうしてか反対にじとっとした視線が返された。
「それを言うなら、お前も俺をネチネチ男と思っていることになるが?」
「──ッ! そ、それは!」
確かに少しだけ思っているとは言えない。
アハハと視線を逸らして口ごもる。
すると、スーちゃんが僕を再び抱きよせた。
「……これまでの人生で、俺が初めて好きになったのはお前だ。だから理想もなにも、俺にとっては全ての初めてがお前なんだよ」
「っ、そ、え!?」
「タイプなんてものは知らないが、強いて言うならお前だということになるんだろうな」
告げられた台詞に、僕はもう我慢ならなかった。
「~っ大好きだよ! スーちゃんが大大大好きだ!」
込み上げてくる愛おしさをありのままぶつける。
僕の大切な人は「うるさい」と言いながらも、その瞳はとても優しい。
「……俺たちもそろそろ遠かけに出るか」
「うん。……でもずっとスーちゃんの腕の中でもいい。なんなら一生をここで過ごしてもいい」
「冗談を言っていないで行くぞ」
スーちゃんはそう言うと、ひっつく子供をあしらうように僕を剥がした。
「ひどい、僕は本気だよ」
「分かった分かった」
さっきまでの甘い空気はどこへ?
とっくに切り替えてしまったのか、スーちゃんは僕を置いてきびきびと動きだし、馬の用意をしていた。
僕も一緒に手伝いながら、初めて本気で喧嘩した日のことを思い返す。
「そういえばさ。僕がスーちゃんを森に迎えに行った時に、どうして馬は一頭だけか聞いたの?」
瘴気の根源を浄化して柵を直したあと、二人で魔の森から帰ろうとした時のことだ。
「ああ。あの馬は俺以外に誰も乗せたことがなかったんだ。気に入らない相手なら、お構いなく蹴り殺そうとする暴れ馬だったからな。……まさかふわふわしているように見える王子が、その馬に乗ってきたとは思わないだろ」
そして、スーちゃんも同じように、あの日を思い返すようにそう言った。
「……あの時はまだ、ジョシュアがこれほど手のかかるやつとは思っていなかったからな」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味だ」
すみませんね、手がかかる王子で!
暴れん坊とでも言いたいのだろうか。
むっとして唇を尖らせると、スーちゃんは楽しそうに笑い声をあげて、馬に跨った。
「ほら」
そう言いながら、僕へと当然のように手を差し伸べる。
あの日。
ベルデ領の森から帰る時とは大違いの満面の笑みで。
「……言っておくけど僕のわがままはこんなもんじゃないよ」
「そうか。なら満足してもらえるように俺も頑張らないとだな」
「ふん」
差し出された手へと腕を伸ばした時。
僕を見下ろしていたスーちゃんの表情が、笑顔から驚愕へとぬり変わる。
そして、
「──ジョシュア!」
「え?」
叫ぶように呼ばれた名前が耳に届いたのと同時に、気づけば僕の体は宙へと浮き、青空に現れた裂け目へとのみこまれていた。
僕が立って居た場所には、まるで代わりの贄のごとく、龍の鱗が儚い輝きを放ち舞い降りる。
空に現れた裂け目は紛うことなき龍人の転移魔法だった。
「どうして僕なんだよ!?」
困惑の叫びをあげたのを最後に、僕の視界は真っ暗闇に染まったのだった。
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