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第5章:龍の花嫁
近衛騎士団の膿04
しおりを挟む「レーヴ皇帝、これは僕への貸しひとつですね?」
「そうしてもらえるのであれば助かる」
ぴくりとも表情を変えずに、レーヴ皇帝は頷いた。
何回か顔を合わせてきたが、抱く印象はいつも「石みたいな男」だ。
常に泰然としていて、冷たい瞳で周囲を俯瞰している。
スーちゃんと似ていると思っていたが、こうしてみると全然違うものだな。
二人とも骨格がしっかりとしていて男らしいが、スーちゃんは年がら年中剣を振り回しているため、筋肉により体に厚みがある。
下手すれば威圧感を与えるような体躯を持っているのに、笑うとえくぼができるし、目尻が垂れて可愛いのだ。
一方、レーヴ皇帝は一年中を無表情でいて可愛くない。
よって僕のスーちゃんの勝利である……!
「……王子また変なことを考えているな?」
「い、いやいや」
ボソッとスーちゃんが小声で注意してくる。
僕は慌てて咳払いをすると、話の続きを行うことにした。
「あの男の処罰はそちら側で決めていただいて構いません。今すぐ騎士団から除籍してもいいし、泳がせてもかまわないし」
あの様子だと余罪が出てきそうだからな。
それに連なって他の貴族共も処罰できるなら、僕が口出しをするより、裏の関係を把握している彼らが賢く利用すべきだろう。
これでスーちゃんが少しでも生活がしやすい国になるのであれば、近衛団長の処分に興味はない。
「恐れ入りますが、それではこちらの利が多すぎるのではないでしょうか?」
そう言ったのは宰相だ。
見るからに文官という出で立ちだが、どちらかと言うと魔術師に居そうな雰囲気だ。
特に、闇魔法が得意な方の……。
そう思わせるのは顔色が悪いせいもあるだろう。
目の下にくっきりとある濃いくま。右目というか、右の顔半分をほとんど隠すように流された銀色の前髪。
夏だというのにしっかりと黒い服を着込んでいて、肌の露出は最低限だ。
年齢は40代半ばぐらいで、よく見れば顔立ちは端正である。
けれど、周囲に纏う空気がどんよりとしていて、僕はそっと目を逸らした。
うん。間違いない。
僕の国に居る呪術の得意な魔術師と同じ匂いだ。
変なことを言ったら呪い殺されそうな気配に、僕は少しだけ怯えた。
どうしようかと、助けを求めてスーちゃんを見遣った時。
紫の瞳がキラリと輝く。
まるでこの時を待っていたとでも言うかのように、スーちゃんは懐から巻物を取り出した。
「それについてはここに記された条件をのむことで、調整してもらえないか」
「拝見いたします」
宰相が巻物を手にして目をはしらせる。
僕はそれを唖然として見た。そして、スーちゃんにどういうことかと視線をやる。
「心配するな。すべて王子を守るための条件だ。それにいつでもこちら側が修正したい時には対応するようにとも、記述してあるから安心しろ」
いや、何をどれだけ書き連ねればあんな巻物になっちゃうわけ!?
衝撃が大きくて言葉が引っ込んでしまう。
そんな僕にスーちゃんはなぜか満足そうに微笑み返してきた。
その背後に、おもちゃを咥えて尻尾を振り回す、誇らしげな大型犬の幻影が見えてしまう。
そうか……。
スーちゃんは僕のためにあの巻物を……。
うんうん、あとで大好きな骨でもあげよう。
「なるほど。特におかしな記述もございませんし、すべてをのむのは難しくないかと。しかし──」
宰相が目を光らせる。
なにかあることは予想できていた。
あんなに書き連ねられているのだ。約束できないことだってあるだろう。
いったいどんな条件に宰相は注目したのか。
スーちゃんを除き、他の者たちが宰相の言葉を待つ。
だが、耳にした台詞に、僕たちの思考は停止した。
「この──味が確かな店や、流行りの食べ物についての情報提供、についてですが、ご報告だけでよろしいのですか? 大公の元へ食事を献上することも可能ですが」
「いや、情報だけでかまわない。王子と共に見に行きたいのでね」
「……」
黙ったのは僕だ。
「そうですか」と納得する宰相もだが、なにより君だよスーちゃん。いったい頭を打ってしまったのかな?
この場を離れたら即座に巻物を確認しよう。
僕は密かに心に決めた。
「それよりも惜しいですね。大公さえ良ければ今すぐ私の補佐になっていただきたいものですが」
「それもけっこうだ。お断りする」
「……そうですか」
思わず息をのんだ。
さらっと言いのけたけど、宰相の補佐ということは、次期宰相候補となる立場ではなかったか?
「──!」
そ、そんなのはダメだ!
スーちゃんをあんな魔の巣窟には就職させませんっ。
推しの綺麗な顔にまで、ドス黒いくまが住み着いたらどうしてくれるのだ!
僕は睨みつけるように宰相を見る。けれど、バチっと目があい、そろ~りと逸らしてしまった。
だって、絶対に怒らせたらいけない人だと、本能が言っているのだ。
スーちゃんに身を寄せて震えると、レーヴ皇帝が口を開いた。
「それで話は纏まりそうか? 王子も他になにかあればこの場で話してくれ」
「うーん、あ! あったあったひとつ!」
僕はぱんっと手を叩くと、とても大事なお願いを彼らにしたのだった。
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