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第5章:龍の花嫁
ピクニック02
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皇家が手配した馬車に乗り、目的の森林まで辿りつく。
スーちゃんの手を借りて馬車から降りると、サナ皇后とレーヴ皇帝が僕たちを出迎えてくれた。
「ごきげんよう、ジョシュア王子。今日は空も晴れて、いい日になりそうですね」
「そ、そうだといいんだけどね」
「あら、なにかありましたか?」
ひきつり笑いの僕に、サナ皇后が首を傾げる。
僕は「少し二人きりで話そう?」と彼女を誘った。
頭に浮かぶ情報をまとめながら、とくに目的もなく歩いていく。
しばらくして、隣から弾けるような明るい声が聞こえてきた。
「ジョシュア王子! 見てください、綺麗な野花ですよ」
「あ、本当だ……」
小さな丘の上には、黄色の小花が群生していた。
少し前を見れば、さきほどまで僕たちが居た場所が見える。
眼前に広がる、鮮やかな緑の瑞々しさと、黄色の可愛らしい花びらが、ふと僕の心を軽くしてくれた。
「あのさ。今から僕が話すことなんだけどね。どんなに信じられないと思うことでも、もしかしたら起きてもおかしくないと思って覚えていてほしいんだ」
「わ、分かりました」
ぱちぱちと瞬きをして頷く彼女を見て、僕は気にかかっていたことを告げた。
実は原作の小説である「希望のフィオレ」では、物語の龍人編にて、サナ皇后が龍人に攫われるシーンがある。
悪役王子のジョシュアがやってくる前の話だ。
原作の僕は秋の始まりに、帝国にやってきたと小説内では書かれていた。
ちょうど、星夏祭が終わった直後──スーちゃんが死んでしまうイベントだ。
そのため何よりも最重要事件として阻止するために、行動は既に起こしている。
スーちゃんを守るためなのだから、その件に抜かりはない。
ただ、おかげですっかりと忘れていたのだ。
サナ皇后に襲いかかる試練については、ノーマークだった。
なによりサナ皇后が攫われるのは星夏祭が終わってから。
今は夏で星夏祭が始まるまでに、半月もの時間があるため杞憂ではないかと思ったが……。
今日のセラジェルの発言を聞いてしまうと、不安が過ぎる。
精霊が騒がしいとろくな思いをしなかったと、話してくれた出来事が引っかかったのだ。
──龍がやってきたこともあったね。
それを聞いてから、ずっともやもやしていた僕は、馬車で移動している間に、流れを思い出していた。
原作では、サナ皇后とレーヴ皇帝が二人乗りで遠駆けに行く、初めてのデート日に龍人が花嫁としてサナ皇后を攫ってしまうのだ。
救出のため、真っ先に彼女の元へ駆けつけたのは、スーちゃんだった。
そして、その後を追いかけるように、レーヴ皇帝がやってきて、二人で龍を退けるという展開になる。
けれど、現実はどうしたってその流れ通りには行かないだろうし、そうなるとレーヴ皇帝がどうやって救出することになるのかも、予想ができない。
なんせ、レーヴ皇帝が追いかけてくるきっかけには、スーちゃんの言葉が必要なのだ。
『貴方はそうしてずっと独りで生きて行くのだろう。失う痛みを知ってからでは遅いというのに、救いのない悔恨に咽び泣きながら』
サナ皇后を好きになりかけているのに、けれど「皇帝らしさ」という呪いのような在り方に縛られて動けない弟に、兄が告げるのだ。
そして、『その手を自ら離すのであれば、私の剣で彼女を守ることを許していただきたい』と、宣言もする胸熱なシーンだった。
前世の僕は興奮してその話を読んでいた。
なんせ、レーヴ皇帝に自我が芽生える大切な場面だし、感情を抑えてきたスーちゃんが凛善と決意する場面だから。
今の僕は想像するだけで胃がキリキリするけれど。
……まあ? 僕のスーちゃんは、サナ皇后に剣は捧げていないし、ていうか捧げさせないし、僕が絶対阻止するし!
当然そんなことは起きない。
となると、もし龍人がサナ皇后を攫った時にどうするのかと、疑問が残るのだ。
同時に知っていて何もしないでいられるほど、サナ皇后は僕にとってどうでもいい存在ではない。
結局、僕らが阻止すればいいのだろうと、考えついたわけである。
スーちゃんの手を借りて馬車から降りると、サナ皇后とレーヴ皇帝が僕たちを出迎えてくれた。
「ごきげんよう、ジョシュア王子。今日は空も晴れて、いい日になりそうですね」
「そ、そうだといいんだけどね」
「あら、なにかありましたか?」
ひきつり笑いの僕に、サナ皇后が首を傾げる。
僕は「少し二人きりで話そう?」と彼女を誘った。
頭に浮かぶ情報をまとめながら、とくに目的もなく歩いていく。
しばらくして、隣から弾けるような明るい声が聞こえてきた。
「ジョシュア王子! 見てください、綺麗な野花ですよ」
「あ、本当だ……」
小さな丘の上には、黄色の小花が群生していた。
少し前を見れば、さきほどまで僕たちが居た場所が見える。
眼前に広がる、鮮やかな緑の瑞々しさと、黄色の可愛らしい花びらが、ふと僕の心を軽くしてくれた。
「あのさ。今から僕が話すことなんだけどね。どんなに信じられないと思うことでも、もしかしたら起きてもおかしくないと思って覚えていてほしいんだ」
「わ、分かりました」
ぱちぱちと瞬きをして頷く彼女を見て、僕は気にかかっていたことを告げた。
実は原作の小説である「希望のフィオレ」では、物語の龍人編にて、サナ皇后が龍人に攫われるシーンがある。
悪役王子のジョシュアがやってくる前の話だ。
原作の僕は秋の始まりに、帝国にやってきたと小説内では書かれていた。
ちょうど、星夏祭が終わった直後──スーちゃんが死んでしまうイベントだ。
そのため何よりも最重要事件として阻止するために、行動は既に起こしている。
スーちゃんを守るためなのだから、その件に抜かりはない。
ただ、おかげですっかりと忘れていたのだ。
サナ皇后に襲いかかる試練については、ノーマークだった。
なによりサナ皇后が攫われるのは星夏祭が終わってから。
今は夏で星夏祭が始まるまでに、半月もの時間があるため杞憂ではないかと思ったが……。
今日のセラジェルの発言を聞いてしまうと、不安が過ぎる。
精霊が騒がしいとろくな思いをしなかったと、話してくれた出来事が引っかかったのだ。
──龍がやってきたこともあったね。
それを聞いてから、ずっともやもやしていた僕は、馬車で移動している間に、流れを思い出していた。
原作では、サナ皇后とレーヴ皇帝が二人乗りで遠駆けに行く、初めてのデート日に龍人が花嫁としてサナ皇后を攫ってしまうのだ。
救出のため、真っ先に彼女の元へ駆けつけたのは、スーちゃんだった。
そして、その後を追いかけるように、レーヴ皇帝がやってきて、二人で龍を退けるという展開になる。
けれど、現実はどうしたってその流れ通りには行かないだろうし、そうなるとレーヴ皇帝がどうやって救出することになるのかも、予想ができない。
なんせ、レーヴ皇帝が追いかけてくるきっかけには、スーちゃんの言葉が必要なのだ。
『貴方はそうしてずっと独りで生きて行くのだろう。失う痛みを知ってからでは遅いというのに、救いのない悔恨に咽び泣きながら』
サナ皇后を好きになりかけているのに、けれど「皇帝らしさ」という呪いのような在り方に縛られて動けない弟に、兄が告げるのだ。
そして、『その手を自ら離すのであれば、私の剣で彼女を守ることを許していただきたい』と、宣言もする胸熱なシーンだった。
前世の僕は興奮してその話を読んでいた。
なんせ、レーヴ皇帝に自我が芽生える大切な場面だし、感情を抑えてきたスーちゃんが凛善と決意する場面だから。
今の僕は想像するだけで胃がキリキリするけれど。
……まあ? 僕のスーちゃんは、サナ皇后に剣は捧げていないし、ていうか捧げさせないし、僕が絶対阻止するし!
当然そんなことは起きない。
となると、もし龍人がサナ皇后を攫った時にどうするのかと、疑問が残るのだ。
同時に知っていて何もしないでいられるほど、サナ皇后は僕にとってどうでもいい存在ではない。
結局、僕らが阻止すればいいのだろうと、考えついたわけである。
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