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第5章:龍の花嫁

ピクニック04

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大きな木の下、木陰になったそこには手織りの敷物が広々と敷かれており、その上には豪華な料理がいくつも並んでいた。
それだけではなく、ワインや果実酒も用意され、彩りのために花までもが優美に飾られている。
前世の記憶にある、楽しげで気軽い情景とは異なっていた。
想像したよりも仰々しく、豪華なピクニックになってしまったと、同行してくれた料理長や、控えている従者を見やり反省する。

僕たちだけでサクッと楽しむわけにもいかないのだし、彼らには面倒をかけてしまったと。

だが、この日のために作ってくれた料理はもちろん美味しそうで、僕の体は正直だった。
ぐるるーっとお腹がなると、隣に立っているセラジェルが、にやりと見上げてくる。

「ジョシュアはさっきからお腹が鳴りっぱなしだね」
「そりゃあね。セラジェルの話が長いからさ」
「有意義な時間になっただろう?」
「ソウデスネ」

セラジェルの楽しそうな笑い声が響く。
敷物の上に膝をつきながら、僕はげっそりと答えた。
もし、スーちゃんが「お昼にしませんか?」と切り出してくれなければ、植物講座はまだ続いていたことだろう。

よくもあんなに長く話せるものだと、自分のことは棚に上げて、喉が渇いたなあと辺りを見回す。
すると、スーちゃんがマグカップを手渡してきた。
受け取ると、中には透明な水が入っており、爽やかなミントの匂いがする。

「これってお水? いい匂いだね」
「ミントティーだ。動いたあとに飲むとさっぱりする」
「ありがとう」

お礼を言うと、返事のかわりに髪を撫でられる。
それから「大丈夫か?」と息をするように気遣われ、照れくささと嬉しさに、尻尾がゆらゆらと揺れた。
そうして僕たちがくつろぎ出してしばらくすると、侍女たちが手際よく給仕を始めた。

まずは目前の料理が切り分けられて、両陛下の元へと綺麗に盛り付けた皿が並ぶ。
続いて僕の元にやってきた侍女が、取り分けるために料理を見やると、遮るように左隣から腕が伸びた。

「王子のは私がやろう。かわりにセラジェル様のものをお願いできるかい?」
「承知いたしました」

恭しく頭を下げて侍女が身を引く。
スーちゃんは当然のように皿を手にすると、僕の好物ばかりをほいほいと乗せていった。
それも、ぴったりと僕が食べ切れるぶんだけを。
きっと多く盛り付けられてしまうと、残すことができないため、無理をしてでも食べてしまうことを見越してだろう。

スーちゃんは僕のことをよく見ていてくれたんだな……。

こういう些細な時に、彼の優しさを見つけることが多くなった。
これまでは、僕に余裕がなかったり自信がなくて見逃していたことなんかを。

推しが僕のために料理を盛り付けてくれている。
この瞬間を一生記憶するためにも、じーーーっと見つめれば、視線に気づいたのかこちらを振り返った。

「どうした、もう少し多めがいいか?」
「なんでもないよ! ただ感動しているだけだから大丈夫!」
「なんだそれは」

スーちゃんがあどけなく笑う。
そのあまりにも尊い姿に、心臓がぎゅうっと捻れるような衝撃を受け、思わず右隣に居るセラジェルの肩を叩いてしまった。

ああ、なんてことだ。
僕の推しはどこまで完璧なんだろうか。
殺人級のキュートな笑顔まで見せられては、心臓がいくつあっても足りやしない……!

心をおちつけるために、右手で目を覆い天を仰ぐ。
隣では「痛いじゃないか!」とセラジェルの声がした。
だが、僕は今忙しいのだ。言葉にし難い感動が心に去来して大変なのである。

「……王子。また例の発作か?」
「はい、そうです」
「……まあいい。まだ食べられるようなら言ってくれ」

ちょっとばかし引いたような声音で、スーちゃんが皿を渡してくれる。
これまで何度も一人で勝手に興奮している僕を見てきたからか、スーちゃんはついに萌えている僕を見て、発作と言うようになっていた。

しばらくして落ち着くと、食前の挨拶をしてありがたく昼食を食べることにする。
お皿には、大きめに盛られたミートパイに香草とレモンで蒸した魚、フルーツ風味のドレッシングがかかったサラダに、野いちごなどがあった。
まずは大好物のミートパイを大きく切り分けていただく。
表面はサクサクなのに、なかの生地はしっとりとしていて、噛むたびに肉汁と絡み合って最高だった。

「んん、おいひいー!」
「良かったな」
「スーちゃんは食べた? あ、待って、かぼちゃのスープも美味しそう」

話している最中に、甘い香りを漂わせるかぼちゃのスープが目に入る。
僕の視線を追いかけたスーちゃんは、スープ皿に注ぐと、スプーンを手にして味見をした。
僕にとっては見慣れた光景だ。一緒に食事をすることになってから、スーちゃんはなにを食べるにも、まずは自分が毒味をする。
そして問題がないと判断してから、僕に取り分けてくれるのだ。

「ん。うまいな。ほら王子」
「──!?」

スーちゃんがスープ皿からひと匙ほど掬いとり、僕の目の前へと差し出す。
いわゆる「はい、あーん」というやつで、僕はボボボとあっという間に顔が熱くなった。
どうやらこの状況に戸惑っているのは僕だけのようで、スーちゃんは気づいていない。

これまでは向かい合って座っていたため、こういう機会がなかったが、今は真隣にいるから手が届く。
きっとそれだけの理由で、僕に食べさせようとしてくれたのだろうけど……。

ドキドキしながら、生まれて初めての好きな人から受ける、「はい、あーん」を行うことに感動していた。

もう、今日は素敵な記念日だ。初めてあーんをしてもらった日と日記に書こう。

心に決めて大きく口を開けようとした時、

「──まるで親子のようだな」

低く感情の起伏を感じさせない声が、甘酸っぱい雰囲気を切り裂いた。

「大公はあんがい過保護なのだな」
「……」
「王子の好みを把握し、的確な量をとりわけ、王子が食べている姿を微笑みながら見つめては、嬉しそうにしているが」

微笑を浮かべたスーちゃんに、グサグサとレーヴ皇帝が言葉で突き刺していく。
生物の観察日記じゃないのだから、行動を全て言語化しなくていいのに。
気づかないレーヴ皇帝は、僕を見て、そして固まってしまったスーちゃんを再び見ると、とどめをさした。

「これが世間の言う"あまあま"と言うやつか」
「……」

恐る恐るスーちゃんを見上げれば、笑顔を乗せた美しい顔は、これでもかというほど真っ赤に染まっていた。
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