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第5章:龍の花嫁
やきもち
しおりを挟む話し合いが終わり、迎賓宮へと帰るために僕たちは馬車へと乗り込んだ。
しばらくして馬車が動き出すと、スーちゃんがこの後の予定を聞いてくる。
「セラジェルに一週間後にあるピクニックのことを伝えに行くつもりだよ」
「そうか」
こくりと頷くスーちゃんを見て、僕はちょっぴり心配になった。
実は帰る間際にサナ皇后が個人的に僕に謝ってきた。
僕としては話し合いもしたし、それで区切りをつけたつもりである。
しかし、どうやらあちら側はそう簡単に心を切り替えることもできないようだった。
このままでは変に遠慮をされて、気まずいまま距離を置かれそうだ。
だから、僕から一緒に出かけようとサナ皇后を誘ったのである。
頭の中でお茶会メンバーである三人での予定を立てていた僕は、隣から「一緒に行く」と言ったスーちゃんに驚いた。
けれどスーちゃんが来てくれることは素直に嬉しい。げんきんな話だが、今は二人が話しているのを見ても、心配したり苦しくなることはない。
喜んでスーちゃんを招待しようとした僕は、笑顔を浮かべて固まった。
僕とスーちゃんとサナ皇后が固まって話しているのを、ほんの少し離れた距離からレーヴ皇帝がじぃーっと見つめてくるのだ。
あの感情を全く映さない、死んだ魚のような目で。
僕が助けを求めてサナ皇后を見遣ると、彼女はなぜか頬をぽっと赤く染めた。
そして、僕に照れながら言ったのだ。
──陛下もお誘いしてよろしいでしょうか、と。
そういうわけで、来週に予定されるピクニックのメンバーは、僕、スーちゃん、セラジェル、サナ皇后、レーヴ皇帝の五人となってしまった。
だから心配なのである。
スーちゃんにとってレーヴ皇帝は快い相手ではない。そんな相手と一緒に居ないとならないけれど、大丈夫なのだろうかと。
「なんだ?」
「う、うーん……」
「言いたいことがあるなら我慢するな」
「……じゃあ聞くね。遠出の件だけど、嫌だったら来なくていいんだよ?」
「なぜだ?」
スーちゃんはきょとりと目を瞬いた。
もごもごと口にしていいのか悩んだ結果、率直に聞くことにする。
「レーヴ皇帝も来るのはちょっと予想外だったし……。気まずくないかなあとか」
「気まずい?」
「う、うん。だって、ね?」
実の兄弟であることを知っている、だなんてことは言えない。
困ってしまい誤魔化すように笑った刹那、スーちゃんの瞳に剣呑な光が宿った。
「まさか──俺に来て欲しくないのか?」
「はっ!?」
なんでその答えに辿り着いたのか。
今度は僕が目をぱちくりと瞬く。
そうしている間にも、スーちゃんはそっぽを向くと、ボソッと拗ねるような口調で言った。
「……顔が好きだと言っていただろ」
「顔?」
「そうだ。俺の顔が好きだと言っていた」
スーちゃんはそこで一度口を閉ざすと、再び僕へと視線を戻した。
「陛下と俺はよく似ていると言われる」
「──ッ!」
「陛下の顔も好きということになるのではないか? だから俺に来て欲しくないのか」
「っ、な、あ!」
そんな馬鹿なことあるわけが無い!
心ではスルスルと言葉が出てくるのに、現実では上手く動いてはくれず、意味をなさない音ばかりをうみだす。
確かに過去の僕はスーちゃんに言っていた。言い訳もできないくらいに、すっぱりと顔が好きだと宣言しましたよ。
でも、僕は例え同じ顔をした人があと100人居ても、スーちゃんだけを見つけるし、スーちゃんだけを好きになる。
停止しかけた頭を強制的にたたき起こし、その思いを伝えようとした時。
スーちゃんの両手がまっすぐに伸びてきて、僕の頬を包み込んだ。
そして、切なげな表情を浮かべて、僕の瞳を見つめる。
「だめだ。俺以外を見るな」
「──ッ!」
「よそ見なんてするな」
心臓の音が跳ね上がった。
もう少しでキスができてしまいそうな距離で。
希うように、嫉妬心をあらわにするスーちゃんの姿に、呼気が熱くなる。
こくこくと頷くだけで精一杯の僕に、スーちゃんはおでこを合わせたあと、離さないとでも言うかのように僕を抱きしめた。
力強い抱擁のなか、抱きしめられているのは僕なのに、まるで縋っているのは彼のように思えて、切なさに心が震える。
「スーちゃんしか見てないよ」
「……可愛いと言われてもホイホイとついて行くなよ。危ないヤツばかりなのだから」
「僕のことなんだと思ってるの?」
ちょっと、スーちゃんから見る僕の存在が不安になってくるのだが。
極度のナルシストとでも思われているのだろうか?
「……だったらスーちゃんが僕にたくさん可愛いって言ってくれればいいんだよ。そうしたら考えてあげる」
「調子に乗るな」
「いひゃいっ!」
ぎゅーっと頬を抓られて、冷めた目で見下ろされる。
負けじとへへへっと笑い返すと、ため息とともに再び抱きしめられた。
「はあ……。心配だ」
頭上から降り注ぐ困った声音を聞きながら、僕の尻尾はご機嫌に揺れていた。
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