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第5章:龍の花嫁
近衛騎士団の膿02
しおりを挟む話し合いの部屋に辿り着く。
両扉の前には重々しく、護衛騎士が立っており、目礼をして扉を開けてくれた。
部屋の中には既に役者が揃っていた。
両陛下と宰相。そして、今回の主役でもある近衛団長が居り、その隣には、僕の護衛をずっと担ってくれている、黒曜騎士団の隊長が居た。
隊長の前を横切る際に、目を合わせて微笑めば、安心させるような温かな眼差しが返ってくる。
うん、僕の護衛騎士は相も変わらず頼もしくていい奴らだ。
僕は胸中でひとりごちながら、侍従に案内された席へと腰を下ろした。
部屋の中は机や椅子などの必要最低限の設備のみで、深いグリーンを基調とした落ち着いた部屋だ。
「到着が遅くなり申し訳ございません」
スーちゃんが上辺だけの謝罪をすると、皇帝陛下は小さく頷いた。
「構わない。それよりジョシュア王子。こたびは我々の不手際により、危険な目に合わせてしまいましたことをお詫びいたします」
「──ッ!」
おや? レーヴ皇帝自らが謝罪したな。
おかげで帝国サイド──近衛団長が驚愕しているが、他の者たちはあまり動揺していない様子だ。
これならばトントン拍子で話が進むだろうか?
だが、そうはいかないようで、正気を取り戻したのか、近衛団長が発言を求めた。
「手短に」
「ハッ」
レーヴ皇帝が許可を出すと、近衛団長が騎士の礼をとる。
だが、その表情や瞳には、ありありとした嫌悪感や反骨心が宿っていた。どうやら、近衛団長は両陛下側の人間ではないようだ。
太后ひいては三人目の悪役である、ズロー侯爵などを主とした反対派か。
ということはだ。
レーヴ皇帝陛下もサナ皇后も、ましてや初めて顔を合わせる宰相も、もちろん近衛団長の内心はお見通しであろう。
宰相に関しては不安は残るが、原作の小説では、この国に身を捧げた男であると記憶している。それが正しいかは分からないが、今はひとまず仮に敵対関係ではないとすれば……。
レーヴ皇帝が僕に謝ったことを考えても、こちらの好きなように調理をしてかまわないと、そう言っているのだろうな。
「発言の許可をいただき感謝いたします。ですが、恐れながら陛下、公の場ではないにせよ、陛下自らが謝罪をするなどあってはならないことです」
まずは近衛団長の話を聞こうと思ったが、真っ先にそちらを指摘するか。
よほど面の皮が厚いタイプなのだろうな。
この場を設けられた理由を考えれば、人様にましてや直属の上司ともいえるレーヴ皇帝に、口出しなどできないだろう。これでは恥の上塗りでしかない。
「言いたいこととはそれだけか?」
僕と同じことを思ったのか、レーヴ皇帝の冷たい視線が近衛団長へと向けられる。
抑揚のない静かな声も相まって、人間味を感じさせない造形美は、ぞっとするような威圧感があった。
「い、いえ。それだけではありません。まず、舞踏会の件につきましては、私からも王子殿下にお詫び申し上げます。大変恐ろしい思いをさせてしまい申し訳ございません」
うん、本当はお前が真っ先に口にすることは、その事についてだ。
僕はただ笑うだけに留め、返事をすることはなかった。
そんな僕の様子を見て、これならば丸め込めると思ったのか。
薄茶色の前髪から覗く瞳に嘲るような光が見える。
「しかし、一つだけ釈明の機会をいただきたくございます」
ほら来たぞ~。
鈍感そうな僕ならば、手軽くいなせると勘違いした男の言い訳だ。
ここまで来ると楽しくなってくる。いったいどんなものであるのか、内心わくわくしていた。
「釈明とは?」
僕が小首を傾げて、不思議そうに目を瞬かせる。
すると、近衛団長は水を得た魚のように、活気に満ちた声音で言った。
「まず、当日の警護についてですが何一つ不備はございませんでした。配置に抜かりはなかったのです」
「……」
え、何を言ってるのこの人。
僕が襲われた時点で不備があるんだよ? 連れ込まれちゃった時点でアウトなんだよ?
大丈夫か、この人。
堂々としているけど、本物の馬鹿なのだろうか。
「元々、舞踏会といえば若い貴族のご子息やご令嬢方の見合いの場でありましょう。ですから、各貴族の関係も考慮し、人の入りが多い位置には相応しい者を配置しておりました。ですが王子殿下に関しては、それを理解した上で会場を後にしたのだと、勘違いをした者が居たことによる不幸な事故だったのです」
「……」
僕は思わず両陛下やその後ろに立っている宰相に向かい、憐憫を抱かずには居られなかった。
可哀想に、苦労するねえ~。と視線を投げかければ、頭痛でもするのか、三人のこめかみがピクピクと痙攣している。
きっと先帝の時代に、家の権力で近衛団長にまで上り詰めた男なのだろう。
なんでも力で揉み消せると思っているようだが、今回の事件は帝国内部のみでは片付かないと、なぜ気づかないのだろうか。
そしてなにより僕の隣で、静かに微笑んでいるスーちゃんから、殺気が放たれていて酷いことになっていた。
まあとにかく落ち着いてと、そう言うようにスーちゃんの拳へと手を置く。
僕の好きにしていいとのことだから、ちょっとばかし近衛団長と遊ぼうじゃないか。
「……そうなのですね。だから、皆さん特に不思議に思うこともなく、あの日は伯爵をお止めにならなかったのですか」
「ええ! そうなのです。王子殿下には酷く恐ろしい思いをさせてしまい申し訳ございません。ですが、そういった事情もあり、当日の警備に不備があったわけではないのです」
遠回しに、舞踏会では羽目を外す貴族がわんさか出るので、僕もその一人だと思っていたと言うのだ。
僕は、悲しげに眉を下げると、頬に手を当てて憐れむように呟く。
「それを考えると、とても可哀想でなりません」
「思いやっていただけるとは……。王子殿下は懐が広くいらっしゃるのですな」
「ええ。だって、誰の責任であるのか分からないのですから、皆さんを処罰しなければなりませんし」
「……へ、しょ、処罰ですか? いえ、ですから部下たちはただ」
「まあ! もしやすべての責任は己にあると言うのですか? 部下たちを庇われるなんて、近衛団長殿は大変人ができていらっしゃるのですね。……わかりました、でしたら僕もその思いに応えて、責任は全て貴方の処罰のみで許しましょうっ!」
「は……、な、処罰……!?」
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