20 / 76
第5章:龍の花嫁
近衛騎士団の膿04
しおりを挟む「レーヴ皇帝、これは僕への貸しひとつですね?」
「そうしてもらえるのであれば助かる」
ぴくりとも表情を変えずに、レーヴ皇帝は頷いた。
何回か顔を合わせてきたが、抱く印象はいつも「石みたいな男」だ。
常に泰然としていて、冷たい瞳で周囲を俯瞰している。
スーちゃんと似ていると思っていたが、こうしてみると全然違うものだな。
二人とも骨格がしっかりとしていて男らしいが、スーちゃんは年がら年中剣を振り回しているため、筋肉により体に厚みがある。
下手すれば威圧感を与えるような体躯を持っているのに、笑うとえくぼができるし、目尻が垂れて可愛いのだ。
一方、レーヴ皇帝は一年中を無表情でいて可愛くない。
よって僕のスーちゃんの勝利である……!
「……王子また変なことを考えているな?」
「い、いやいや」
ボソッとスーちゃんが小声で注意してくる。
僕は慌てて咳払いをすると、話の続きを行うことにした。
「あの男の処罰はそちら側で決めていただいて構いません。今すぐ騎士団から除籍してもいいし、泳がせてもかまわないし」
あの様子だと余罪が出てきそうだからな。
それに連なって他の貴族共も処罰できるなら、僕が口出しをするより、裏の関係を把握している彼らが賢く利用すべきだろう。
これでスーちゃんが少しでも生活がしやすい国になるのであれば、近衛団長の処分に興味はない。
「恐れ入りますが、それではこちらの利が多すぎるのではないでしょうか?」
そう言ったのは宰相だ。
見るからに文官という出で立ちだが、どちらかと言うと魔術師に居そうな雰囲気だ。
特に、闇魔法が得意な方の……。
そう思わせるのは顔色が悪いせいもあるだろう。
目の下にくっきりとある濃いくま。右目というか、右の顔半分をほとんど隠すように流された銀色の前髪。
夏だというのにしっかりと黒い服を着込んでいて、肌の露出は最低限だ。
年齢は40代半ばぐらいで、よく見れば顔立ちは端正である。
けれど、周囲に纏う空気がどんよりとしていて、僕はそっと目を逸らした。
うん。間違いない。
僕の国に居る呪術の得意な魔術師と同じ匂いだ。
変なことを言ったら呪い殺されそうな気配に、僕は少しだけ怯えた。
どうしようかと、助けを求めてスーちゃんを見遣った時。
紫の瞳がキラリと輝く。
まるでこの時を待っていたとでも言うかのように、スーちゃんは懐から巻物を取り出した。
「それについてはここに記された条件をのむことで、調整してもらえないか」
「拝見いたします」
宰相が巻物を手にして目をはしらせる。
僕はそれを唖然として見た。そして、スーちゃんにどういうことかと視線をやる。
「心配するな。すべて王子を守るための条件だ。それにいつでもこちら側が修正したい時には対応するようにとも、記述してあるから安心しろ」
いや、何をどれだけ書き連ねればあんな巻物になっちゃうわけ!?
衝撃が大きくて言葉が引っ込んでしまう。
そんな僕にスーちゃんはなぜか満足そうに微笑み返してきた。
その背後に、おもちゃを咥えて尻尾を振り回す、誇らしげな大型犬の幻影が見えてしまう。
そうか……。
スーちゃんは僕のためにあの巻物を……。
うんうん、あとで大好きな骨でもあげよう。
「なるほど。特におかしな記述もございませんし、すべてをのむのは難しくないかと。しかし──」
宰相が目を光らせる。
なにかあることは予想できていた。
あんなに書き連ねられているのだ。約束できないことだってあるだろう。
いったいどんな条件に宰相は注目したのか。
スーちゃんを除き、他の者たちが宰相の言葉を待つ。
だが、耳にした台詞に、僕たちの思考は停止した。
「この──味が確かな店や、流行りの食べ物についての情報提供、についてですが、ご報告だけでよろしいのですか? 大公の元へ食事を献上することも可能ですが」
「いや、情報だけでかまわない。王子と共に見に行きたいのでね」
「……」
黙ったのは僕だ。
「そうですか」と納得する宰相もだが、なにより君だよスーちゃん。いったい頭を打ってしまったのかな?
この場を離れたら即座に巻物を確認しよう。
僕は密かに心に決めた。
「それよりも惜しいですね。大公さえ良ければ今すぐ私の補佐になっていただきたいものですが」
「それもけっこうだ。お断りする」
「……そうですか」
思わず息をのんだ。
さらっと言いのけたけど、宰相の補佐ということは、次期宰相候補となる立場ではなかったか?
「──!」
そ、そんなのはダメだ!
スーちゃんをあんな魔の巣窟には就職させませんっ。
推しの綺麗な顔にまで、ドス黒いくまが住み着いたらどうしてくれるのだ!
僕は睨みつけるように宰相を見る。けれど、バチっと目があい、そろ~りと逸らしてしまった。
だって、絶対に怒らせたらいけない人だと、本能が言っているのだ。
スーちゃんに身を寄せて震えると、レーヴ皇帝が口を開いた。
「それで話は纏まりそうか? 王子も他になにかあればこの場で話してくれ」
「うーん、あ! あったあったひとつ!」
僕はぱんっと手を叩くと、とても大事なお願いを彼らにしたのだった。
130
お気に入りに追加
5,837
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。